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24話「仮初」side高月

 ここは、薄暗い部屋の中……の、さらに暗い布団の中。

 俺の頭の中は混迷を極めている。


「この気持ち」は何なんだろう。

「あの衝動」は何だったんだろう。


 自ら作り出した暗闇の中で、思索にふけること10分。息苦しくなるたびに布団から顔を出したり引っ込めたりしながら、俺は横になっていた。


「どうしよう……」


 もう何度目かわからない、この言葉。これ以外に何も浮かばない自分の粗末な脳みそが悔しい。つい歯ぎしりをしてしまう。


 もう一度、俺は布団から顔を出す。やけに澄んだ空気が肌を包む感触に、思わず息をついた。


「誰か答えてくれよ……」


 天井を眺めながらポツリと零す。答えが返ってくるわけでもないのに、吐き出さずにはいられなかった。


 だが。


『ははは』


 ……布団のすぐそばで、誰かがせせら笑う声が聞こえた。


「ん……?」


 誰だろうと思い、俺は上体を起こす。


 薄暗い中、部屋を見渡してみる。


 ……視界には、すぐ隣であぐらをかいている男のシルエットがあった。顔は影に覆われてよく見えないが、背格好からすると高校生ぐらいだろうか。


 誰だろう。

 知らない人が部屋に侵入しているのだから、怖がってもおかしくない場面なのに、不思議と恐怖心は湧いてこない。


 俺の視線に気づいたようで、男はこちらに顔を向ける仕草をした。


『苦しそうだな』


 男が口を開いた。まるでこちらの事情を見透かしたかのような口ぶりだ。


 俺は試しに答えてみる。


「ああ、苦しい」


 今の胸中をそのまま伝えると、男が笑う気配がした。


『それ、なんだと思う』


 ……「それ」とは、おそらく「この気持ち」のことだろう。言葉を交わさずとも、なぜか理解できた。


「わからない」


 我ながら情けない返答だ。ばつの悪さに俺は俯く。

 やがて、男があぐらを崩し、片膝を立てた。


『先に答えを言ってやる。それはな、「恋」っていうもんだ』


「……っ!」


 驚いた俺は、男の顔を確かめようとそちらを向いた。……相変わらず暗くてよく見えないけど。


 恋って……。

 相手、男じゃん。


 その疑問がそのまま伝わったようで、男は続ける。


『お前の中じゃ性別は些末な問題らしいぜ』


「で、でも」


 理解が追いつかず、あたふたする俺を見て、男はまた笑った。


 俺が、あの子に……恋を?

 好きな人ってことか?

 でも、意地悪したくなったのはなぜ?


『それ、預かっておいてやろうか』


 男が手のひらを受け皿のようにして突き出してくる。


 ……この恋を、預かる?

 もう意味がわからない。


『今、お前は「自分が抱く気持ち」の正体が「恋」だと気づいた。だが、現実的に見て成就する確率はほぼゼロだ。性別や年齢、接点の少なさ……結ばれるにはハードルが多すぎる』


「……」


『だから、望み薄なその恋心を、こっちが受け持つ。そうすればお前は落ち着くさ。……まあ、いつになるかわからんが、しかるべき時に返すぜ』


「……っ」


 本当にそれで楽になるのだろうか。

 俺はごくりと喉を鳴らす。


『だが、いつか返すとき、ちゃんと受け止めきれるかどうか……』


 それだけ言って、男は視界から消えていった。


 ……変な夢を見ているな、これ。

 まあ、夢だから怖さとかもなかったんだろう。俺の思考が男に筒抜けになっているのも納得だ。


 いずれにせよ、俺は疲れ気味だ。

 いったん、しっかり仮眠をとってしまおうか。


 俺は再び横になり、布団を顔の半分まで被った。


■

■


「コウヤ〜晩ごはんできたわよ〜」


 コンコンと部屋をノックする音が響く。母の声だ。

 それに引き上げられるように、意識が浮上してくる。


 俺は目元を擦りながら起き上がった。


「……」


 しばらくぼんやりしていると、俺はあることに気づいた。


 ……なんか、頭がスッキリしている。

 頭の中は静かなのに、しっかり目が覚めているというか。


 ……ああ、そうか。

 今まで寝不足だったんだろうな。葬式でずっと慣れない場所に身を置いていたからだ。


 そう納得した俺は、さっさと布団から出ることにした。


「早くね〜」


 母親の催促に、俺は「うん」とだけ返事をした。


■


 その晩。俺は再び自室にこもることにした。

 

 その理由は、「彼への手紙」を書くためだった。

 書いた手紙は、俺が彼と初めて出会った場所で渡そうと思っている。……彼がまたそこを通るかはわからないけど。


 加えて、俺がここを発つまであと2日しかないという時間制限がある。もう渡せるかどうかも怪しい状況だ。


 かといって、うやむやにはしたくないという気持ちだけは強く、こうしてペンを握らずにはいられなかった。

 

 だが、文章を書くことに慣れていないため、どうしても書き出しがスムーズにいかない。

 悪戦苦闘していると、背後のドアがノックもなしに開かれた。キョウカか。

 

 いつもどおりといった様子で、ズカズカ入ってきたキョウカが俺に話しかけてくる。


「うわー勉強してるの! 雪が降るんじゃない」

「うるさい」


 姉の茶化しを一蹴して、俺は持っていたシャーペンを強く握る。


 正直、彼にまた会えるのかは微妙なところだ。

 だけど、やらかしたことについてはきちんと謝らないといけないと思い、こうして紙に気持ちを綴っている。


 また仲良くしてくれないだろうか。

 よき「友達」として、やり直せないだろうか。

 できれば「親友」ぐらいにはなりたい。


 ……そんな虫のいい考えがよぎる自分に、つい苦笑してしまう。

 だけど、嘘は絶対に書きたくない。

 できるだけこの気持ちをそのまま書き出してみようと、ペンを動かしていく。


 いつになく真剣な表情の俺に気づいたのか、キョウカは「頑張れ~」とだけ言い残して部屋を出た。


■

■


 無駄足になるとしても、とりあえずあの場所へ行ってみよう。

 行って、待ってみよう。


 そう意気込んでいたのも束の間。


 翌朝。

 俺は母から「今日でもう帰るから」と、帰宅の予定が早まったことを知らされた。

 突然やってきたタイムリミットに、俺は思わず落胆の声を上げてしまう。しかし、そんな俺をよそに帰り支度は進められていたようで。


 部屋でしぶしぶ帰り支度をするも、残念な気持ちが拭えずにいる。


 そして、机に置いてある手紙を手に取る。

 ……これも持ち帰りだなあ。


 使っていないクリアファイルにそれを入れて、リュックに詰めていく。


 渡せそうにないし、もうコレはいらないんだろう。

 だけど、どうしても捨てられなかった。

 捨ててしまえば、まるで自分の素直な気持ちまで捨てるようで。


 ……俺らしくない発想だな。


 だけど、新しい自分を見つけられたようにも思えた。


■

■

■


『好きなやつに意地悪するなんざ、あの年齢のガキなら珍しくもないだろうに。……だが、ヘンに潔癖なのか、えらく後悔していたよ』


「……それが、あの日のこと……か」


 「コイツ」の話を聞いているうちに、俺は頭が冴えていくのを感じた。依然として全身は仰向けになったまま、動かせないでいるが。


 そうか、俺は……。

 「彼」が大好きだったんだな。

 でも同時に「好き以外の欲望」が溢れてくることに気づいたから、「コイツ」に全部渡しちまったんだな。


 結局……そのときも俺は逃げていたんじゃないか。楽になりたいからって。


「なあ……」

『なんだ』


 俺はあることを決心した。


「お前がまだ持っているその『初恋』なんだけどさ、今の俺に返したらどうなると思う?」


 そう切り出してみる。しかし「コイツ」は不穏なことを言い出した。


『暴走するからやめとけ。今持っているこの恋心はな、えげつないぐらいに肥大化しているぞ』

「は……?」

『お前が潔癖なヒーローであろうとしたがるほど、俺の持つ恋心は大きくなる。……そして歪んでくる。返そうものなら、今のお前じゃ耐えられない』


 ならもう、俺は恋ができないのだろうか。

 かつての恋愛感情が「コイツ」に預けられていて、返してもらうことも難しいのなら。


『ま。カラオケのときみたいに、お前がヤバそうになったときは俺が助太刀してやるよ。お前にとってはその方法が気に食わないだろうが、もう何も考えんな』


 そう言って静かになる「コイツ」に、俺は焦って質問を続けた。


「最後に、聞きたいことがある」


『ん?』

「お前が俺の『初恋』を預かっている限り、俺は新しい恋ができないのか?」


 これからの長い人生で、恋ができるかどうかは重要な話だ。


『……ああ。高月コウヤは1人にしか恋心を抱けないタイプだからな。だが、この「初恋」を消せば新しい恋を生むことはできるが……』


「! なら、もうそれを消し……」

『絶対に嫌だ』


 今までにない強い口調。

 いっそ拒絶ともとれる声音だ。


「なんでだよ」

『この「初恋」って、俺も味わわせてもらっているんだ。すごく心地がいい。……だから消さねえよ、絶対にな』

「……」


『それに……いや、言わないでおく』


 最後に意味深な言葉を残して、ようやく男の気配が消えた。俺の金縛りも解けたようで、全身が軽くなったような感覚があった。


 手足が動く。

 ……解放されたんだ。


 今見てた夢は何だったんだろうか。

 でも明日になれば忘れてそうだなあ、俺。

 先程のことを思い出そうとするももう会話内容がおぼろげだ。


 薄暗い中、水でも飲もうと俺はベッドから降り立った。

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