21話「手紙」side高月
風呂上がり早々、俺は自室の異変に遭遇した。
「……なんだこりゃ」
俺の部屋のど真ん中に、埃をかぶった書類収納ケースが目立つように置いてある。
それは引き出し型で、小学生の頃に俺が使っていたものとよく似ている……。
いや、似ているというか、俺が使っていたものじゃないか。
誰が置いたのか。それは隣の部屋から聞こえる物音を聞けば明らかだった。
キョウカめ。こんな時間に片付けのスイッチでも入ったか。何が姉のスイッチを刺激したのかはわからないが、はた迷惑だな。
「キョウカぁー! なんだよこのケース! 邪魔ー!」
その場から、姉の部屋にまで聞こえる声量で俺はクレームをつける。
「それ、私の押し入れにあったからどかしたわよー! あんたが使ってたやつでしょ、それ!」
そう言いながら何かを動かしているのか、ガタゴトと音を立てるキョウカ。
「はー……」
またアニメグッズだかを増やすために、置き場を確保してやがるな、これ。
小学生の頃までは姉の部屋を姉弟で共同使用していたから、こうして俺の私物がたまに出てくることがある。
前なんて、俺がこっそり買った(やや破廉恥な)漫画を、涼しい顔で持ってこられたことがあった。
「はい、紳士の本!」じゃねーよ!
どこ行ったかと思って探してたわ!
持ってくるにしても、手渡しすんなよ!
でも本当にありがとう!
……なんて騒いだ記憶がある。
で、今度はやたらデカい収納ケースと……。
俺は収納ケースの埃を軽く払って、いったん机の上に置いた。
引き出しを開けてみると、小学生の頃のプリント類やら、俺が昔書いていた黒歴史ノートの一部やらが出てきた。
ひとつの引き出しに、まったくまとまりのない書類が突っ込まれているあたり、いかにも「俺」らしいとわかってしまうのが虚しいというか。
しかし。
一番下の引き出しを開けてみると、様子が違うことに気づいた。
……奥に一通の封筒があった。俺が扱う書類にしては珍しく、折れ目が少ない。その状態から、そこそこ重要そうな代物だと伝わってくる。
なんだろう、これ。
封筒を手に取って、中身を取り出そうとする。あれ、まだ糊付けされてるな。
重要そうとはいっても昔のものだし、構わず端を小さく破って開けた。
中には手紙が一枚入っていた。折りたたまれたそれを広げ、内容を確認してみる。
【この前はごめんなさい。
顔をひっぱってごめんなさい。
かたをつかんでごめんなさい。
ゆるしてください。
自分でもどうしてこんな事をしたかわかりません。
反省しています。
またわらってほしかったんです。
なかよくしてくれるとうれしいです。
高月 コウヤ】
この字の汚さ……間違いなく俺が書いたものだった。
だけど、覚えがない。なんだこれ。宛先が書いてないことや、未開封だったのも謎だが、内容もまた不可解だ。
……誰に謝ってんの?
俺が誰かと喧嘩して、そのあと仲直りのために書いたのかな。
……だけど、もし喧嘩の謝罪文なら、「殴ったこと」とか、もっとわかりやすい行動について謝りそうだよなあ。
顔を引っ張るとか、肩をつかむとか。そんな小さな事柄について言及しているのが引っ掛かる。
あと、よくわからないのが、「またわらってほしかった」「なかよくしてくれるとうれしい」という部分だ。
そんな殊勝な願望をストレートにぶつけたい相手が、過去にいたのか。
謝罪文というより、もはやこれは……。
俺は手紙を持ったまま、ベッドに腰掛ける。
なんというか、自分で自分の謎に挑むミステリーが始まったみたいだ。
……キョウカはこれのこと、知ってるかな。
いっぺん聞いてみるか。
■
「これは、謝罪文の皮をかぶったラブレターよ!」
「いや、断定できねーだろ」
さもすべてを理解したかのように、キョウカは高らかに言い放った。
俺は今、キョウカの部屋のベッドに上半身だけ横たえているところだ。
キョウカはPCデスクの前の椅子に座り、俺の謝罪文(?)を両手で持って、舐めるように眺めている。片付けは終わったようだ。
見入ってるけど、そんなに面白いものかね。
「俺が昔書いたやつなんだけどさ。誰宛てなのかとか、いつ書いたのかとか、覚えてなくて」
「ふーん」
キョウカは真剣な顔で、紙を近づけたり遠ざけたりしている。それ、意味あるのか。
「いつ書いたやつか……ってのは、ざっくりわかるんじゃないの?」
「えっ、なんで?」
キョウカが紙を下ろし、俺のほうを向く。
「漢字よ」
「漢字?」
「そう。この中の、一番難しい漢字が何年生のとき習ったかをみれば、少なくともそれ以降に書いたってことよね」
……あー。なるほどなあ。
使える漢字の種類を見て、学年を割り出すってことか。確かに、学校で習うより先の漢字とかは、俺、覚えなかったもんなあ。
キョウカは紙をPCの脇に置くと、さっそくスマホを操作し始めた。
「えーと、この文章の中で一番あとに習う漢字は……『省』らしいわよ」
「へえ。何年生で習う?」
「四年生だって」
んじゃ、四年生以上ではあるのか。
何かあったかな……その頃。
俺は考えを巡らせるべく、起き上がって腕を組んだ。
しばらくすると、キョウカがスマホから顔を上げて口を開いた。
「まーたストレスで記憶喪失かー」
「う……」
キョウカの指摘には、呆れたような響きが混じっていた。
「あんたねー、感情が高ぶりすぎて忘れちゃうのはもう仕方ないとして、少しくらい思い出そうと頑張りなさいよ。これについては手紙っていう手がかりがあるんだし、ほら」
なんやかんや言いつつ、俺に発破をかけるキョウカ。
……カラオケ店での騒動が脳裏をよぎる。
あれも、正直あまり記憶がない。
でも、だからといって「記憶にございません」で済ますつもりはない。
家族や友達……みんなに迷惑がかかったんだ。忘れたなど、虫が良すぎる。
だから。
思い出す努力、向き合う努力はしないといけない。
「……頑張ります」
俺は腕を解き、キョウカのほうへ「手紙をくれ」と手を伸ばした。
そうして受け取った手紙を、もう一度読む。
……きっとこれは、ちゃんと思い出すべきことなんだろう。謝罪する相手のためにも。
「なあ、キョウカ。……小四あたりの俺、ストレスかかってた時期ってあったか?」
「えー? いっつも荒れてたから、どれがどれだか」
キョウカも腕を組み、思案するようにしばらく黙っていた。
「キレるとかじゃなくて……泣くようなストレスっていうか」
怒り以外から来るストレスを探ってみよう。
すると、俺の出した条件に何か思い当たったのか、キョウカが「あっ」と声を上げた。
「あれかな。あんたが小四ぐらいのとき、泣いて帰ってきたやつ」
「え?」
「どうしよう、どうしようって喚いてたのよ」
……外で俺がなんかやらかしたのか。
しかし、外で喧嘩したんなら、だいたいキレたまま帰ってくるんだけどな。
なんだろうなあ。
「そうそう! そのあたりからかなー。あんた、ちょーっと大人しくなってきたの」
「……マジか」
今度はベッドの上で胡座をかいてみる俺。左肘を太ももにつき、手のひらに頬を乗せる。
泣いて帰ってきたってことは、きっと当時の俺にしては珍しく、罪悪感を覚えるようなことがあったんだろうな。
そのときにコレを書いたのだろうか。
書いたのなら、なぜ相手に渡さず、今も手元にあるのか。
キョウカが軽く伸びをし、ギシッと音を立てる背もたれに寄りかかった。
「……その相手さあ、もしかして、好きな子だったりする?」
「……」
相手が想い人ならば。
文章の前半は「好きな子をいじめたくなったが故の衝動」で説明できる。そして、自分でもなぜこんなことをしたのかわからないと書いてあるあたり、慣れない恋……つまり、初恋だったのかもしれない。
「はいはい、戻った戻った。あとは自分でなんとかするー!」
キョウカが両手をしっしっと払うように動かし、退室を促してきた。
一瞬、「えー」と文句を言いたくなったが、自分一人で悩むべきだと思い直し、口を噤んだ。
思考を働かせろ。
忘れたで済ますな。
自分の内側を探れ。
俺は「サンキュ」とだけ言って、姉の部屋をあとにした。
■
■
その日の深夜。俺は珍しく目が覚めた。
仰向けでベッドに横たわっているのはわかる。
だけど、体が動かない。
……なんだこれ。金縛りか。
だけど、不思議と恐怖は感じなかった。
どこか夢心地で、でも思考はクリアというか。
すると。
ギシリ。
「……っ!?」
誰かがベッドの端に腰掛ける気配があった。
誰だろう。空き巣か? ああ、でも体が動かないから詰んでるわ、これ。
顔だけでも動かそうとするが、無駄のようだ。
……にしても、落ち着きすぎじゃないか、俺。
『よう』
「!」
その存在が声を発した。
……俺とそっくりの声だ。
『俺を見つけようと頑張っているらしいな』
視界は天井を向いたまま。声だけが耳に届く。
『だけど、やめておいたほうがいいぜ。……ヒーローなお前は、俺の存在に耐えられないだろうからな』
……。
『たまに感じるだろ。誰かを傷つけたい、犯したいなんてグロテスクな衝動が』
……。
『それはこっちが引き受けるから、お前は何も考えなくていい』
……。
『お前……高月コウヤは、純情少年のままでいりゃいいんだ』
……俺を差し置いて、ペラペラ何を語っていやがるんだ、コイツは!
「……っ、お前、は……誰だ」
俺は強張る全身に負けまいと、必死に声を絞り出した。
『それは聞かないほうがいい』
……本当に、「コイツ」に全部押し付けていいのだろうか。
嫌な部分を全部「コイツ」に引き受けてもらって、俺は「忘れた」と言いながら、健全な男子高校生を続けてもいいのだろうか。
いや。
駄目だろう、どう考えても。
責任逃れも甚だしい。
「教えろ……っ、あの日……俺は何を、したんだ……」
持てる力のすべてを振り絞って尋ねる。
『ああ、あの日か』
どうやら「あの日」という単語だけで、全部伝わったようだ。
「コイツ」は続けた。
『俺からすりゃ大したことない。けど、ヒーローなお前からすれば……受け入れ難いだろうな』
いいから早く教えろよ!
大事なことなんだよ!
有耶無耶にしていいことじゃないんだよ!
その訴えが伝わったのか、「コイツ」はゆったりとした口調で語り始めた。




