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20話「両雄」side箕面

 追っては蹴り返す。

 蹴り返されては追う。


 やっていることといえば、それだけだった。


 だけど、今の俺達の間には、それ以上のコミュニケーションが生まれていたように思う。

 小気味よいボールの音と共に、言葉が交わされていたのだから。


「お前さー、俺と同じ学校だよな?」


 タカツキが、足元へ転がってきたボールをころころと転がしながら言った。


「えっ、そうだっけか」


 俺はボールを受ける構えを取りつつ返答する。


「別のクラスで見たぞ」


 そう言って、ボールを高く蹴り上げるタカツキ。


 ……やっぱり、見たことあると思ったら同じ小学校か!

 見たことがあるというより、こっちは無意識に見かけた程度の認識だったけど。


「はは、マジか! 狭いなあ、世界って」


 高く上がったボールを捉え、受け止める俺。


「……すごく足速かったよな?」

「おっ! そうそう、リレーで一位取ってやったよ! 知っててくれたんだな」


 俺は謙遜もせず、ふふんと得意げに返事をする。


 だが。


「俺は二位だったんだよなー……」


 ボールを追いながら、不服そうにぼやくタカツキ。


 ……あれ。

 こいつ、さっきから不満そうな顔してるな。

 せっかくこうして遊んでいるのに、なぜだろう。


「二位でもいーじゃんか!」


「……」


 明るく励ますも、タカツキの顔は晴れない。

 というか、時折何か言いたそうにこちらを見てくる。


「なに?」


 片眉を上げて、俺は尋ねてみた。

 言いたいことがあるなら、ハッキリ言ってほしい。


「だよなあ。二位のやつなんて、覚えてないよな」


「……」


 ボールが再び、タカツキの足元に留まる。


「俺、負けっぱなしはやだな」


 そう言うと、タカツキは今までで一番力強くボールを蹴った。


 ……ああ。リレーかなんかで、俺に抜かされた記憶でもあるのか。

 申し訳ないが、こっちは自分が一番になることで頭がいっぱいだったから、そこまでライバルを気に留めていなかった。


 ようやく、タカツキがこんな顔をしている理由がわかった。


「あー、悪い。一緒に走ったっけか……」


 声に申し訳なさを滲ませてみる。


「自分が一番だから、他はどうでもいいのかよ」


 タカツキはそれだけ言って、ボールをこちらによこした。


 その言い草に、俺はさすがにカチンときた。


「は! どうでもよくないし!」


 力強く反論する。

 その勢いが蹴る力にも反映されたようで、思った以上に遠くへボールが飛んでいってしまった。

 受け止められなかったタカツキが、後ろを振り返って「あー」と声を漏らす。


 何が「あー」なのか。

 俺は溜息をつきながら、ボールが飛んでいった先を凝視した。


 ……ボールの姿がない。


 ここから少し先、舗装された道を外れて、どこかへ行ってしまったらしい。


「やべー、ボールどこいった」

「なんか谷間んとこに落ちたっぽい」


 そう言って、タカツキはボールが飛んでいった方へ向かう。

 俺も走って確認しにいった。


 地面は、赤や黄色に色づいた落ち葉で隙間なく敷き詰められている。


 だが、よく目を凝らせば、ところどころ斜面になっている場所があり、あまり足場はよくなさそうだ。


 もしかしたら、ボールは斜面の先にある窪地にでも落ちたのかもしれない。


「はあ、探すか」


 面倒だなと思いつつも、回収しないわけにはいかない。

 やれやれと溜息をついて、足を踏み出す。


「俺が蹴ったやつだから、一人で探すわ」


 なんならボールは俺のだし。

 タカツキにそれだけ伝えて、歩みを進めた。


 しかし。


「俺も探す」


 そう言って、タカツキも俺の後ろをズンズンついてくる。

 ギュッギュッと落ち葉を踏みしめる音が聞こえた。


「いや、いいよ」


 振り返らずにそう言ってみても、タカツキは歩みを止めない。


「いや。俺が一番に見つけるー」


 そんな宣言をして、タカツキは額に手をかざし、キョロキョロと辺りを見回している。


 二位だったことを、まだ根に持っているのか。

 それとも、俺が二位の存在を忘れていたことなのか。


 どっちにも不貞腐れているのかもしれない。


 ……とはいえ、「一番に見つける」なんて言われて、競争心が芽生えないわけもなく。


「いや、俺のだから! 先に見つけるのは俺!」


 俺は負けじと、大股かつ早足で辺りをうろつく。


 その宣言が気に食わなかったのか、タカツキも声を張り上げた。


「は!? ムキになるなよ」

「なってんのお前じゃん!」


 それぞれボールの捜索を中断し、向かい合って睨み合う俺達。


「ほら! 助けてやるから」


 表情を変えないまま、タカツキは「助けてやる」と恩着せがましく手を差し伸べた。


 力強く伸ばされた右手を、俺はじっと見つめる。


 ……またヒーローごっこかよ。好きだな。

 でも、マジで正義感が強いんだろうなあ。

 多分、それがこいつの良いところに違いない。


 で。

 俺はどうしたか。


 そんなの、決まっている。


 差し伸べられた手に近づいて。


 その掌を。


 バシン!


 と、はたいてやった。


「なっ」


 そして、きっぱりと声を張り上げ、俺の意思を告げた。


「いらねえよ、二位の助けなんて!」


 はたかれた掌を呆然と見つめるタカツキ。

 やがて、その表情が一気に苦々しいものへと変わった。


 ああ、これ、きっと地雷ワードなんだろうな。

 まあ、わかってて言ったけど。


「――っ、もういい! 一生探してろ!」


 捨て台詞を吐いて、タカツキは足元の落ち葉を俺めがけて蹴り上げた。


「んなっ」


 俺が「なにすんだよ」と言うより早く、そのまま勢いよく反対方向へ走っていった。


 ……ばーか。俺一人でできるっつうの。

 お前の助けなんかいらないっつの。


 チビを助けるとき。

 お前は一人でヒーロー任務を完了できなかったよな。

 結局、俺の助けが必要だったよな。


 だけど、俺は違う。

 全部できるから!


 俺は舌を出して、心の中で毒づいた。


■


 雨雲アラートの通知がスマホに届いたのと同時に、俺はボールを発見した。


 予想通り、斜面の向こうにある窪地に、ボールがすっぽりとはまっている。


 だけど、予想外だったのは斜面のほうだ。

 近づいてみれば、思っていたよりも勾配が急だとわかる。

 一度降りれば、間違いなく上がってこられないほどの急斜面だった。


 俺はスマホをポケットから取り出す。


 ……親を呼ぶか……。

 だけど、絶対に怒られるな、これ。


 そんな想像をしてしまい、一気に憂鬱な気分になってくる。


 そのせいで連絡を躊躇し、無意味にスマホの画面をつけたり消したりして、時間を浪費する俺。


 そこへ。


 液晶画面に、一滴の雫が落ちた。


「あ……」


 それは一つ、二つ……と増えていき、端末を濡らしていく。

 慌てて服の裾で拭った頃には、もう全身が雫まみれになっていた。


 雨か。

 ……泣きっ面に蜂とは、こういうことを言うんだな。

 泣いてないけど。


 再び、谷間のボールに視線を向ける。


 やるしかないな。

 頑張れ。俺。

 自分で全部成し遂げてみろ。


 まずは、枝のような長い棒状のものが欲しい。


 それをゲットできれば、斜面を滑り落ちるギリギリのところまで大股で踏み出し、踏ん張る。

 棒の先がボールに届いたら、手前へ弾く。

 あとは、それを受け止めればいい。


 そんなプランを組み立てていった。


 ……いける。


 さて。棒を探すか。


 だが、周りを見渡しても、そもそも枝自体があまり落ちていない。


 枝は望み薄か……と思った瞬間、あるモノを連想した。


 傘。

 ……傘がいい!


 開いた傘の内側でボールを受けて、すくい上げればいいんだ。

 今ちょうど雨が降っているから、誰か傘を持っている人に借りれば……。


 ……。


 いや、傘はみんな自分で使っているよな。

 余分に傘を持っている人なんて、どう探せばいいんだ。


 傘を借りるハードルも結構高いな。


 そう思ったとき。


 ジャリ、ジャリ……と、湿った落ち葉が擦れる音がした。


 誰かいるのか、と音のした方へ顔を向けると。


「雨やばいぞ」


 紺色の傘を持った、誰か。


 傘の下から覗いた顔は、やはり。


「タカツキ……」


 そこには、濡れた様子もなく、涼しい顔をしているタカツキの姿があった。

 彼はそばに来ると、俺も傘に入れるよう、こちらへ差し出してくれた。


「もう、親とかに言えよ」

「……っ」


 タカツキの言い分はごもっともだ。

 ここは大人を呼ぶべきなんだろうな。


 親と離れてだいぶ経つし、そろそろ一報を入れないと。


 はあ。


 傘の下で、俺はのろのろとポケットからスマホを取り出した。


 だけど、スマホの様子がおかしい。

 触れてもいないのに、画面が勝手についたり、スクロールしたりする。

 挙動が完全にバグっている。


 まさか。さっきの雨で水没……!


「あ、スマホ壊れた?」

「……」

「ちょっと見てやろうか」


 そう言って、タカツキは俺のスマホに手を伸ばした。


「いいって!」


 咄嗟に。


 ぱしん、と俺はその手を叩いた。


「……っ」


 ああ、またキレられるな、これ。

 そう身構えて、タカツキの顔を見た。


 その顔は、怒っているというよりは……。


 悲しんでいる……?


 タカツキは悲しげな声で口を開いた。


「なんでだよ」


 そして、そのまま続ける。


「なんで、全部やろうとするんだよ」


 伸ばした手を下ろすタカツキ。

 だが、その場から動くことなく、目を伏せて佇んでいる。


「お前さ、後ろを走ってる奴のことぐらい覚えとけよ」


「は……」


 一瞬、意味がわからず聞き返す。


 ああ、これ、また二位の話を引きずっているのか。

 なんでこんなときに……。


「ほら、スマホ貸してみ。たぶん原因わかる」


 タカツキはもう一度、手を伸ばした。


 ……仕方ない。

 ここで拒んでも何の得にもならない。


 しぶしぶ、俺はスマホを手渡した。


「……水滴だよ、やっぱこれ」


 拭いきれていなかったらしい。

 タカツキはスマホの画面を、自分の服の裾でしっかりと拭った。


「おし、直ったぞ」


 得意げに鼻を鳴らし、俺にスマホを返してくる。

 故障というより、画面についた水滴が誤操作を引き起こしていただけか。


「あ、サンキュ……いや、ありがとう」


 一応、カタカナではなく日本語で言い直しておいた。

 すると、タカツキは「へへ」と上機嫌に笑った。


「なんか、手伝えることないか」


 そう言って、ボールがある方向へ目を向ける。


「あれ、見えるか。ボール」

「うん」

「棒みたいなので取りたいけど、なかなかなくて」


 うんうん、とタカツキは頷き、考え込むように人差し指を顎に当てて上を向いた。


 やがて、「あ、そうだ」と目を輝かせ、俺を見つめてきた。


「傘! これいいじゃん!」


 やっぱり、行き着く考えは同じだったようだ。


 だが。


「あー……使うと、その間濡れるじゃん」


 お前がさ。

 せっかく、まだ濡れてないのに。


「あー、確かにお前濡れちまうなー……うーん」

「いや、お前が濡れるんだって!」


 俺はもう濡れてるからいいんだって。


 俺は傘の柄を持つタカツキの手を、ぐいぐいと押し返す。


「俺、気にしないし!」

「俺が気にすんの!」


 もう、二人で傘の柄を押し付け合う始末だ。


 そんな押し問答をしていると、タカツキがあることを言い出した。


「なら! せーので、一緒に傘から出るぞ!」

「!」

「それならおあいこ、同じだよな!」


「……ああ!」


 もう、それしかないな。

 意地を張っていても無駄だと思えてくる。

 ……このタカツキの顔を見ていると。


 そうして、タカツキと俺は、それぞれ片手で傘の柄を持つことにした。


 顔を見合わせ、合図を出す。


「「せーのっ」」


 二人で前方へ傘を傾けた。


 これで、俺達は同じ「ビショビショ仲間」だな。


「これ、使えよ」


 そしてプラン通り、俺はタカツキから傘を受け取り、斜面の方へ歩いていった。


 ギリギリまで歩みを進め、大股で踏ん張る!

 開いたままの傘を、ボールの方へ伸ばす!

 傘の内側に、ボールを迎え入れる!


 ……ここまではバッチリだった。


 だけど。


 ぬかるんだ地面は俺の踏ん張りを許さず、そのままズルリと足を滑らせた。


 あ。


 落ちるな、これ。


 やばい、受け身とか全然取れないぞ、コレ。


「ミノオっ!」


 そのとき。


 傘を持っていない方の腕を、ガシッと掴まれる感覚があった。

 力強く皮膚が引っ張られ、少し痛い。


 ……タカツキ!


 両手でしがみつくように、俺の腕を捉えている。


 お前も踏ん張ってくれている。


「このままっ! 後ろへ引っ張るから! 踏ん張れよ!」


 もうすでに、転びそうになったときの恐怖なんてなかった。


 ただ、腕が痛えーよ!


「あいてて、そ、そのまま……っ」


 ゆっくり、確実に、一歩ずつ、後ろへ!


■


 そうこうして、なんとか窮地を脱し、俺の元へボールが帰ってきた。


 あれから親のところへ戻ったら、予想通りエラく叱られた。


 何してたの!

 遠くへ行きすぎ!

 通知を見ておきなさい!

 ボールを取るときは大人を呼びなさい!


 などなど。


 全部正論なのはわかっているから、黙って頷くことしかできなかった。


 ……でも、そんな「正しいこと」をきちんと実行していたのなら。


 「高月コウヤ」と仲良くなることも、なかったかもしれないな。


 人生って、不思議だなあ。


■

■

■


 奇跡が起きた。


 昼休みに自販機でスポドリを買ったら、また飲み物が当たったのだ!

 日頃の行いが良いからだろう。


 それを早く自慢したくて、俺は足早に高月と伊原がいる食堂へ向かった。


「イエーイ! また当たったぞ!」


 二人の元へ駆け寄り、無料のスポドリをフリフリと振って見せびらかす。


 高月はこちらを一瞥して「あー、そう」とだけ言うと、また伊原と会話し始めた。


 おいおい、素っ気ないな。


「ほら! 冷てーぞ」


 そう言って、高月の頬にスポドリをくっつけてやった。

 高月の肩が、一瞬びくりと持ち上がる。


「冷たっ、やめろよ。今話してんだからー」


 鬱陶しそうにスポドリを払いのけようとする高月。

 俺はそのスポドリを、高月の近くに置いた。


「これ、やるわ」

「は?」


 意図がわからないのか、高月が立っている俺の顔をジロジロと見てきた。


「いや、いらねえよ……なんか代わりによこせとか言うんじゃないだろうな」


 予想通りの反応だな。


「ははは! 違う違う! ……まー、これで割り勘になるよなーって」


「はい?」


 不審そうに、高月が目を細める。


 ……まあ、忘れているよなあ。


 あのチビがこぼしたアイスの代金が「320円」だったこと。


 その半分を、俺は出せなかったからさ。


 この「160円」のスポドリで、チャラにしてくれよな。

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