19話「英雄」side箕面
俺は昔っから、誰かに何かを委ねることが苦手だった。
自分が扱っていたモノを、別の誰かに明け渡すのはどうも落ち着かない。
例えばサッカーなら、誰かにパスを出すくらいなら自分でシュートを狙いに行ってしまうような、そんな性分。
他人を信じていないわけじゃない。
だけど、自分だけで何でもやって、その結果も自分一人で背負える。そんな「一人で完結できる漢」になりたかった。
……だけど後に、俺はその考えがいかに無謀で馬鹿馬鹿しいものか、思い知らされることになる。
高月コウヤによって。
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家を出てから、車を走らせること三十分。
俺たち家族は、郊外にある自然公園に向かっていた。
その自然公園は規模の割にあまり有名じゃない。だからこそ、紅葉スポットの穴場として旅行サイトで小さく取り上げられていた。
それを目ざとく母が見つけ、「日帰りで紅葉を見に行こう」と提案してきたのだ。
当時小三だった俺は、紅葉を見に行くという誘いに、正直あんまり魅力を感じなかった。
紅葉を見に行くって、具体的に何するの? やることなさそうだなー。
そう母に言ったら、「情緒が豊かになるかもよ」って、よくわからない返しをされたっけ。
……絶対、どっかのタイミングで暇になるな。これ。
そう見越して、俺は公園にサッカーボールを持っていくことに決めた。
「はい、到着したぞー」
父が車を停め、そうアナウンスした。
ようやく着いたか。
俺は「んんー」と伸びをして、のろのろと車外へ出た。
車から降りると、視界いっぱいに紅葉が広がっていた。
父も母もその赤に圧倒されたようで、降車するなり周囲の風景を写真に収めまくっていた。
俺も最初は「綺麗だな」と心の底から思っていた。
……だけど、遊歩道を進んで展望デッキに着く頃には、すでに紅葉に飽きつつあった。
歩いても歩いても、同じような風景が続いてりゃ、もうお腹いっぱいになる。
ボールを持ってきて正解だったな。
そして昼過ぎ。
芝生に敷いたレジャーシートの上で弁当を平らげた頃、俺はいよいよやることがなくなってきた。
我慢できなくなったので、いまだスマホ片手にきゃいきゃいしている両親に「俺、あそこの広場でボール蹴ってくるー」と言い残し、レジャーシートから立ち上がった。
そんな俺に、両親は「スマホちゃんと持っててね」と念を押してくる。
さあ、持ってきたボールでサッカーでもするか!
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……。
サッカーとはいっても、相手がいないもんだから、結局リフティングなんかで時間を潰すしかない。
まあ、わかってはいたけど、退屈だなあ。
マンネリを感じた俺は、いったん近くのベンチに座って一息ついた。
そして足元でボールを転がしつつ、辺りに目を向ける。
……もう紅葉に対して、何の感慨も抱けなくなっていた。
その時。
幼稚園児くらいだろうか。
道の真ん中を、男の子が機嫌よく早足で歩いていた。
手にはソフトクリームを持っているな。
だけど、その向かいから男子小学生くらいの集団が、前を見ずに歩いてきていた。
ああ、これ。
ドシン。
「うおっ、なんだチビ」
後ろ向きに歩いていた小学生男子が、その男の子の肩にぶつかった。
当然、よろめくのは小さい子の方で……。
ぐしゃり。
大事に抱えていたソフトクリームを、地面にぶちまけてしまった。
幸い、男の子は転ばずに済んだものの、その顔は悲痛なものになっていた。
「あー!」
そう叫んで、男の子は地面に落ちたアイスのもとへ駆け寄った。
そして、ゆっくりと両膝をついてうなだれてしまう。
可哀想に。
一方、小学生男子たちは「やべ……」と気まずそうにその様子を見ていた。
だけど、それも束の間。
男子たちは顔を見合わせ、笑い出した。
「ははは、お前何してんだよ!」
「わっるー!」
「いや悪い悪い!」
……笑うほど今の事故、面白いか?
謝る相手も違うし。
ぶつかった男子の後ろで、男の子が泣き出してしまう。
それに気づいた男子たちは、またオロオロし始めた。
そして、その場から逃げるように足早に立ち去ろうとする。
その瞬間。
「謝れよ、お前ら!」
なあなあになりつつあった場の空気を引き締めるような、鋭い怒声が響いた。
見れば、別の男子が、立ち去ろうとする連中を通せんぼするように立ちはだかっていた。
俺と同年代くらいの背丈だ。
そいつは怒りに満ちた表情で、男子たちを睨みつけている。
「な、なんだよ」
さすがに男子たちも、その剣幕に気圧されたのか、一歩後ずさった。
「見てたぞ、その子とぶつかったの! 前見てねーからそうなるんだ!」
立ちはだかる男子が、吠えるように言い放つ。
だが、それが気に食わなかったのか、ぶつかった男子が目を吊り上げた。
「はあ? なにお前、チビの知り合い!? そう言われると謝る気失せるわ!」
なけなしのプライドゆえか、そいつも意地になり始めた。
その反発に、通せんぼ男子はますます怒ったように拳を握る。
おいおい、暴力はまずいって。
「いい加減にしないと殴るぞ!」
「んだと、ボケ!」
相手の男子も両拳を握り始めた。
おいおいおい。
ヒーロー気取りかなんか知らんけど、無鉄砲すぎるだろ!
もし、あいつらが集団になって襲ってきたらどうするよ!
絶対勝ち目ないって、ヒーローくん!
ああもう。見てられない。
ヒーローにもまた、ヒーローが必要ってか。やれやれ。
そう考えた俺は、足元のボールを小脇に抱えた。
そして、騒動の起きている場所へ歩いていく。
「おーーい、ストップストップ! 喧嘩はまずいって」
そう声をかけ、場をなだめることにした。
俺の声に、みんなが振り向く。
「とりあえず! ぶつかったお前は、あの子に謝っとき。ぶっちゃけ悪いって思ってるんだろー。でも、言いそびれちまったんだよなあ。空気的に。だろ?」
俺はぶつかった男子に、できるだけ落ち着いたトーンでそう促した。
とにかく、こいつが謝りやすいようにしてやらなくては。
「……っ」
男子は、泣いているアイスの子に目を向ける。
すでに、握っていた拳は緩んでいた。
困ったような顔で仲間を見渡した後、そいつはゆっくりと男の子のもとへ向かった。
そして、その子の顔も見ず、そっぽを向いたまま口を開く。
「えーと、わ、悪かったよ。ごめん」
……まあ、及第点かなあ。
しかし男の子は、アイスを失ったショックの方が大きいのか、しくしくと泣き止まない。
泣き止まないし、どうしたらいいもんか。
そう言いたげに、頭を掻いて立ち尽くす男子。
他にやることが思いつかないようだ。
すると、アイスの子に一つの影が落ちた。
さっきのヒーローくんだった。
「残念だったなー、アイス」
片膝をつき、溶け始めているアイスの残骸を見つめるヒーローくん。
その声は、さっきとは打って変わって穏やかで優しいものになっていた。
「うっ、うう……」
男の子はしきりに目を擦り、涙を拭おうとしている。
「あんま目ぇ擦るなよ」
「うう……」
ヒーローくんは、涙を拭う男の子の腕をやんわりと掴んだ。
「アイス、欲しいならまた買ってきてやるから」
「え!」
男の子がバッと顔を上げた。
そして、期待に満ちた目でヒーローくんの顔を見つめている。
代わりに買うってか! すげー太っ腹だな!
ヒーローくんはというと、慈愛の眼差しと言っていいほど表情が柔らかい。……さっき通せんぼしてた時とは、別人かと疑いたくなる。
「ほんとう?」
「うん」
そう頷いて、小さなその頭にポンと手を置いた。
それ、女子にやったら一瞬で落ちるやつだ。
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しばらくして。
男子集団は用が済んだと言わんばかりに、さっさと離れていってしまった。
アイスのフォローはないのかと、さすがに文句を言いたくなったな。
取り残されたのは、俺とヒーローくんと、チビ助。
ヒーローくんは「おれ、タカツキ」と自己紹介してきた。謎に律儀で、少し笑ってしまう。
それに合わせて、俺も「箕面」と名乗っておく。
タカツキは「ああ……うん」と、なぜか腑に落ちない様子で返事をした。そんなに変かな、この名前。
にしても……なんかどっかで見たことある気がするなー、こいつ。気のせいかな。
「……アイス一個で320円だっけ」
高いなあ、なんてポツリと漏らすタカツキ。
「タカツキがさっきアイス奢るって言ってたじゃんー」
「まあ、そうだけど」
カッコよく言ってたのに、なんとも締まらないヒーローだ。
「一応、お金はある」
そう言って、ポケットからガマ口財布を取り出すタカツキ。
「なら買ってきたら?」
そう言うと、タカツキが「あっ、なら……」と俺の顔を見てきた。
なんか嫌な予感……。
「半分ずつお金出そうぜ。俺とお前で」
タカツキはポンと手を打ち、そう提案してきた。
「はー? 嫌だよ!」
何を言い出すんだ。
なんで俺まで金を出さにゃならないんだ!
そうツッコむと、タカツキは不貞腐れたようにつぶやいた。
「だって……高いし……お前も参加したんだから、お金使えよー」
そうブーブー言いながら地面を蹴るタカツキの姿が、なんだか可笑しい。
笑えば「何だよ」と睨まれた。
……まあ、自主的に関わったのは確かだし、その情けない姿に免じて負担してやるか。
だけど、ポケットに手をやろうとして思い出した。
「あっ、お金持ってきてない」
「えー」
露骨にガッカリした声を上げるタカツキ。こればっかりは仕方ないだろ。
「はあ。ならいいや。俺が全部払うよ」
「がんばれー」
茶化すように応援すると、タカツキは「うるせー」と言って、売店の方へ歩いていった。
残った俺は、そばでチビ助の様子を見ておくことにする。
その顔は、実に晴れやかなものになっていた。
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ころころ。ころころ。
また一人、ベンチでボールを転がす俺がいる。
あの後、無事アイスを手に入れた男の子は、迎えに来た親のところへ駆け寄り、こう報告していた。
『ヒーローがアイスかってくれた!』
それはもう、満面の笑みで。
親は何のことかわからなかったのか、首を傾げていたな。
あのチビ、自覚のないまま迷子になっていたらしい。
そして、タカツキと俺はあえて事情を説明せず、その場から立ち去った。
ちょっとカッコよくないか、これ! なんて、二人してイキったことを言い合った。
しばらく一緒に歩いていると、タカツキが「あっ、母さんからライヌ!」と言ってスマホを確認した。
どうやら親に呼ばれたらしく、「じゃあ」と手を振って俺と別れていった。
で。
まだ遊び足りない俺は、再びボールとイチャイチャすることに。
……暇だ。
場所でも変えるか。
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俺はボールを抱え、広場の端っこへ移動した。
もう少し先まで行けば、沢や谷状の窪地が見えてくる。
だけど、さすがにそこまで行くと迷子になる可能性があるのでやめた。
地面にボールを置き、足を乗せてみる。
……誰か参加しないかな。できれば同年代で。
そんな期待を抱いて辺りを見回すも、家族連れやカップルばかり。
子どもはいても、小さすぎるか、逆に大きすぎる奴ばっかだ。
はあ。もう昼寝でもするか。
なんて思った、その時。
「サッカーすんの?」
背後から聞き覚えのある声がした。
この声……さっきの。
「あっ! タカツキ」
振り返れば、木の幹に手をつくタカツキの姿があった。親との用事はもう済んだのだろうか。
「……やるか? サッカー」
試しに誘ってみる。
するとタカツキは、やる気に満ちた声で「やる!」と言い、駆け寄ってきた。




