14話「救済」side伊原
遠慮のない、その豪快な咀嚼音に俺は眉をひそめた。
だが、こいつは言いつけどおり、ちゃぶ台にも床にも食べかすを落とさないよう気を配っているらしい。
そこはまあ、いい。
……この男――高月の言動には、今後気をつけるべきだと思った。
店での「俺の嫁」とかいう寒い言葉は、明らかに冗談の類だと分かる。
……このガサツで無遠慮な性分で、嫁をもらうなど絶対無理だろ!
本当に「嫁」というキーワードが似合わなすぎて、おかしい。
で、今みたいに不明瞭なことを言い始めたら、こちらから質問して、必ず「言葉の穴埋め」をしておかないといけない。
「付き合ってほしい」なんて、最たる例だ。
付き合うって、何に。
誰と誰が。
……このあたりを明らかにしておくこと。
じゃないと、俺はどうリアクションすればいいのか混乱するから。
こんな感じで脳内にまとめ、自分の中の「高月マニュアル」を作っておくことにする。
で。
高月がやたら頼み込んでくる「俺の創作の手伝い」についてだけど……。
もう、なんというか、疲れてきた。
そんな投げやりな気分で「もう、いい」なんてつぶやけば、
「マジで! サンキュ!」
などと喜ぶ。
いや……。
「もういい」の「いい」は、話を切り上げたいという意味であって、許可では……。
ああもう、こいつの笑顔見たらどうでもよくなってくるな!
黙って学習机に向かい、両肘をついて頭を抱える。
執筆作業でもしようかと思ったけど、ペンが握れそうにない。
そこで。
ふと、思う。
何らかの創作をするためには、基本、外からの刺激が大事になってくる。
他作品に触れることも「刺激」ではあるけど、それ以外の要素だって重要なのではないか。
そんな考えが浮かんだ。
体験。
五感から得られる情報。
人との交流。
そういうもの。
どれが、どのようにインスピレーションとして機能するかは分からない。
だからこそ、初めから毛嫌いしないほうが、アイデアの幅を狭めずに済むのではないか。
……なんて思うようになってきた俺。
毒されているのか、これ。
まあ、新しい刺激になり得ると考えて、「珍獣・高月」と関わってみてもいいかもしれない。
やがて食べ終わったのか、咀嚼音が止んだ。
そして、背後の気配が動く。
ゴソゴソと音がして、鞄でも触っているのかと想像する。
振り向かないけど。
「でさ。アイデアにならねーかなって、いろいろ持ってきた。例えば……この『電子の世界に転生した俺、プログラムで彼女を作る』っていうやつ。ラノベなんだけど、完読したよ。珍しく。面白かった」
もう、こいつの中では「創作活動」が始まってしまったらしい。
こいつが純文学をチョイスしないのは、まあ、予想どおりというか。
「はあ……」
ため息をついて、椅子ごとゆっくり振り返る。
仕方ない。
付き合うか。
「で。あんたとしては、どう面白かったの」
高月に向けてそう質問してみる。
さて、どんな答えが返ってくるやら。
あまり期待できないけど。
すると高月は、難しい顔で考え込むように腕を組んだ。
「なんか壮大だった」
「何が」
「世界観とか設定が」
「どんな」
「こう、電子世界の、おとぎ話的な」
よく分からない。
まあ、知ってたけど。
「あっ、あとヒロインが可愛かった」
そう!
それだ!
とでも言いたげな、生き生きとした表情で高月が言う。
なるほど。
キャラクターの描写に魅力を感じた……といったところか。
「ヒロインってどんな」
食わず嫌いはいけない。
とりあえず詳細を聞いてみることにする。
すると高月は、やに下がったような顔でペラペラと語り出した。
「無愛想で警戒心が強い、深窓の令嬢みたいな。クラスで浮いてる女子。だけど、主人公と喋るとすげー口悪いの。毒舌なんだよ。そんで、主人公がその子と仲良くなるべくエンジニアとしての知識で……」
……なんか、目ぼしい情報も刺激もないな。
というか、高月はこんな面倒くさいタイプのヒロインを好むのか。
だいぶ賛否が分かれそうなヒロイン属性だけど。
「そういうタイプのヒロインが好みなの、あんた」
なんとなく尋ねてみる。
すると高月は、無駄に爽やかな笑顔で答えた。
「まあ、あとのギャップを思えば、ガード固めだと燃えるなー。こういうのは、最初は振り回されつつも最後のほうで主導権握ってやりたくなる」
そういうものか。
……少し歪んでないか、こいつ。
思わず俺は、椅子のキャスターを転がして少し後ろへ下がる。
ちょっと離れてほしい。
すると高月が、
「どうした?」
なんて惚けてきた。
■
■
俺と高月が向かい合っている。
「まず手を動かす」
書き出すことの重要性について俺が教えれば、高月は「ほー」と声を漏らし、やる気を見せた。
手早く筆記用具を取り出すこいつを見て、
意欲はあるんだな……。
なんて思ってしまう。
そして二人でそれぞれ白紙に向かい、思いついたことを無秩序に書き出していく。
いったん固定観念を弱めるためだ。
分かりやすいよう、図形なんかも盛り込む。
難しい漢字はスマホで調べる。
そんな作業を繰り返していた。
「そういやさ、伊原が書いてた『センヤ』のやつ。あれ続き書いた?」
突然思い出したかのように、高月がこちらを見てきた。
その手元では、握っていたペンが止まっている。
「……まだだけど」
高月の向かいに座る俺は、顔を上げず淡々と答えた。
どうした、急に。
高月は「なら」と言って、俺の視界に手を伸ばしてきた。
「こっち見ろ」と言わんばかりに軽く机を叩くその動きに、俺はしぶしぶ顔を上げる。
「話思いつかねえならさ、キャラ設定詰めようぜ」
「キャラ?」
「そう。ほら、キャラの解像度を上げるんだよ」
さも妙案が閃いた、とでも言いたげに提案する高月。
キャラクターの解像度……。
詳細な設定を作る、ってことかな。
まあ確かに、筋書きで詰まったのなら、別の角度から考えてみるのもいいかもしれない。
設定を詰めれば、キャラは生き生きとする。
キャラが生き生きとすれば、舞台の上で勝手に動き始める。
そして、自然と展開が進んでいく。
そんなこともあるぐらいだ。
なるほど。
……初めて俺の創作に貢献したんじゃないか、こいつ。
そんな感慨に耽ったのも、ほんの少しの間だった。
「予知能力のあるセンヤをさ、無愛想で毒舌キャラにしようぜ」
「却下」
どれだけ無愛想キャラが好きなんだ。
センヤを自分好みにしようとするな。
脊髄反射レベルで却下してしまったじゃないか。
「えー。じゃあ、過去設定とかは」
しぶしぶ別の提案をする高月。
なるほど。
センヤの過去か。
……まず、センヤって何者なんだろう。
センヤって、どんな幼少期を過ごしたんだろう。
センヤって、何が好きで何が嫌いなんだろう。
……作者の俺がこんなんじゃ、まずいかもしれないな。
目を閉じて「うーん」と首を傾げていると、高月が自慢げにアドバイスしてきた。
「俺的には、センヤにはきっと暗い過去があると見た」
「暗い過去?」
うっかりオウム返しする俺。
構わず、高月は続けた。
「センヤってやつ、きっと予知能力で苦労してきたんじゃないかって思って。ほら、周囲に気味悪がられた過去があったとか、いじめられたとか、さ」
なるほど。
確かにこの能力を持つキャラクターで、「平凡な人生送ってました!」なんて過去だと、読者から見て違和感があるかもしれない。
むしろ、センヤの過去に何らかの「影」があったほうが自然だ。
センヤの過去に、悲劇を。
俺が考え得る、最大の悲劇を設定しようか。
例えば。
そうだな……。
「変な渾名つけられて、いじめられてた、とか」
まだ抽象的だけど、そんな雰囲気がいい。
一番、解像度高く描ける悲劇だし。
それを聞いた高月は、熟考するように腕を組み、上を向いた。
「うーん、渾名でいじめられてた設定かあ」
「うん……」
今度は俯いて唸る高月。
……こいつは、どんなことを言い出すんだろう。
少し、実験してみたくなった。
俺は窓のほうへ視線をやりながら、それを語ってみる。
「センヤは、不本意な渾名でいじめられてた。だけど……センヤは怒って、渾名の言い出しっぺをぶったんだ」
「ほうほう」
「で、それをきっかけにもっと酷いいじめが始まる、みたいな」
「んー」
アイデアに詰まったのか、高月は黙った。
だけど、聞きたい。
「大きくなっても、センヤはぶったことを謝れずにいる。彼はどうすれば悲しまずに済んだのか。謝ればいいのか……っていうのが、序盤のテーマ」
どうすれば、あの地獄から解放されたのか。
高月なら、どんな方法で地獄を突破するのか。
しばらくの沈黙。
俺の中で、不安と期待が渦巻く。
窓から視線を外し、前を向いた。
高月は神妙な面持ちで、けれどどこか寂しそうな声で言った。
「センヤの隣に、誰かいればいいんだ」
「え」
どういう意味だろう。
そう聞き返そうとする前に、高月は空になったコップを見つめながら、静かに続きを語る。
「センヤがどうすればいいか、みたいな話だったろ。でもさ、そのセンヤっていうのは多分、『助けて』って言えないタイプなんじゃないかと思って」
まあ、確かに。
言えなかったな……。
「まあね。でも、センヤがどうするって話だから……」
「センヤが、じゃなくて。『助けて』って言ってるのが分かる、言われなくても気づける奴が要るんだよ」
そういうキャラクターが足りてない!
と、高月は主張する。
もし、そんな奴がそばにいたら。
何か変わっていたのか。
涙を流した日を減らせたのか。
笑える日が増えたのか。
「だから! センヤのSOSが分かるエスパーキャラを作ろうぜっていう! 予知能力キャラと絶対相性いいって!」
歴史に残る偉業でも成し遂げたかのように、高月は息を弾ませて俺を見つめてくる。
ほんと、キャラクターを作るほうが好きなんだな。
エスパーキャラ……。
考えてみるか。
「あっ、あとさー」
「ん?」
ついでに思い出した、というふうに高月はこう言った。
「センヤが言い出しっぺをぶったのさ、間違ってないと思うんだよな。ビンタなのかグーパンなのか知らねえけど」
俺はいつかの記憶を思い出し、目を伏せて告げた。
「……ビンタ、かな」
「なら、まだ優しいぞ。俺がセンヤの立場ならグーパン一択だったよ」
高月は、穏やかな声でそう言って笑っていた。




