閑話「告白に至るまで」
入学式が終わって、ひと月半が経とうとする頃。
新しい学校に新しいクラス、そして新しい科目……と、「新しいこと」尽くしで慌ただしかった校内も、今ぐらいになると落ち着きを見せ始めている。
そして、みんなそれぞれに新しい交流が生まれているようだった。
だが俺は、同じ中学の連中とつるむばかりで、あまり新しく交友関係を広げたい気持ちはなかった。
受験疲れで、こう、燃え尽きてるというか。
「新しい」はもう、当面いらないや。
ぼうっと考えつつ、俺は廊下の窓から中庭を見下ろした。
中庭の女子たちが、青々と茂った木を見上げながら、「お花見行きたかったなー」なんて漏らしている。
だが俺は、散っていく桜に名残惜しさを感じるような情緒を持ち合わせていない。
だから、あまり共感できなかった。
そんなとき。
「高月みっけ!」
後ろから両肩をバシッと叩かれた。
「ぎゃあ!」
突然の衝撃に思わず叫ぶ。
痛くはないものの、心臓に悪すぎる。
「ビビったあ! 箕面てめえ!」
勢いよく振り返ると、やっぱりというか、腹を押さえて爆笑する箕面の姿があった。
「ははは。罪な男は、ちゃあんと裁かれないとな」
「罪って……」
またその話を掘り起こす気か。
俺は頭が痛いとでも言うように、額へ指を押し当てる。
「そりゃ『学年一の美女をフッた男』には天誅が必要だよなあ。きっとロクな死に方しねえぞ」
そう言ってニヤニヤ見つめてくる箕面に、俺はげんなりした気分になる。
思い出させるなよ。
「だって、好きでもないのに付き合うとか無理だし」
そう反論してみても、箕面は「ええー?」と、腑に落ちないような顔をする。
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あれは三日前だったか。
朝。
教室に来てみたら、やたら静かなことに気づいた。
ドアをくぐると、何やらみんなの視線が俺に集中している。
そして、また全員で顔を見合わせた。
俺の顔になんか付いてるかよ。
中には我関せずといったふうに、物書きに勤しんでいるやつもいる。
教室中のソワソワした雰囲気に、
「まーたなんか企んでるな……」
とうんざりしつつ、俺は自分の席へ向かう。
すると、机の上に書き置きがあった。
『北校舎の中庭で待ってます 幸田』
紙を手に取り、俺は首を傾げる。
「なにこれ、果たし状?」
そう独り言を漏らした瞬間、周囲から笑いの嵐が起きた。
「いや馬鹿か! どう見ても、アレ! だろ!」
「お前そういうところだぞ、高月!」
「喜べ、バカ月!」
バカバカと、周囲が口々に騒ぎ立てる。
……面白おかしく囃し立てる、というニュアンスが近いか。
あと、どさくさに紛れて「バカ月」呼ばわりした奴。
後でぶちのめす。
「うるせーよ、どいつもこいつも! 説明しろよ。何だよ、この書き置き!」
自分だけ状況が見えないのが腹立たしい。
俺の半ギレの口調に、箕面が返した。
「いや、説明しちゃまずいんだって」
「なんで」
「なんでも! 幸田に聞けよ」
朝っぱらからサスペンス開始してんじゃねえよ。
「分かったって。幸田んとこ行くから。……あいつ学級委員だし、説教とかだろ」
そう言うと、周囲に再び笑いの旋風が起きた。
いい加減しつこいな。
◇
「えーと、好きって……付き合うってこと?」
「あっ、うん。駄目、かな」
頬を赤らめ、モジモジしながら俯いている目の前の女子。
両手で制服の裾をぎゅうっと握っている。
緊張してるんだな。
俺より二回りほど小柄で、長い黒髪が特徴の色白な女子。
顔も整っているし、まあモテるだろうな、と思う。
だが、普段の物言いはハッキリしていて、いわゆる「気の強い女」というタイプだと思っていた。
それが今は、控えめな大和撫子になっている。
同じクラスの委員長ということで、存在は知っていた。
けど、なんで俺なんだよ……と、ため息をつきたくなる。
もちろん、実際にため息をついたわけじゃない。
正直、俺はこの女子に対して、まったくそういう気持ちがない。
そりゃ、付き合ってから好きになる……みたいな流れもあるんだろうけど。
とにかく。
俺はいま受験疲れで、「新しさ」には手を出したくない。
しばらく省エネモードで過ごしたい、というのが本音だ。
そうなると、「ちゃんと断る」のが筋なんだろうけど。
どうするか……。
泣かすよな、これ、絶対。
……助けを求めるように顔を上げてみる。
二階の窓から、俺たちを覗き込む集団の姿が!
男の一人が、口パクで「つ き あ え」と俺に伝えてきている。
ついでに「お に あ い」と、下世話な女子も口パクで言ってくる。
そして幸田に気づかれないよう、みんな静かにクスクス笑っていた。
俺は視線を下ろす。
目の前の幸田は、ずっと真剣だ。
入学式で俺に一目惚れした、ということらしい。
きっとそれから、「いつ、どうやって告白しよう」なんて頭を悩ませたに違いない。
そして勇気を出して書き置きを残し、俺を呼んで、対面での告白に漕ぎ着けたんだ。
目の前の幸田を見れば明らかだった。
いつものキレッキレな振る舞いはどうした。
見る影もないじゃないか。
そんな普段の自分を抑えてまで、俺に想いを伝えに来たんじゃないか。
正直、告白には応えられない。
だけど。
告白された俺だからこそ分かることもある。
「告白までの努力」はきっと、周囲がヘラヘラ茶化していいもんじゃない。
俺は、幸田が悩んできたという事実を疑わない。
俺に返せるのは、それを真面目に受け止めることくらいだ。
そう思い、改めて上の連中を見てみる。
……そして、俺の中の何かがブチ切れる音がした。
「見せもんじゃねーよ! 帰れ、ゴミクズ共が!」
ダンッと足を踏み鳴らし、ドスを利かせた声で怒鳴る。
これには、さすがの覗き魔どもも怯んだ。
「怖……」
なんて言いながら、そいつらは建物の中に引っ込んでいく。
幸田はというと、俺の怒鳴り声にビビったのか、怯えた表情を浮かべている。
さすがに声がデカすぎたな。
「あ、あの、高月くん」
恐る恐るといったふうに、俺へ声をかけてくる幸田。
「ああ、いや。ちょっとな……。あと、俺の返事なんだけどさ――」
ごめんな。
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「カーーっ! モテる男はつらいぜーってか!」
箕面は甲高い声を上げ、頭を抱えている。
いちいちオーバーリアクションだな。
「マジで後悔はないからな」
きっぱりそう伝えると、箕面は「じゃあさ」と、まだ話を続けようとする。
何だよ。
まだ何かあるのかよ。
「お前さ、別に好きなやついんの?」
「え」
問われて、俺は思わず間抜けな声を出す。
「こう、恋までいかなくても、かわいいなあぐらいの温度のさ……」
「いや、別に何も」
うーん。
好きな人と言われても。
クラスの連中を見回してみても、今のところ思い浮かばないな。
タイプとか、こだわりがないこともないけど。
どうした。
恋愛感情欠落したか、俺。
「つまんねえの」
「言われてもなあ」
そんなやり取りをしていると、早足でスタスタと俺たちに近づいてくる者がいた。
「ちょっと箕面! 高月! こんな所で駄弁ってないで、職員室行きなさいよ! 先生呼んでたわよ」
幸田だ。
なぜかプリプリ怒ってる。
にしても、すっかり吹っ切れたのか、しょげた様子はまるでない。
強い女だなあ。
気まずい空気にならないのは、マジで助かるよ。
幸田の言葉に、箕面と俺は「なんだっけ?」と顔を見合わせる。
「視聴覚室での授業レポート! 提出期限過ぎても出してないの、あんたたちだけなのよ。先生が何回催促しても出さないんだから……」
「「うへえ」」
箕面と俺は揃って声を上げる。
ああ、それかあ。
感想文みたいなの書けっていうやつだったよな。
嫌だなあ。
文章苦手なんだよ。
二人揃って憂鬱な気分になっていると、幸田はクスリと笑った。
「完成までいかなくても、まあ、とりあえず書きなさいよ。きっと書き始めたことについては、先生も褒めるんじゃない?」
そんなことを言って、幸田は黒髪を翻して立ち去った。
なんか急に上機嫌になったな、あいつ。
まあ……たしかに、行動は起こさないとな。
隣にいる箕面も、幸田の言葉が響いたのか、俺を見て、
「やるっきゃないなー」
と困ったように笑った。
「まあ、やってみるか」




