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11話「約束」side高月

 6月も終わりかけの日曜日。


 今年はあんまり雨が降らないな……なんて感想を抱いているうちに、梅雨明けの発表があった。


 だが、降らないぶん強大になってくるのは夏の暑さだ。

 湿度でいえば気持ちマシなのだが、暑いもんは暑い。


 日差しを浴びながら、大通りの脇を俺は自転車で突き進む。

 そして信号に捕まったタイミングで、軽く水分補給をする。スポドリが食道をほどよく冷やしてくれる。


 ……また熱中症になろうものなら、ハムたちもさすがに俺を見捨てそうだからな。


 さて。

 最近、俺はちょっとした奇跡を起こした。


 借りてた小説を完読したのだ!

 活字嫌いの俺が!


 ポイントは、読まされて読んだんじゃない。「自分から読み始めた」という部分だ。

 読書感想文のノルマがあるわけでもない。読まなくても怒られない。そんな状況で、だ。


 自画自賛が止まらないのも仕方がない。

 全力で自分を褒めたたえよう。


 完読したことで調子づいた俺は今日、自宅からやや離れた駅近の図書館へ向かっていた。

 あそこは大きいから、品ぞろえがいい。


 もっと本を読もう。

 もっと自分の引き出しを増やそう。

 そして、アイデアマンになるんだ。


 伊原の力になれるように。


 相変わらず伊原は、「執筆の協力はいらない」と俺の提案を退けている。


 だが、直接の協力はいらなくとも、教養のある会話相手は欲しいと思うんだよな。

 会話だけでインスピレーションを与えられるかもしれないし、何より文系の伊原と同じ目線で話をしてみたい。


 やっぱり、創作に加わりたいんだ。


 学校での、伊原とハムの会話を思い出してみる。


 いかにも、「知識人同士の知的な会話」って雰囲気だった。

 そりゃもう、文学に明るくない俺はそこに参加しづらいわけで。


 何より、ハムと一緒にいるときの伊原は生き生きとしていたように思う。


 ……。


 何をウジウジすることがある。

 行動するんだ。


 少しでも近づくんだ、その世界に。

 伊原と良き友人関係になるべく。


 決意を固めているうちに、図書館のシルエットが見えてきた。


 ……が、しかし。

 そのすぐ手前で信号が赤になり、足止めをくらってしまった。


■


 自動ドアをくぐる。

 そして、総合病院の受付かと思うくらいかしこまった雰囲気の貸出カウンターを横切る。


 広い、涼しい……。

 そして静かだ……。


 暑さから解放された反動で、俺はふーっと息をついた。


 室内を見渡せば、来館者はそこそこいるのが確認できる。

 見た感じ、ジジババもいれば学生らしき人もいる。


 小さい子はいないな……ああ、児童書コーナーは2階か。


 こんなにいろんな属性の人が集まるわりに、物音が少ない。


 善良市民の巣窟なのか、ここは。

 あるいはみんな無口なのか。


 ……滅多に来ない図書館だからか、フレッシュな感想ばかり浮かんでくる自分に笑う。


 さて。

 どこを巡るか。


 ……と思った矢先、太もものポケットにあるスマホが震えた。


 電話か?

 ……いや、震え方的にライヌトークの通知だ。


 誰だろ。


 邪魔にならないよう、雑誌コーナー近くのソファに腰を下ろす。

 そして端末を取り出し、画面をつける。


 表示されていたのは――


【伊原:暇ならまた一緒にどこか行こう】


「えっ」


 あまりに珍しい文字列が俺の通知リストに並んでいて、反射的に声を上げてしまった。

 だが、周囲の目線が気になり、慌てて口に手をやる。


 図書館では静かに……だよな。


 代わりに、思う存分心の中で騒がせていただく。


 なんで伊原から?


 あの日。

 確かに伊原の家で連絡先を交換はしたが、向こうからメッセージが来ることは今までなかった。


 学校で毎日会っているし、情報共有は口頭で済ませられるから、と言って、伊原はなかなかメッセージをよこしてくれなかった。

 というか、あいつあんまりスマホ触らないよな。


 もちろん、俺から何か送ろうかと考えたことはある。


 だが、きっかけがない。

 理由が生まれない。


 明確な内容がないとあいつ怒りそうだし……なんて考えて、結局送らずにいた。


 おかしい。

 なぜ俺はこんなに消極的な奴になったんだ。


 前までは、クッションの話とか小説の話とか、ガンガン話しかけにいったのに。


 ……いや、対面だからこそ気楽なんだろうな。

 相手の表情や仕草がちゃんと見えるから。


 俺の場合、文字でのやり取りとなると、なんか考え込んでしまう。

 文字を書くのが苦手だから、なおさら。


 そんな思考が駆け巡るなか、俺は改めて目の前の表示を凝視する。

 そしてアプリを開いて、とりあえず既読をつけておく。


 まず、「暇ならまた一緒にどこか行こう」ってなんだ。


 また一緒に?

 俺たち、どっかに出掛けたことあったっけ。


 てか、これ俺へのメッセージで合ってる?


 いろんな可能性を考えて逡巡していると、次のメッセージが飛んできた。


【伊原:ごめん間違い、忘れて】


 ……。


 宛先のミスかい。

 まあ、だと思ったよ!


 誤爆と気づき、俺はなんとか落ち着きを取り戻したものの、拍子抜けした気持ちもあった。


 だが、一拍遅れて新たな疑問が浮かぶ。


 また一緒に……って、誰宛だったんだろうか。


 分かるのは、あいつにとって気楽な交流ができる存在だということ。

 「行こう」なんて誘いができるくらい、伊原に近い奴なんだろう。


 少し間を置いたあとに【OK】とだけ返して、俺はアプリを閉じた。


 いい加減、早く何か本を借りないとな。


■


「なあ、伊原。次の土曜ぐらいに、またお前ん家行っていい? 遊ぼうぜ」


 自席で珍しくスマホをいじる伊原に、俺はそう切り出した。


 ……スマホで何をしているのか、とうっかり覗き込みそうになったが、顔を背けてとどまった俺を褒めたい。


 伊原はスマホの画面をオフにして、胸のあたりへ引き寄せた。

 そして顔を上げて――


「無理」


 ……バッサリと言い切る伊原に、俺は一瞬固まる。


 嘘だろ。

 断られるとは……。


 想定してなかった事態に、動揺が広がる。


 伊原ん家で、もう一度、創作仲間への加入をお願いしようと思っていたというのに。


 てか。

 その二文字を言うだけなら、スマホいじりながらでも応答できただろうに。

 まあ、それはそれで感じ悪いか。


 立っている俺を見上げる伊原の顔を、見つめ返してみる。


 睨んでるのか、ただの上目遣いなのか判然としないが、一応こっちは向いてくれている。


 やがて伊原は「ふっ」と小さく笑って、口元に手をやった。


 なんで噴き出す。


「何その悲愴感のある顔。土曜は無理ってこと」


 半笑いでそう補足する伊原。

 なんか、ここまでの笑顔を見るの久しぶりだな。


「あ、あー。土曜は、ってことね。って、なんだよ悲愴感のある顔って」


 安堵しつつも、先ほどの自分の顔について言及せずにはいられなかった。


「悲愴感っていうのは、痛ましいぐらい救いのない悲しみ、っていう意味。『悲壮感』だとちょっと意味が変わるけど、俺が言ったのは前者、『悲愴感』のほう。今さっきのあんたの顔がそんな感じだった」


 あのー。

 これ、文字の作品だからできるけど、口頭でのやり取りじゃ分かんない違いだからな?


 んで、俺に対して饒舌になってくれるのは嬉しいけど、テーマが「俺の悲しげな表情」なのがいたたまれねえよ。

 そんな丁寧に解説しなくていいから。


「へ、へー。そんな顔してたんだ、俺……」


 もう苦笑いしかできない。


「は、はは……」


 俺が笑っていると、伊原もまたつられて笑う。


 えーと。

 楽しく笑い合ってるって、こういう感じ?


「……で。土曜日じゃなかったら、日曜日とかどうだ?」


 話、脱線してたな。


 気まずさを回避すべく、俺は本筋へ話題を戻す。


「まあ……」


 伊原はそれだけ言って、俯いてしまった。

 伊原のスマホは胸元でぎゅっと握られたままだ。


「なんで急に返事が曖昧になるんだよ……イエスかノーか、どっち!」


「いいよ」


 俺が提示した「イエス・ノー」の選択肢には乗ってくれないんかい。

 この天邪鬼め。


「じゃ、詳しいことは……そうだ、ライヌで!」


 ライヌのトークに伊原を誘導する。


 別におかしくないはず。

 この流れでメッセージのやり取りを始めるのは自然のはずだ。


 そう計算してみる。


「そうだね。大事な約束は、文字に残せるものがいい」


 笑顔こそないものの、柔らかい表情を浮かべる伊原に、俺は弾んだ声で同意した。


「そうそう! …………ん」


 あれ。


 こいつ今、俺との予定を「大事な約束」って……。


 いや、深読みしすぎか。

 着眼点が少し気持ち悪いよな。


 だが。


 ――『暇ならまた一緒にどこか行こう』


 この伊原の理屈だと、別の相手とも「文字に残すべき大事な約束」をしていることになるよな。


 いや。

 やっぱり深読みしすぎだな。


「あんた、何ぼんやりしてるの」


 その声にハッとして、意識を目の前の伊原に戻す。


「ああ、いや。なんでも。楽しみだなって」


「前に行ったから分かるだろうけど、大したものないよ。面白いものがあるとか期待しないで」


 これは、謙遜というより、事実を平坦に伝えているだけなんだろうな。

 でも、大したものがないことはないだろ。


「いや、伊原いるし。大したもんあるだろうが」


 そう言うと、伊原は顔を上げて、驚いたように目を見開いた。


「俺が?」


「ゲーム機とか別に用意されてなくてもいいってか……要は、伊原の持ってる何かが目当てじゃねーってこと。まあ、書いてるしょ……アレのことは興味あるけどな」


 ここまで説明しないと分からないのか。

 もしかして伊原って、結構鈍感なのか。


「……」


 ぽかんと口を開けたまま静止する伊原。


 今度はこいつがぼんやりしちまった。


 ……あれ。

 これ、俺何かまずいこと言ったか。


 さっきの言葉を振り返ろうとするも、もう何を言ったか忘れてきたぞ。

 なんとか思い出そうと脳を回転させていると、伊原がぼそぼそと言葉を漏らした。


「まあ、なら、いい……けど」


 なぜかぎこちない喋り方をする伊原。

 また顔を伏せてしまって、その表情は分からない。


 不機嫌になっていないことを願いたいものだ。

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