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プロローグ


挿絵(By みてみん)




 人生には、いくつか「いやそれは聞いてないって」と言いたくなる出来事があると思う。進路相談で担任に「君はもっと自分の強みを見つけた方がいい」と言われたとか、体育祭の実行委員に推薦されて断るタイミングを失ったとか、買ったばかりの肉まんをコンビニの前で落として、袋の隙間から飛び出した白いふかふか部分が歩道にべちゃりと着地するところを、信号待ちの全員に見届けられたとか、そういうやつだ。自分の予定表には存在しないのに、向こうから勝手にやってきて、「本日のメインイベントはこちらになります」と無慈悲に通達してくる理不尽の類である。


 それでも普通は限度がある。せいぜい恥をかくとか、財布を忘れるとか、好きな子に送るつもりだったメッセージをクラスの連絡グループに誤爆するとか、そのくらいで済んでほしい。少なくとも、朝起きて学校に行って、帰りにコンビニで雑誌を立ち読みして、夜にはベッドに潜り込んで「明日こそ早起きしよう」と考えながら眠るような生活の延長線上に、死後によくわからない海へ回収されて、そのあげく壺っぽい魔物に再構成されるなんて展開は、社会通念上もう少し遠慮してほしかった。


 いや、本当にどうしてそうなったのかと聞かれると、俺だってきっちり説明できるわけではない。そこがまた困る。車に轢かれたとか、トラックに跳ねられたとか、階段から落ちたとか、そういうわかりやすい死因であれば、あとで自分史を書く時に「ここで事故死」と年表に記せるのに、俺の最後の記憶は妙なところで曖昧で、コンビニの帰り道だった気もするし、自室のベッドで寝落ちした気もするし、冬の夜の高架下を歩いていた覚えもあるし、駅前の横断歩道で信号待ちをしていた感覚も残っている。季節まで一致していない。空気の冷たさだけが共通していて、耳の奥で世界の音が一枚ガラス越しになったみたいに遠くなって、目の前の景色に妙な二重写しが混ざり始めて、遠くにいた誰かの笑い声と、近くにあった自動販売機のモーター音と、自分の心臓の音が、全部まとめて同じ方向から聞こえてくるようになった。


 病院のベッドみたいな清潔感はなかった。事故現場みたいな生々しさもなかった。夢の中というには妙に感触が細かく、現実というには輪郭が緩い、そういう嫌な中間地点へ足を突っ込んだ時の感じがずっと続いていた。地面に立っていた感覚はたしかにあるのに、靴底の裏側から重力が消えていくようでもあり、体が前へ倒れたのか、後ろへ引かれたのか、横に滑ったのかさえ判然としないまま、俺は自分の身体から一歩だけ遅れているような気持ち悪さに襲われていた。


 こういう時、普通なら「これが走馬灯ってやつか」とか気の利いたことを思うのかもしれない。俺の頭に浮かんだのは、もっとしょうもない内容だった。明日の小テストやばくないかとか、録画してあるアニメまだ見てないとか、スマホの充電が二十パーだったとか、冷蔵庫のプリン勝手に食ったの母さんにバレるかなとか、そんなものばかりが順番もなく浮かんでは消えていく。人生の最後にしては緊張感が足りない。もっとこう、親への感謝とか、今まで支えてくれた友人への思いとか、あるだろ普通。俺の脳内議事録は、どう考えても高校生のまま終業ベルが鳴った感じで、立派な最期には程遠かった。


 ところが、その情けない内省が一通り終わったあたりから、景色のほうがおかしくなり始めた。夜道だったはずの背景が水に溶けるみたいに広がっていき、街灯の光が細長く尾を引いて、まるで絵の具を濡れた紙の上で引きずった時みたいに境界を失っていく。足元のアスファルトは色を残したまま感触だけ消え、空気は冷たいくせに濡れていて、耳の奥に波の音みたいなものが寄せてくる。海に行った覚えはない。塩の匂いもしていない。なのに「海だ」とわかる。理屈の前にそう思わされる、説明を拒否する種類の納得があった。


 海というより、もっと手前の何かだったのかもしれない。川でも湖でも風呂でもない、水と呼ぶには粘度が低すぎて、空気と呼ぶには明らかに重いものが、どこまでも満ちていた。色は一色ではなく、暗い藍色の下に銀があり、その奥に黒と透明が混ざっていて、眺めているうちに「色」という概念が役に立たなくなる。波はあるのに寄せも返しもなく、深さは感じるのに底の方向が定まらず、上下左右の区別まで少しずつ怪しくなっていく。俺はそこに立っていたというより、思考だけが浮いていた。手足の位置がわからないのに、沈んでいく感覚だけは妙に正確だった。


 そこでようやく、これは夢でも臨死体験でもなく、かなりやばいやつなんじゃないかという理解が追いついた。理解が追いついたところで何もできないんだけど。泳げる服装でもないし、そもそも腕がどこにあるのか曖昧だし、叫ぼうにも喉の感覚がなく、助けてくれと言う相手の姿もない。意識だけが投げ出されている。観客席もスタッフもいない舞台に、台本なしで放り込まれた気分だった。


 困るのは、その海が怖いだけの場所ではなかったことだ。恐怖の真ん中に、妙な懐かしさが混ざってくる。初めて来たはずなのに、ずっと前からここにいたような、もっと言えば、ここから出ていったことがあるような気持ちになるような…?もちろん心当たりなんてない。前世がどうこう言い出すには、その時点の俺はまだ健全な現代日本の男子高校生だったし、神秘思想の本を読みあさる趣味も持っていなかった。オカルト番組は嫌いじゃないが、あれはテレビの向こう側で起きるから楽しいのであって、自分が海とも空ともつかない場所で溶けかける体験をしたいと思ったことは一度もない。


 それでも、その場に満ちていたものは不思議と敵意が薄かった。歓迎というほど優しくもない。拒絶というほど冷たくもない。例えるなら巨大な図書館に迷い込んだ時の空気に近いかもしれない、と思ったところで、いや待て図書館は別に人を液状化しないから全然違うなと自分で訂正する。何と言えばいいのか難しいが、そこには「お前はここへ来ることになっていた」という押しつけがましさのない既知感があった。順番通りに処理されていく膨大な流れの一部として、俺もその中へ組み込まれていく。そんな感覚である。


 流れ、という表現が近い。ひとつひとつの意識や記憶が粒のようにほどけて、細かな光の筋になって、見えないどこかへ運ばれていく気配があった。俺の記憶も、あの時そこでまとめて洗い流されたのだと思う。小学校の時に遊んだ公園のベンチ、数学の赤点、購買の焼きそばパン、電車で隣に座っていた眠そうなおじさん、雨の日の体育館、姉に借りた漫画、友達とゲラゲラ笑った放課後、そんな個人的な断片が自分から離れていくたび、惜しいような、どうしようもないような気持ちになった。忘れたくないのに、指の間から砂が落ちていくみたいに止められない。そこで必死にしがみつけば何か変わったのかもしれないけれど、その時の俺には、しがみつくための手すらなかった。


 それでも全部がなくなったわけではないらしい。ここが後々になって非常に面倒なポイントになる。普通にきれいさっぱり消えてくれたなら、俺は俺でなくなって、新しい命として別のどこかへ送られたのだろう。ところが俺の中には、変にまとまりの悪い「俺らしさ」みたいなものが残った。自分の名前をはっきり思い出せるわけでもないのに、こういう時にツッコミを入れたくなる癖とか、嫌な予感に対する反射的な警戒とか、「これ絶対面倒な案件じゃん」という判断だけが妙に鮮明に残っていた。人格の核みたいなやつだけが、洗濯機の中でなぜか片方だけ生き残った靴下みたいに、流れきらずに引っかかっていたのだと思う。


 そこから先は、時間の数え方が意味を失う。長かった気もするし、一瞬だった気もする。海の中を漂っているというより、海そのものの考え事に巻き込まれている感覚が近い。俺が何かを思うより先に、思考の形になっていない何かが押し寄せてくる。知らない地平、見たこともない星空、巨大な樹の根が光る峡谷、雲を突き抜ける塔群、火を吹く山脈、霧に飲まれた都、石畳を行く馬車、鉄の匂い、獣の遠吠え、鐘の音、雨、血、祈り、笑い声、古い言葉、まだ言葉になる前の気配、そういった無数の断片が、記憶というより可能性の見本市みたいに流れていく。そのどれもが、俺にとっての過去ではない。なのにどれも、少し触れれば「その先」に進めてしまいそうだった。


 ここで普通の主人公なら、世界の真理を見たとか、神の啓示を受けたとか、そういう方向へ進むのかもしれない。しかし俺の感想は、「情報量が多すぎて酔う」である。こんなものを冷静に受け止められる奴は、それだけで十分主人公適性が高い。俺はただの高校生なので、頭の中に一気に色々流し込まれると素直に気持ち悪くなるタイプの平凡な男だ。授業だって二コマ続けて数学があるとしんどいのに、世界の候補一覧を一括ダウンロードされて平気なわけがない。せめてフォルダ分けしてくれ。見出しをつけてくれ。「魔法」「世界史」「危険生物」「死亡フラグ回避マニュアル」みたいに整理して置いてくれ。こっちは受験期のノートまとめですら途中で投げた男だぞ。


 文句を言っても返事がない。海は親切な窓口ではないらしい。案内係もいないし、「こちらの世界線はいかがでしょうか」とパンフレットを配ってくる天使も現れない。俺の意識は、巨大な揺らぎの中を半端な形で保ったまま、どこかへ引っ張られていく。複数の道が折り重なっているのがわかる。もっとまっとうな道もあったのかもしれない。普通の転生コースとか、何なら転生しないコースだってあったかもしれない。それらを差し置いて、なぜ俺がその一番よくわからない脇道へ押し出されたのか、その時点では説明ゼロである。理不尽という言葉を使うには規模が大きすぎた。


 引っ張られる先に、ぼんやりと器の形が見えた。器といっても、聖杯みたいな神々しいやつではない。もっと丸く、もっと実用品寄りで、店先に置いてあっても誰も神秘を感じなさそうなフォルムだった。最初にそれを見た時、俺は「なんでここで壺?」と思った。いや、本当に壺だったかどうかは怪しい。海の中の像は何もかも輪郭が曖昧だ。甕にも見えたし、瓶にも見えたし、口の広い鉢にも見えた。ともかく、俺が想像する“次の人生”の器としては、あまりにも夢がない物体だった。王子様とか、魔法使いとか、ドラゴンとか、剣士とか、そういうファンタジーらしいパッケージがどこにもない。器用に未来を閉じ込めるみたいなかっこよさも薄い。見た目の第一印象が、台所の棚の奥で忘れられていた年代物の保存容器寄りなのだ。


 それでも拒否権がある感じはしなかった。流れが俺を押し込みにかかっている。冗談じゃない、と思ったところで、押し込まれるものが何なのかを考えれば、冗談で済ませている余裕もなかった。自分という輪郭が、器の内側へ折りたたまれていく。広がりながら狭まり、落ちていきながら中へ入っていく、意味のわからない感覚だった。外から見れば小さな容積のはずなのに、内側へ触れた途端、そこにべらぼうな広がりがあるのがわかる。押し込まれるのではなく、受け入れられているという感触のほうが近かった。


 その内側は静かだった。海のようなうねりも、記憶の奔流も、いったんそこで和らいだ。代わりに、無数の細かい光の粒みたいなものが漂っている。言葉に似た形もあれば、色だけの塊もあり、感情だけが凝縮したようなものもある。触れれば何かがわかりそうで、わかったところで今は処理しきれなそうな情報の気配が、気の遠くなる数だけ沈んでいた。俺はたぶん、その中のどこかへ「俺」として固定されかけていたのだと思う。完全に新しい存在へ溶ける寸前で、妙にしぶとく残った現代日本の男子高校生の自意識が、そこへ引っかかった。


 困ったことに、その時の俺はまだ事態の重さを十分理解していなかった。理解が追いつかないというより、追いついたら怖すぎるので、脳みそが一時的におちゃらけ方向へ逃げていたのだろう。「ここ収納力すごくない?」とか、「もしこれ家にあったら部屋片付くな」とか、「壺の中身って普通はお菓子とか漬物とかじゃないのかよ」とか、そういうしょーもない発想ばかり浮かぶ。現実逃避にもほどがある。もっと危機感を持て。お前は今、たぶん存在の再編成とかいうものの真っ最中だぞ。


 その再編成に、綺麗な完成図があったかというと疑わしい。むしろ途中で誰かが机を揺らしたせいで部品が余計なところへ飛んだ、みたいな雑さがあった。前世の感覚が中途半端に残ったこともそうだし、内側の広さに対する妙な親和性もそうだし、何より「壺っぽい何か」に落ち着くという結論そのものが、神様の采配としてはだいぶ趣味が悪い。まだスライムのほうがマスコット性で押し切れた気がする。ゴブリンでもワンチャン武器が持てる。骸骨なら不死っぽくてそこそこ渋い。壺である。しかも、ただの壺ではなく、たぶん自力移動する類の壺である。世間の転生作品に対するアンチテーゼでも狙っているのかと疑いたくなる。


 やがて意識のまわりに、固さが戻ってきた。外と内が分かれ始める。重力がどこかへ戻り、空気が存在を主張し、匂いと湿気が輪郭を持ち始める。石の冷たさ、苔のような青臭さ、遠くで落ちる水滴の音。そういったものが、薄くなった俺の感覚へ順番に貼り付いてきた。どうやらどこかに着いたらしい、と理解しかけたところで、最後にひとつだけ変な予感が胸の底をよぎった。


 これ、もしかして、目を開けたらろくでもないことになってないか。


 そんな予感が当たる時に限って、人生は遠慮なく本題へ入ってくる。俺はその時まだ知らなかった。これから自分が見る湖面の反射が、現代日本の一般男子高校生としての自己認識に対して、ほとんど慈悲のない一撃になることも。見た目が壺寄りの低級魔族 《マジックポット》という、説明されても困る存在に成り果てていることも。しかもその壺の中身が、ただの収納空間では済まないどころか、世界の根っこに触れるような面倒くさい性質を抱え込んでいることも。


 この時点での俺の希望は小さかった。元の世界に帰りたいとか、世界の真理を暴きたいとか、魔王になりたいとか、そういう大きな願いではない。せめてわけのわからないものに追いかけ回されず、三食そこそこ食べて、屋根のある場所で眠れて、できるなら誰からも注目されず、日なたでぼんやりしていても許される生活がほしい、その程度である。今にして思えば、その慎ましすぎる希望からしてフラグだったのかもしれない。目立ちたくない奴に限って、妙な才能とか秘密とかを抱え込まされる。物語というものは、平穏を望んだ者に向かって妙にしつこい。


 ともかく、俺はその時まだ、壺になったあとの人生設計なんて一ミリも立てていなかった。就職活動の自己分析に「内側に無限の可能性があります」と書いたら確実にふざけるなと怒られるし、特技欄に「擬態」「収納」「よくわからない異空間との親和性」と並べても、まともな面接官なら途中で履歴書を閉じる。壺としての将来像など、義務教育では教えてくれないのである。


 そんなわけで、俺の新しい人生は、壮大な使命でも神託でもなく、ものすごく湿っぽい洞窟の中で、わけのわからない不安とともに始まろうとしていた。胸を張って言えるような再出発ではない。華々しい転生デビューでもない。たぶんその時の顔を見られていたら、歴史に名を残す伝説の主人公というより、寝起き五秒で避難訓練に叩き起こされた高校生の表情に近かったと思う。


 そして俺は、ようやく目を開けることになる。


 再出発にしてはあまりにも持ち運びしやすそうな外見である――壺として。


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