第27話 暗雲の中で
王都の空気が、ほんの数年で一変した。
街を歩けば、投資で資金を得た市民たちが、以前とは比べ物にならないほど活気づいているのがわかる。
白シャツにジーンズ風の服、モノトーンのセットアップ、赤リップ――。最初は上流階級の象徴だった流行が、今や庶民の手に届き始めていた。
市場で耳に入る会話も違う。
「この利益で子どもを学舎に通わせられる」
「次は商隊に投資して、旅をしてみたい」
人々は夢を語り、それを現実に変えようとしていた。
だが――その変化を快く思わない者も、もちろん存在する。
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「庶民に自由を与えすぎだ」
王宮で、王太子アレクシスが苛立ちを隠さず吐き捨てた。
「これ以上好きにさせれば、貴族の権威は崩れる! 平民が主役など、あってはならない!」
彼の声に、取り巻きの貴族たちは頷く。しかし一部の若手官僚たちは顔を曇らせていた。時代が変わりつつあるのを、敏感に感じ取っているからだ。
その傍らにいた聖女アリスは、俯きながらも唇を噛んだ。
(……また、リアンナ)
どこへ行っても彼女の名前ばかり。投資も流行も、人々の心を掴んでいるのは自分ではなく、あの女。
焦燥感は、日に日に膨れ上がっていた。
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ある日の午後。
隣国アルヴェインから来訪していた第一王子セドリックに、アリスは密かに近づいた。
「王子様」
声を掛けると、セドリックは振り返り、涼やかな瞳を細める。
「……聖女殿か」
彼の微笑みは柔らかい。だが、どこか突き放すような距離があった。
アリスは一歩踏み出し、必死に言葉を紡ぐ。
「お願いです。私を……あなたの国へ連れて行っていただけませんか? ここに未来はありません。王太子殿下はリアンナにばかり心を奪われている。私が正妃になる保証なんて、どこにもないんです……」
震える声。涙が滲む瞳。
――これまで幾度となく男たちを動かしてきた「泣き落とし」。
だがセドリックは、静かに首を横に振った。
「……すまない。私はすでに決めている。それに結婚するなら、互いを高め合える女性としたい。」
「っ……私では、だめなのですか?」
「君ではない。私はもう、心に決めた相手がいる」
その言葉は、アリスの胸を鋭く貫いた。
(悔しくて息ができない……)
彼女の爪が食い込むほど握りしめられた拳から、うっすらと血が滲む。
(どうして……どうして皆、私じゃなくてリアンナを選ぶの……?)
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一方その頃、ヴァルグレイブ侯爵邸。
リアンナはジュリアンと書類を前に向かい合っていた。
「セドリック殿下から密書だ」
ジュリアンが封を切り、手紙を広げる。
そこには一文――「今こそ提携を」と。
リアンナは深く息を吐く。
「……時代の波は、もう止められない」
「だな。だからこそ慎重に動くべきだ」
そう言ってジュリアンは、リアンナの襟元に指先を伸ばした。
はっとして体が硬直する。
「書類に夢中になりすぎ……ボタンが外れていた。隙を見せすぎだ、リアンナ」
低い声とともに、指先が喉元をかすめてボタンを留める。
ドクン、と心臓が大きく跳ねた。
視線を逸らしながら「ありがとう」とだけ返す。
その瞬間、ふと窓の外で揺れる木の影が気になった。
まるで暗雲が忍び寄るように、街全体に不穏な気配が漂っている。
嵐の前触れを感じながら――リアンナは唇を引き結んだ。




