第26話 流行の芽
その日、私は仕事用のきちんとしたドレスではなく――完全なる“私服”で街へ出ることにした。
選んだのは、前世でも大好きだったスタイル。
大きめのジャケットは袖を通さず、肩にかけるだけ。
体のラインを綺麗に見せるタイトな白タンクトップに、脚を長く見せるジーンズ。
足元はローファー。
髪はタイトにまとめて、唇には赤リップ。
シンプルだけど、強さと自由を表現する格好。証券ディーラーをしていた頃、勝負の朝は必ずこういう服で市場に向かった。
(やっぱり、私はこういう“意思を持った服”が好き)
通りを歩くと、やはり周囲の視線を強烈に感じる。
「……あの人、すごい綺麗」
「綺麗というか、かっこよすぎじゃない?」
「胸元のタンクトップ……健康的なのに、色気がすごい」
「私も、あんなふうに着こなしてみたい!」
女性たちがざわめき、子どもまで目を輝かせる。
私は思わず小さく笑った。この世界だって、服で自分を表現したい人は大勢いるのだ。
すると後ろから足音。振り返ると――ジュリアンとレオンハルト。
彼らの視線が、一瞬で私の服装に吸い寄せられる。
「……リアンナ、その格好」
ジュリアンが小さく息を呑み、視線を逸らす。
「君が着ると……エロすぎるんだけど」
「っ!?」
思わず声が裏返った。
いつも冷静沈着なジュリアンが、顔を赤くしている。
(な、何よそれ……!)胸の奥が妙に熱くなる。
一方、レオンハルトは腕を組み、眉間に皺を寄せていた。
「……男の視線を集めすぎだ」
「ただの服よ」
「ただの、じゃねえ」
ぼそっと低く呟かれ、逆に息が詰まる。
騎士の彼に、そんな風に言われると――どうしてこんなに心臓がうるさいのだろう。
そこへクラリスが飛び込んできた。
「お嬢様っ! その格好、最高です!」
「えっ」
「これを庶民向けに仕立てれば、絶対流行します! ジャケットは麻布で安く、リップも植物染料で! みんなが真似できます!」
目を輝かせているクラリスに、私は呆気にとられる。
「ちょ、ちょっと待って……そんな大げさな」
「いいえ、今の王都には“変わりたい”って気持ちを持つ女性がたくさんいるんです! お嬢様がその先頭に立てば……!」
彼女の熱に押されるうちに、周りの庶民の声がますます大きくなっていった。
「こういうの着てみたい!」
「男物っぽいのに、かっこいい!」
「女だからドレスじゃなきゃいけないなんて、おかしいよな」
私は足を止めて、広場のざわめきを見渡した。
(……そうか。これはただの服じゃない。
“私は私らしく生きたい”っていう叫びの、形なんだ)
前世で自分を鼓舞するために選んでいた服が、今この世界で、多くの人の未来を照らそうとしている。
ジュリアンはまだ視線を逸らし、赤い耳を隠すように咳払いをしていた。
レオンハルトは渋い顔で私の周囲を警戒している。
そしてクラリスは――すでに布地の手配を始める気満々だった。
ふっと唇に触れる赤リップが、今は妙に熱い。
「――この街は、もっと変わるわ」
心の奥で、強くそう思った。




