第23話 提携交渉と王子の真意
セドリック王子との交渉は、予想以上に濃密な数日間になった。
最初は市場の構造や関税の話から始まり、やがて「労働者が誇りを持てる国づくり」という理想論にまで踏み込む。
会議室の大きな窓から差し込む朝の光の中、王子はペンを置いて私を見つめた。
「……リアンナ。君と話していると、数字の裏にある人の顔が見える。そういう感覚を持つ人間は、この世界にそう多くない」
私は少し照れながらも、「お世辞は交渉の一部ですか?」と返す。
セドリックはゆっくりと首を振った。
「政略結婚は嫌いだ。だが……もし結婚するなら、互いを高め合える相手とがいい」
その瞳が、真っ直ぐに私を射抜く。
「リアンナにも、俺を好きになってもらって結婚したい」
――心臓が一瞬止まったように感じた。
私は笑ってごまかし、「それは……長い道のりになりそうですね」とだけ答える。
だが心の奥で、何かが静かに揺れ動いていた。
◇
帰国後すぐ、ジュリアンと新商品の打ち合わせが始まった。
机の上には山のような資料と試算表。
「ここはもう少しリスク分散を強めた方がいい。新規顧客層を取り込みやすくなる」
「でも、その分利回りは下がりますよ」
数字と理論が飛び交うやり取りは、久しぶりに頭をフル回転させる時間だった。
一段落したところで、ジュリアンがふっと柔らかく笑い、
「……無茶ばかりするなよ」と言いながら私の頭をぽんぽんと軽く叩く。
「なっ……」耳まで一気に熱くなる。
その瞬間、後ろからクラリスが顔を覗かせ、にやりと笑った。
「ジュリアン様って、甘やかし上手なんですねぇ」
「子供扱いしないで」と慌てて言い返すが、ジュリアンはどこ吹く風だ。
私はふと、クラリスにぽつりと漏らす。
「数字と市場なら自信あるのに……恋愛はスライムレベルなのよ。ちょっとしたことでドキドキする自分がいて、嫌になっちゃう。世の中の小悪魔令嬢が羨ましい。」
クラリスは口元を押さえて笑いながら、
「スライムだって、経験を積めばドラゴンになりますよ」と妙に励ましてくれる。
「実は……セドリック王子に、結婚前提で告白されたの」
「おおっ、ついにラブロマンス到来ですね!」とクラリスの目が輝く。
「でも私、どうしたらいいか分からなくて……レオンハルトに相談したのよ」
「えっ、あの無骨騎士に恋愛相談!?」
「そう。そしたら『お前の幸せが一番だ』って……なんかよく分からないこと言われたわ」
「え、普通にカッコいいじゃないですか、それ」
「でもね、その流れで『レオンハルトは好きな人いないの?』って聞いたら……いるって!」
「ええっ!?」
「もしかして……クラリスかな?」
その瞬間、クラリスの顔から血の気が引いた。
「……お嬢様、それはさすがに飛躍しすぎです」
「いや、だって――」
「確かにお嬢様はスライムですね。恋愛経験値ゼロの」
私は軽く頬を膨らませ、資料で顔を隠した。
(……今は人々を幸せにすることに集中しないと。恋愛なんてしてる場合じゃない)
セドリック王子の真剣な瞳も、レオンハルトの低い声も、今は頭の隅に押しやった。




