第22話 隣国の王子との再会
出発の朝、ヴァルグレイブ侯爵家の門前には、家族が揃って見送りに立っていた。
母メリッサは、相変わらず上品な笑みを浮かべながらも、どこか寂しげだ。
「リアンナ、隣国での市場調査は仕事でもあるけれど……今回は私の故郷でもあるわ。あの国は、私の生まれた場所。元第3王女として、あなたには良い印象を残してほしいの」
「分かっています、お母様。必ず、誇れる結果を持ち帰ります」
父も弟ノエルも「気をつけろよ」と口々に声をかけ、私たちは馬車へと乗り込んだ。
出発直前、侍女のクラリスがニヤリと笑う。
「お嬢様、隣国の王子様って、とんでもなくイケメンらしいですよ。背が高くて、金髪碧眼、笑顔がもう罪なんだとか」
「……情報が妙に具体的ね」
「楽しみですねぇ」
揺れる馬車の中で、私は苦笑しながらも胸の奥が少しだけざわついた。
――そして、再会の時はあっけなく訪れた。
隣国アルヴェイン王宮の大広間。
高い天井から吊るされたシャンデリアの光が、磨き上げられた大理石の床に反射して輝く。
そこに現れた第一王子、セドリック・アルヴェインは――私の記憶の中の少年とは、まるで別人だった。
背は高く、金色の髪は陽光を受けたように輝き、整った顔立ちは彫刻のよう。
それでいて、ただ美しいだけではない。立っているだけで人を惹きつける、揺るぎない自信と落ち着きがあった。
思わず見惚れてしまい、言葉が遅れる。
(……こんなにかっこよかったかしら)
「久しぶりだな、リアンナ」
低く響く声に我に返る。
「最後に会ったのは……君が十歳の頃だったな」
その碧眼が一瞬、私の全身をゆっくりと眺め、口元に笑みを浮かべる。
「危険なほど美しくなったな」
思わず息が詰まる。その声は甘く、それでいてどこか挑むような響きを含んでいた。
しかし彼はすぐに背筋を伸ばし、経済の話に切り替える。
「さて、今のアルヴェイン市場について率直に意見を聞きたい。晩餐の席で話そう」
***
夜。
王宮の庭園は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
月明かりが白い石畳を照らし、風に揺れる夜花が甘い香りを漂わせる。
晩餐のあと、セドリックが「少し歩かないか」と声をかけてきた。
拒む理由もなく頷き、私たちは人目の少ない小径へと進む。
「……覚えているか?」
ふと彼が横を向き、笑みを浮かべる。
「君が十歳のとき、母上――メリッサ殿と共にこの国を訪れた時のこと。」
「ええ。……あなたは私よりも背が低かったわ。」
「今はどうだ?」
軽く身を寄せられ、その影が私を包む。思わず一歩下がった。
その視線が、月明かりを受けてやけに鋭く感じられる。胸の奥がざわめく。
「リアンナ――」
名を呼ぶ声が、少し低く落ちる。
「俺は、生きてきて、君ほど美しい人を知らない。見た目だけじゃない。心も、頭も……全てが、だ。」
――やめて。そんなふうに言われたら、動揺するに決まっている。
心の中で必死に突っぱねながらも、足元が少しだけ揺らぐのを感じた。
けれど彼は間を置かず、すっと真顔に戻る。
「……だからこそ、提案したい。君がうちに嫁げば、国境を越えた自由市場を作れる。二つの国の力を合わせれば、王族も貴族も、庶民も対等に商いができる未来が来る」
私は笑みを作る。
「経済の話を口説き文句にするなんて、あなたらしいわ」
「他の誰にも言わない言葉だ」
そう言って、私の手にそっと触れた。
――やめて。心臓が、変な音を立てる。
冷静な顔を保ちながら、指先から広がる温もりに呼吸が乱れそうになる。
「……答えは?」
真剣な声。
目を逸らし、ゆっくりと首を振る。
「今は、返せないわ」
「なら、次に会う時までに考えてくれ」
その瞳は、まるで勝負の行方を確信しているかのように静かに光っていた。
***
宿舎へ戻ると、腕を組んだレオンハルトが入口で待っていた。
「帰りが遅い」
低く短い声。セドリックとの会話でまだ心臓が速く打っているのを、どうにか悟られまいとする。
だが彼の鋭い視線がじっと私の顔を捉える。
「……顔が赤いな。寒いせいか?」
「べ、別に……」
一拍置いて、私は思い切って口を開いた。
「ねえ、もし……誰かに好きだって言われたら、どう返せばいいと思う?」
レオンハルトの眉がわずかに動く。
「誰か?」
「セドリック王子よ」
短い沈黙が落ちた。
「……そうか」
足元を見つめながら、私は続ける。
「恋愛下手で、自分の気持ちもよく分からないの。変な返事をして、相手を傷つけたくない」
レオンハルトは少しだけ目を細め、そして低く答えた。
「……お前の幸せを一番に考えろ。それが俺の答えだ」
その言葉に、不意に胸が詰まる。
気づけば、私はこんなことを口にしていた。
「……レオンハルトは? 好きな人、いないの?」
「いる」
即答だった。けれど、それ以上は何も言わない。
「誰?」と聞き返そうとした瞬間、彼はふいに視線を逸らし、
「部屋に戻れ。冷える」
そう言って私の背を軽く押した。
彼の横顔が、なぜかひどく遠く感じられた。




