第20話 数字で戦う女
報告会の会場は、市民広場の中央にある公会堂。
まだ朝なのに入口には列ができていた。噂を確かめに来た者、真実を知りたい者、そして敵意を隠そうともしない者まで。
「お嬢様、壇上の魔導板、映写確認しました。数字はくっきり出ます!」
舞台袖から顔を出したクラリスが、親指を立てる。
彼女は侍女でありながら、今や立派な進行役だ。
「順番はこの通りで。最初と最後はインパクトのある証言者を」
「はい、最後は漁業組合の長です。あの人の笑顔は説得力がありますから!」
深く一度呼吸を整える。
今日は、感情論ではなく数字で戦う日だ。
◇
「本日はお集まりいただきありがとうございます」
冒頭は短く切り上げ、すぐに背後の魔導板を指し示す。
浮かび上がったのは、マナ・コモンズ開業から半年間の配当推移グラフ。
「初期投資10金貨が、半年で平均1.35倍になっています。
もちろん、リスクの高い案件では30倍から100倍になった例もありますが、それはあくまで一部。
平均的な投資でも、生活を変えるには十分な成果を出しています」
ざわめきが広がる。
次に、具体例を本人の口から語らせた。
「パン屋のウィルさん。10金貨を“金貨バスケット”に投資し、半年で13金貨5銀貨に。配当で新しい窯を購入できたそうです」
「鍛冶屋のローク君は、鉱山ロイヤリティに20金貨を投資し、半年後には27金貨に。炉の修理で注文が倍になったとのこと」
壇上に立つ彼らの誇らしげな表情が、会場の空気を少しずつ変えていく。
「次は――」
舞台袖のクラリスが、きゅっと顎を引き、次の証言者を送り出す。
その仕草は完全にプロだ。
「漁業組合の長です。今年の冬は例年より網を二割多く買えた。配当のおかげだ。嵐が来ても、船を出せる準備ができる」
最後の証言が終わった瞬間、小さな拍手が広がり、それがやがて大きな波になった。
「以上が、マナ・コモンズの実績です。噂や中傷ではなく、事実を見てください。数字は嘘をつきません」
◇
報告会が終わると、会場の空気は明るく熱気を帯びていた。
この数字と事例なら、聖女アリスが流した「庶民を利用している」という噂も、一時的には押し返せるだろう。
「よくやったな」
背後から、低く落ち着いた声が降ってきた。
振り向く間もなく、ジュリアンの大きな手が私の頭をぽんぽんと叩く。
その無造作さに、胸の奥がちくりと熱を帯びた。
「……子供扱いしないで」
精一杯の平静を装って返すが、耳の先まで熱くなっているのが自分でもわかる。
そこへ、もう一つの低い声が割り込んだ。
「疲れてるときこそ隙を見せるな」
レオンハルトが私の肩に黒いマントをかける。
少し身を屈め、鋭い灰色の瞳で私を見下ろす。その視線はいつも護衛のそれだが、妙に近い距離感に、また胸がざわつく。
その瞬間――。
ふと空気がぴんと張り詰めた。
私が顔を上げるより先に、侍女のクラリスが目をぱちくりとさせる。
(……あらあら)
ジュリアンとレオンハルトの視線が、空中でカチリとぶつかっている。
眉も動かさず、言葉もなく、ただ相手を射抜くように見据える二人。
火花が散る、というのはこういう時に使う言葉だろう。
(お嬢様は、まったく気づいてないのね)
クラリスは心の中でため息をつき、何事もなかったように次の資料を片づけ始めた。
「……ありがとう。みんな」
私は軽く礼を言って背を向ける。
ただ、その胸の奥に、数字では測れないざわめきが残っていることに――まだ気づいてはいなかった。




