第18話 王太子の動き
――あの男は、拒まれることに慣れていない。
側室の件をきっぱりと断った翌日から、王太子アレクシスの態度は露骨に変わった。
嫉妬と執着、そして奇妙な昂ぶりが混ざった目で、遠くからでも私を射抜く。
そして、彼はすぐに動き出した。
◇◇◇
「アリス、お前に話しておくことがある」
王宮の回廊で、アレクシスが聖女アリスを呼び止める。
「リアンナは庶民を利用しているだけだ。金を集め、自分だけが肥え太るつもりだ」
「……そんなこと……」アリスはか細く口を押さえる。
「お前のように心優しい者が立ち上がらなければ、庶民は食い物にされる」
私は離れた柱の陰から、そのやり取りを見ていた。
噂を広めさせるための、あまりにも計算高い口調だった。
◇◇◇
数日も経たないうちに、噂は王宮の隅々まで広がった。
『マナ・コモンズは危険』『庶民から搾取している』――尾ひれのついた言葉が市井にも流れ出す。
「お嬢様、少しお耳を」
背後から軽やかな声がして振り向くと、茶色の三つ編みを揺らした若い侍女が立っていた。
「クラリスと申します。本日よりお嬢様付きの侍女を仰せつかりました。さっそくですが、街で面白い噂を耳にしました」
彼女は声をひそめ、にやりと笑う。
「例の聖女様、泣き落としが得意なんですって。涙を浮かべて『私、庶民のために頑張っているの』と言えば、男の人はみんな守ってあげたいって思うらしいですよ」
「……確かにそうね」私は苦笑した。
「十六歳で日本という異世界から突然この世界に来たんでしょう? 可哀想だとは思うわ。ただ……可哀想だからと言って、全てが正しいわけじゃないのよ」
感情で動く世論。市場の数字とは違う、この不確かさこそが厄介だ。
◇◇◇
屋敷に戻ると、母メリッサが暖炉の前で待っていた。
「リアンナ、近く隣国――アルヴェインの王家から招待が来るでしょう」
「アルヴェイン……母上のご実家ですね」
そう、母は元アルヴェイン第三王女。
私は幼い頃から知っていたが、その血筋が話題になることはほとんどなかった。
「ええ。今回は、あなたの始めた投資事業に興味を持ったようよ。公式な市場調査という形で訪問してほしいそうなの」
「私が……」
「アルヴェインの王族は商才のある人を尊ぶ国民性よ。あなたが示せば、必ず道は開けるわ」
胸の奥で、静かに火が灯った。
「なら、私が道を開いてきます」
◇◇◇
翌日、市場視察のため、白シャツにジーンズ風のパンツ、ローファーという軽装を選んだ。
馬車から降りるとき、護衛のレオンハルトが自然に手を差し出す。
温かく大きな手。
一瞬、視線が絡み、どちらからともなく逸らす。
「……何だ」
「そっちこそ……」
短い沈黙が、やけに耳に残った。




