第15話 高まる鼓動
午後の陽が、会議室の大きな窓からやわらかく差し込み、机の上に置かれた書類を金色に照らしていた。
厚い木製の長机の片側に私、向かいにはジュリアン。
部屋の入口近くには、いつも通り護衛のレオンハルトが控えている。
彼の無言の存在は、私にとって空気のように自然で、同時に絶対的な安心でもあった。
ノックの音と共に、父ダリウスの使いが顔を出した。
「レオンハルト殿、侯爵様がお呼びです」
レオンハルトは一瞬だけ私を見やり、頷く。
「すぐ戻る」
そう言い残し、部屋を出て行った。
――その、ほんの数分間の出来事だった。
「地方支店向けに、小口の魔導鉱山株を組み込んだパッケージを作るべきだと思うの」
私は資料をめくりながら要点を述べる。
ジュリアンは顎に指先を当て、少しの間考え込む。
「……悪くない案だ。鉱山株は変動が激しいが、夢を見せるには十分だ」
短く肯定し、わずかに目を細める。
「ただし、リスク説明を徹底しないと、後で痛い目を見る」
「それについては、説明文も用意してあるわ」
机の端に置いてあった別の書類を手に取り、彼の前に差し出す。
ジュリアンはそれを受け取り、ぱらぱらとめくりながら、口元をわずかに緩めた。
「……君は本当に抜け目がないな」
その瞬間、彼がふと手を伸ばし、私の髪に触れた。
整った顔立ち、陽光を受けた瞳にきらめく金の粒、そして近くで感じるわずかな体温。
頬にかかった髪を耳に掛けるだけの仕草――けれど、心臓が一瞬で跳ねた。
(……しまった)
恋愛に慣れていないせいで、こんなことで動揺する自分が悔しい。
私は平静を装い、事務的な口調で言った。
「……あなたみたいな人がそんなことをしたら、普通の女の子だったら勘違いするわよ」
ジュリアンは少し目を細め、探るような視線を向ける。
「へぇ……でも君はしないんだな」
「……さあ、どうかしら」
視線を資料に落とし、メモを取り始める。
ペン先がわずかに震えていたのは、彼には気づかれていない……はずだ。
扉が再び開き、レオンハルトが戻ってきた。
「お待たせした」
低い声と共に彼が定位置に戻る。
何事もなかったように打ち合わせを再開したが、私の胸の奥では、さっきの鼓動がまだ収まらなかった。
***
夕方。
地方商人との契約が一部破談になったという報告が入った。
理由は「マナ・コモンズは王家に疎まれている」という噂――間違いなくアリスの仕業だ。
「やられたわね」
私が報告書を置くと、ジュリアンは目を細め、すぐに巻き返しの指示を飛ばし始めた。
その冷静な姿を見ながら、私は思う。
この人は、数字だけでなく人の心まで、計算して動かしてしまう人だ――と。




