第14話 聖女の妨害
ここ数週間、王都の通りを歩くと、やたらと目を引く建物が増えていた。
色鮮やかな布で入口が飾られ、壁には王家の紋章と聖女アリスの微笑む肖像。
その前には、毎日のように長い列ができている。
「……無料食堂?」
視察の帰り、馬車の窓からその様子を見た私は、眉をわずかにひそめた。
アリスは、慈善事業を急速に拡大していた。
王家からの資金援助を受けて、無料食堂や初等学校を次々と開設。
しかも宣伝は徹底している。
「平民の幸せは寄付で叶うのです!」
彼女は笑顔でそう語り、その様子は絵画や新聞にまで載せられ、まるで王都の救世主のように扱われていた。
ぱっと見は華やかで、人々も喜んでいる。
実際、その日を飢えずに過ごせる人が増えたのは事実だ。
――けれど、裏側を見れば事情は違う。
食堂の食事は腹を満たすだけの粗末なスープと黒パン。
配給は不定期で、来た日によっては材料が尽きて列の後ろの人が食べられないこともある。
無料学校も教師の質が低く、読み書きの基礎を教えるだけで精一杯。
そして、最大の問題は――資金が尽きればすべてが閉鎖されるということだ。
「寄付は一度きりの救い。でも、自分で稼げる力は一生の自由をくれる」
書類を閉じながら、私は小さく息を吐いた。
アリスのやり方は、人々を一時的に喜ばせるだけ。
長くは続かないし、本当の意味での自由にもつながらない。
***
数日後。
マナ・コモンズは王都中央広場で公開講演会を開いた。
広場の中央に設けられた簡易舞台の脇には、ジュリアンが立ち、進行や警備の指示を出している。
淡い茶色の髪が風に揺れ、冷静な視線が人波を観察していた。
「人が多いわね」
舞台袖で私が小声で言うと、ジュリアンは軽く頷く。
「ええ。ただ……中にはアリス派も混ざっているはずです。気をつけてください」
その低い声には、舞台上の私を守ろうとする意志がにじんでいた。
私は深呼吸し、舞台へと歩み出る。
「皆さん――自分で稼いで、自分の未来を選びたいと思いませんか?」
声を張ると、人々の間にざわめきが走った。
一歩前に出て、視線を全員に巡らせる。
「寄付は、今日を生きるための手助けです。
でも――明日を生きるためには、自分の力が必要です」
最前列の青年が息を呑む音が聞こえる。
中年の女性が、子どもの肩を抱き寄せる。
「仕事を辞める自由、住む場所を変える自由、子どもに教育を受けさせる自由……
それは“自分で選べる力”からしか生まれません」
私の言葉に、真剣な眼差しが増えていく。
若い労働者たちは顔を上げ、商人は手元の帳簿を閉じ、旅の途中らしい男たちも足を止めて耳を傾けている。
「マナ・コモンズは、あなたの力を育てます。
与えられる幸せではなく――自分で掴む幸せを」
その瞬間、広場の空気がわずかに震えたように感じた。
誰かが手を叩く。その音が二つ、三つと増え、やがて大きな拍手の波となって広場を包み込む。
舞台袖からジュリアンが静かに頷くのが見えた。
その視線は人混みの一点をじっと捉えている。
つられて目をやれば――黒髪の少女、聖女アリスがこちらを睨んでいた。
(……来るなら来なさい。受けて立つわ)
微笑みを崩さぬまま、私は彼女から視線を逸らさなかった。




