第13話 護衛の距離感
地方支店の視察を終え、王都への帰り道。
馬車の車輪が小石を弾く音と、窓の外を流れる麦畑の金色が、夕暮れの空気に溶けていく。
「ふう……さすがに長時間の視察は、少し疲れるわね」
鍛えた体でも、朝から晩まで歩き続ければ脚に心地よい疲労が残る。
向かいに座るレオンハルトは、窓の外を見ながら小さく笑った。
「それでも昔よりずっと歩けるようになった」
「当然よ。毎朝、あなたが容赦なく走らせるおかげだもの」
軽く笑い合っているうちに、馬車がゆっくりと停まった。
屋敷の外門だ。
鉄製の門が開かれ、馬車は長いアプローチを進む。両脇には整えられた生け垣と花壇、中央には噴水があり、その奥にヴァルグレイブ侯爵家の本邸がそびえている。
馬車が玄関前で止まると、扉が開き、夕方の涼しい風が流れ込む。
私が片足を外に出したその瞬間、不意に温かい感触が手を包んだ。
視線を落とすと、レオンハルトの大きな手が、しっかりと私の手を握っている。
そのまま軽く引かれ、私は段差を一歩降りた。
「……ありがとう」
口に出したのはそれだけだったが、胸の鼓動がわずかに速まる。
彼もすぐに手を離し、視線を逸らして低く言った。
「護衛だからな」
その横顔は、夕陽のせいか、ほんのり赤く見えた。
私も視線を外し、平静を装って屋敷へと歩き出す。
その後ろ姿を、外門の近くからじっと見つめる影に気づいたのは、屋敷の扉をくぐった後だった。
***
翌日。
「リアンナ様とレオンハルト様が恋仲らしい」という噂が、王都の一部で広がった。
視察帰りに手を取って降ろしただけ――それだけの出来事が、尾ひれをつけられている。
調べてみれば、やはり噂の出所は聖女アリスの付き人だった。
わざと門の近くで待ち構えて、見た場面を誇張して広めたらしい。
(やっぱり……偶然なんかじゃなかったのね)
これが小さな火種になると分かっていて、アリスは微笑んでいたに違いない。
***
数日後、王宮からの呼び出しで謁見室へ行くと、王太子アレクシスが珍しく険しい顔をしていた。
「……レオンハルトと親しいそうだな」
低い声。怒りとも苛立ちともつかない響き。
「ええ、幼馴染ですもの。昔から仲は良いわ」
私が淡々と答えると、彼の眉がさらに寄る。
「仲が良すぎるようだが」
「殿下に関係があることかしら?」
わずかな沈黙。
その目には、確かに嫉妬の色があった。
(……今さら、何を)
かつて私を手放した男が、今になって私の傍らにいる人間を気にしている――
その滑稽さに、口の端がわずかに上がった。
そして私は、何もなかったかのように優雅に礼をして、その場を後にした。
背後から視線が刺さるのを感じながら。




