第11話 王宮からの呼び出し
王宮からの召喚状が届いたのは、秋晴れの朝だった。
上質な羊皮紙に金糸の縁取り、封蝋には王太子の紋章――つまり、これは単なるお誘いではない。命令だ。
(王太子から? ……今さら何の用かしら)
私の胸の奥に、冷たく硬いものが沈む。
破棄された婚約の記憶は、もう痛みではなく、薄く乾いた跡になっていたはず。
それでも「呼び出し」という響きは、不快なざわめきを連れてくる。
「お嬢様、どうなさいますか?」
傍らの侍女マリアが不安げに問う。
私は淡く笑って答えた。
「もちろん行くわ。侯爵家の令嬢として、呼び出しを無視するわけにはいかないもの」
支度には時間をかけた。
今日は、深いエメラルドグリーンのドレスを選ぶ。
体のラインを美しく見せる仕立て、胸元は控えめながらも隠しすぎない。
髪は後ろでまとめ、前髪をふわりと流す。
メイクは軽く、けれど目元にはしっかりと力を宿す。
王宮で私を見下してきた者たちに、変わった私を見せつけるために。
***
王宮の謁見の間は、記憶の中よりも広く感じた。
高い天井から垂れ下がる黄金のシャンデリア、赤い絨毯が玉座へと真っ直ぐ伸びている。
玉座の前に立つのは、王太子アレクシス。
彼の隣には、純白のドレスに身を包んだ聖女アリス。
黒髪と黒い瞳が白に映え、可憐さを際立たせている。
私が歩み寄ると、アレクシスの瞳がわずかに見開かれた。
その視線は、私の足元から髪先までをゆっくりと辿る。
――婚約時代の、地味で大人しく、何も反論しない令嬢は、もうここにはいない。
そのことを、彼も理解したはずだ。
「……久しいな、リアンナ」
低く落ち着いた声。しかし、その奥に戸惑いと興味が混ざっていた。
「殿下もお変わりなく」
私は微笑みながら一礼する。だが、距離は詰めない。
「お前の……投資事業の話が、王宮にも届いている」
アレクシスは言葉を探すように少し間を置き、続けた。
「だが、平民に金を持たせすぎるのは危険だ。幻想を与えても、破滅を招くだけだ」
「幻想ではありません。努力すれば手に入る――現実の自由です」
私の返答は淡々としていたが、内心では棘を含めていた。
そのとき、アリスが一歩前へ出た。
声は甘く、微笑みは柔らかい。だが、その瞳は冷たい。
「でも……元婚約者の立場であまり目立つのは、良くないと思いますよ?
殿下のお名前まで利用しているように、周りからは見えるかもしれません」
私はその視線を真正面から受け止め、わずかに口角を上げた。
「ご心配なく。私はもう、殿下の名前を必要としておりません」
アリスの笑みが、一瞬だけ凍りつく。
アレクシスは二人のやり取りを見て、何かを言いかけて飲み込んだ。
その瞳の奥に、かつてなかった熱が宿っているのを、私は見逃さない。
(惚れ直したところで、遅いわ)
心の中でそう呟き、優雅に一礼して踵を返した。
背後から送られる視線は、玉座よりも重く感じられたが――もう、私を縛る鎖ではなかった。




