第10話 剣に誓う
リアンナ様は、変わられた。
婚約破棄を告げられたあの日から――いや、正確にはその直後からだ。
失望や涙ではなく、真っ直ぐ前を見据えた瞳を、私は忘れられない。
その後、彼女は私に告げた。
「体を鍛えたいの。もっと強くなりたい」
その一言で、私の朝の務めに新しい仕事が加わった。
剣術の基礎を応用した体幹の鍛錬。
筋力をつけ、体を引き締め、瞬発力を養う訓練だ。
***
まだ陽が昇りきらない時間、屋敷の庭には涼やかな空気が漂っている。
白い息を吐きながら、石畳を走るリアンナ様の姿は、以前の令嬢像からは想像もつかない。
ドレスではなく、動きやすい訓練服。
流れる髪が肩にかかり、頬にはうっすらと紅潮が差している。
「もっと腰を落とせ。そう、背中をまっすぐに」
私が声をかけると、彼女は呼吸を整えながらも的確に姿勢を直す。
視線が合う。その瞳は、決して弱音を吐かない者のものだった。
腕立て、腹筋、背筋。
ひとつひとつの動作が、日を追うごとに正確になっていく。
苦しいはずなのに、やりきったときの笑みがどこか誇らしげで――胸が熱くなる。
(……惚れるな、俺)
何度もそう自分に言い聞かせる。
だが、訓練の最中、無防備に額の汗を拭う仕草に、視線が奪われてしまうのはどうしようもなかった。
***
以前のリアンナ様は、大きすぎる胸を布地の多いドレスで隠していた。
だが今は、それを隠さない。
むしろ、体のラインを引き立てるドレスを選び、色も華やかになった。
ローズピンクやラベンダー、深いエメラルドグリーン――そのどれもが、彼女の肌を美しく映す。
加えて、控えめだった顔立ちに自然な化粧が施され、笑みを見せるたび、まるで陽光が差し込むようだ。
一輪の薔薇――そう形容するのが、今の彼女に最もふさわしい。
美しいだけでなく、棘を備え、自らの意志で立ち続ける強さがある。
***
だが、私はその想いを口にしない。
騎士は主に恋してはならない。
私が差し出せるのは、愛の言葉ではなく剣と忠誠だ。
リアンナ様の隣に立つべきは、私のような護衛ではない。
共に戦略を描き、未来を切り開く者だろう。
それが分かっているからこそ、この想いは胸の奥に沈めたままにする。
……ただ、もしもこの先、彼女が剣を求める時があれば――
その時は、命を賭してでも差し出そう。
冷たい柄を握りしめ、私は心の中で誓う。
彼女の行く道に影が差す時、必ずそれを切り払う、と。




