セリウスの懺悔
セリウスは部屋着姿のケルティに自分の着ていたコートを羽織らせると、足元に細心の注意を払いながら彼女の手を引く。
彼に連れられるまま建物の反対側に周り、裏門に向かって歩いた。
裏門から敷地の外へ出ると、平民街に流通していそうな凡庸な見た目の馬車が一台停まっていた。
御者台には帽子を深く被った男が座り手綱を握っている。セリウスと共に邸の中に入ってきた者だろう。
セリウスにエスコートされケルティが馬車に乗り込む。狭い車内は木板を貼り付けただけの簡素な内装で、腰掛けた椅子のスプリングが不安になる音を出して軋んだ。
「こんな所ですまない。」
車内の灯に照らされてきらりと輝く彼の琥珀色の髪。その見慣れない姿は殺風景な車内に対して優美過ぎて浮世離れしている。
向かい合って座るケルティには現実のものに思えず、夢を見ているような錯覚に陥った。つい先程の襲撃さえも夢だったのではないかとそんな都合のいいことを思い始める。
「ケルティ」
押し殺したような声で名を呼ばれ、ぼんやりと眺めていたケルティの焦点がセリウスの真剣な瞳に照準を合わせる。
その瞬間、今夜起こったことは全て現実のことなのだと否応なしに理解させられた。覚悟を決めた目で見返し、黙ったまま言葉の続きを待つ。
「君と僕は血の繋がった姉弟なんだ。」
「……………え?」
一度だって予想のしなかった突然の告白に、ケルティの世界から音が消える。
今晩の襲撃の真相を話してくれるものだと身構えていた彼女には寝耳に水だった。あまりに衝撃的な言葉に脳の処理が追いつかない。現実逃避気味に窓の外に目を向けるが、馬車の小窓に映るのは何もなく暗闇に染まるだけであった。
ー チノツナガッタキョウダイ…??
耳に入ってきた言葉はただの無機質な音に変換され、その言葉の意味まで頭に入ってこない。…否、言葉の意味を知りたくなくて無意識に分からないふりをした。
「ちょっと何を言ってるか分からないのだけど…」
困惑するケルティが早口で言い返す。
聞き間違い或いは彼の言い間違いを期待してセリウスを見るが、どこか諦めたような静かな笑みを携える姿にどうしようもなく不安が込み上げる。これ以上話を聞くことが恐ろしく、今すぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られた。
「そうだ私、邸に戻らないとっ…」
「待って」
混乱したケルティが勢いよく立ち上がり車外に逃れようとするが、その前にセリウスが彼女の二の腕を掴んで制止した。
「話を聞いて欲しいんだ。」
俯いたまま切羽詰まった悲痛な声音で懇願され、ケルティの心が大きく揺らぐ。
何も知らなければ今のままでいられるかもしれない…そんな浅はかな考えが頭を過ぎる。たが、震える彼の手を無感情に払い除けることは出来なかった。彼の心情を推し量り、気持ちの整理をつけられないまま座席に座り直す。
ケルティが話を聞く姿勢を見せると、セリウスは心の底から安堵した表情でひとつ頷いた。そっと隣に座り、祈るような気持ちで彼女の片手に手を重ねる。
「僕はアレースト家に産まれてすぐ親戚の家に預けられたんだ。戦禍となる王都から遠ざけたかったのかもしれないが時代が悪かった。それから数年で地方は物資に困るほど困窮し、幼子を育てる余裕のなくなった彼らは僕を街中に捨てた。でも幸いなことに、君が路上で生活する僕を見つけて拾ってくれたんだ。」
「うそ…ありえない…そんな偶然ある…?」
「僕は運命だと思ったよ。」
セリウスの声は力強く、その瞳にはこの場に似つかわしくない喜びの色が滲み出ていた。
ぱっと明るく光を放つ青い瞳に、ケルティの胸がぎゅっと苦しくなり目を逸らす。それはあまりに眩しく、今の彼女には直視することが出来なかった。
「雇われた使用人という立場ながら、僕は強く君に惹かれていた。だから、ケルティが金持ちと結婚すると言った時に決意したんだ。僕がその相手になろうって。そのために知識をつけ爵位を得るための緻密な計画を立て始めた。だけど同じ頃、たまたま両親の会話を立ち聞きしてしまったんだ。」
俯いて一呼吸置くセリウス。
ケルティの手に重ねられた彼の手は急に体温を無くし冷えていく。今にも消えてしまいそうな恐怖に襲われ、ケルティは強く握りしめた。途端にセリウスの強張った雰囲気が柔らかくなり、顔を上げて朗らかな笑みを見せた。
「それは、アレースト家に引き取られた後、痩せこけていた僕の身体が元に戻って身なりが綺麗になっていく中、彼らは僕とケルティの容姿が酷似気付き弟に違いないと話していた会話だった。その話を聞いてすぐ、また引き離されるかもしれないと焦った僕は逃げるように邸を出て行ってしまったんだ。血の繋がった姉弟だという事実より、君の側に居られなくなることの方が恐ろしかったから。そうやって自分で決めたことだというのに、あの時は市井に捨てられた時よりも辛く、心が壊れてしまいそうだったよ。」
過去のこととは言え、時折り言葉を詰まらせながら胸を痛めて話す姿を見てケルティは掛ける言葉が見つからない。
あの日から今日まで、誰にも胸の内を明かさず独りで抱えてきたのだと思うと、胸が張り裂けそうになる。込み上げる感情が涙となって溢れ出しそうで顔も上げられず、ただただ握る手に力を込めた。
「本当はケルティに話すつもりは無かった。死ぬまで隠し通して生涯普通の夫婦としてやっていくつもりだった。…そう言ったら軽蔑するかい?」
「それは…分からない…もう知ってしまったから。でもどうしたら良いかも分からない…だって姉弟で結婚するわけには…」
動揺するケルティのことを安心させるように、セリウスは優しく彼女の肩を抱き寄せた。




