デートの効果
休み明けの今日から暦上の季節が夏へと変わり、ケルティは夏季用の制服に袖を通した。
上半身とスカートが一体型となっており、高めのウエストラインから膝下までプリーツになっている。全体的なカラーは冬季用と同じやや黄色味の強いオフホワイトだが、生地は薄く涼しげな印象だ。
支度の最後、ケルティは胸元の大きな赤いリボンをミカに整えてもらい、いつもと同じ時間に家を出た。
馬車を降りると、まだ朝の時間帯だというのにすでに日差しが強く、ケルティは手で目元に影を作り眩しそうに目を細めた。
「あつ…」
思わず声が漏れた。
周囲に何人かの生徒がいたが、同じ格好だというのに皆涼しい顔で優雅に歩いている。
「おはよう、ケルティ。」
ケルティが他の女子生徒達を恨めしそうに見ている所に、その視界を遮るようにセリウスが真横から顔を近づけて声を掛けてきた。
「………お、おはよっ」
視界いっぱいに現れた美しい顔に、ケルティは反射的に挨拶を返したものの、その後は思い切り視線を逸らして頭を下げた。
彼の顔を見た瞬間、デート中のあれやこれやを思い出してしまい耳まで真っ赤にしている。
ー なんで今日は早いのよっ!!いつもいつもいきなりなんだから!ああもう、一気に色々思い出しちゃった…動揺してるのバレるから早くあっち行ってーっお願いだからこれ以上こっち見ないで!
「よかった。」
「へ??」
「僕だけじゃなかったんだと思ってね。」
距離を置こうとするケルティに大きく一歩詰め寄り、セリウスは心底嬉しそうにはにかんだ。
「なんの話?」
一方のケルティは言葉の意味が分からず、腕組みをして思い切り頭を傾けている。
「夏季用の制服がとても良く似合ってるなって話。」
「え…はぁ…どうも?」
何もわかっていない顔のままとりあえず礼を言うケルティに、セリウスは口元を抑えて笑みをこぼした。
口元から手を外すと、今度はその手でケルティの腕を軽く引き寄せる。そして、真剣な眼差しで近づき彼女の視界を奪った。
「それと、デートの日の髪型物凄く可愛かった。当日はあまりの素敵さに言葉に出来なかったんだ。だから今度また見せてくれる?もちろん、僕と二人きりの時に、ね。」
「……ひゃいっ!」
急に腕に触れられて接近され、その上に真剣な声音で甘い言葉を囁かれ、最高潮に動揺した結果ケルティは裏返った声で盛大に噛んだ。
「約束だよ。」
ケルティの返事と反応に満足したのか、「また授業でね」と、この上ない笑顔で言い残したセリウスはあっという間に彼女の元を離れて行ってしまった。
「な、なんなの今の…」
皆が授業塔へと入っていく中、一気に脱力したケルティは通りの真ん中でしばらくの間足を止めていた。
「朝から熱烈ねぇ…」
「ぎゃあああああああああっ!!!」
いきなり耳元で囁かれたケルティは片耳を押さえて勢いよく後ろに飛び下がった。
彼女の目の前には、ニヤニヤと笑うレナの姿があった。
「こんな公衆の面前でイチャつくなんて、二人はもうすっかりバカップルね。」
「し、してないよ、そんなこと!」
「嘘おっしゃい。挨拶だけで頬を染めて、抱き寄せられて、蕩けるような瞳を向けられて…もう見ていられなかったわ。」
「いやあああっ!!もうそれ以上言わないで!!」
レナの言葉に耐えきれず、ケルティは手にしていた鞄を両手で抱きしめて顔を埋めた。
親友の口から語られるセリウスとのやり取りに、とめどなく込み上げる恥ずかしさで悶絶必死だ。
「だいたいなんで今日に限ってレナの登校が早いのよ!いつも始業ギリギリのくせにっ」
「いつもと変わらない時間だけど?さっき予鈴なってたわよ。」
「え、嘘!気付かなかった!1限目ってなんだっけ?」
「『私は』自習だから余裕ね。」
「ということは……………?」
走り出そうとして踏み出したケルティの右足が地面に縫い付けられたかのようにピタリと止まる。ゆっくりと振り向き、縋るような目でレナのことを見た。
「ケルティはダンスの授業ね。イチャイチャの続きが出来るわよ。良かったわね。」
「いやあああああああああああっ!!!!」
誰もいない授業塔の正面玄関前、ケルティの声が響いた。




