二人分の夕飯
帰宅後、いつものようにすぐ執務室へ向かおうとしたがダイニングルームで待っていることを執事から知らされ、着替えのため一度自室へ戻ることにした。
制服姿からシンプルなパンツとシャツに着替え、念の為薄手のジャケットを羽織る。
鏡を見て前髪を整えると、足早にダイニングルームへ向かった。
こうなることは予想がついていたが断ることもできず、深呼吸をしてから扉を開ける。
「おかえり、セリウス。」「お帰りなさい。」
「お父様、お母様、只今戻りしました。」
セリウスに笑顔を向けるレオナルドと母のエリーゼ。
似たようなシワを目尻に作る2人は、広いダイニングテーブルに隣り合って座り、食前酒を楽しんでいる。セリウスは迷うことなく、二人の正面の席に着いた。
「お二人が揃って夕飯なんて珍しいですね。」
「ああ、今日は珍しく早い時間に会議が終わったからな。そのまま休むことにしたんだ。」
「ふふふ、私はそんな旦那様に誘われたのよ。」
幸せそうに見つめ合い、カチリとワイングラスを合わせる二人。
幾つになっても仲睦まじい両親の姿に、セリウスは目を細めて眺めている。
その後改めて三人で乾杯をし、食事が始まった。普段から豪華な食事が並ぶキンベラー気の食卓であったが、今日はそれに輪をかけて豪華絢爛であり、高級食材がふんだんに使われた料理が運ばれてきた。
だが、それらの見た目華やかな料理の数々が話題にのぼることはなく、専らセリウスの学園の話が中心であった。
レオナルドもエリーゼも春から学園に通い出した息子のことが気になって仕方なかったらしい。
「それでだな、今日はどうだったんだ…?」
メイン料理の皿が空になった頃、やや言いにくそうにレオナルドが尋ねてきた。
何気なさを装っているが、グラスを空にするペースが一段上がっており、緊張している様子が窺える。
「ええ、とても有意義な時間を過ごすことが出来ました。」
にっこりと微笑みながらセリウスはワインボトルを手に取る。
気付いた使用人が代わりに対応しようと動きかけたが彼に視線で止められその場に留まった。
ワインボトルを手にしたセリウスがレオナルドのグラスにワインを注ぐ。
「おお!それは良かった!」
息子に酒を注いでもらい上機嫌になったレオナルドが勢いよくグラスを空にする。
またお代わりを注ごうとしたセリウスだったが、今度はエリーゼに止められてしまい、代わりに水の入ったグラスを差し出した。
「それで、お相手はどこのお嬢さんなんだ?」
「ちょっと!貴方!」
「良いじゃないか、話を聞くくらい。」
「結婚のことはセリウスに一任するというのが約束でしょう?こちらから根掘り葉掘り聞くのは良くないわ。」
「まぁそうか…『結婚相手は自分で選びたい』それがお前の唯一の望みだったものな。可愛い息子の望みならいくらでも叶えてやるというのに、お前は昔からそれしか言わなかったな。」
「僕にはそれ以外に望むことなんて、何一つありませんから。」
いつもの淡い微笑みの中に、強い意志を宿した青い瞳が一際大きな存在感を放つ。
物腰は柔らかいはずなのに、否定は絶対に受け入れないと絶対的な態度を示してくるセリウスに、レオナルドもエリーゼもこれ以上言及してくることはなかった。
話題はまた学園の話に戻り、しばらくぶりの家族団欒の時を過ごしたのだった。
***
『そんなに悲しそうな顔をしないで』
あああああああっ!!!なんであんなことを口走ってしまったんだろうっ。楽しかったで終わらせれば良かったものの、この口は〜!!!
…でもだって、悲しそうで寂しそうで見ていられなかったんだもん。あんな顔見たことない。こっちを見てくれないのがどうしようもなく落ち着かなかった。なんでなんだろう…
あの青い瞳に見つめられるとなんか落ち着くのかも…だからずっと見ていてほしいってそんな期待を勝手に…
「ケルティ様?」
「ひゃっ!!!!!な、なに!??」
混沌とする脳内に、自分のことを呼ぶミカの声が届いた。
意識を取り戻したケルティは、いつの間にか着替えを済ませて自室のソファーに座っており、目の前には温かい紅茶が置かれていた。
「先程から何度もお呼びしてましたのに…こちらの紙袋は何でしょうか?」
「……あ、それセリウス様から貰ったやつだ。美味しそうな匂いがしたから多分食べられる物だと思う。もうこんな時間だし、それ夕飯にしちゃおうか。お皿に出してもらえる?」
「それ本当に大丈夫ですか………」
曖昧なケルティの返事に、ミカがあからさまに嫌そうな顔をしつつも食器とカトラリーを取るため一階の厨房へと降りて行った。
すぐに戻ってきたミカが言われた通りケルティの部屋で夕飯の準備を始める。
今日も邸に人のいる気配はなく、普段から一人で食事を摂っているケルティがここで夕飯を済ませても何ら問題はない。
「予想よりも遥かにちゃんとしたお料理ですが、なぜ全て二つずつあるのでしょうか…」
皿に取り出したて並べた料理の数々を目の前に、ミカは顎に手を当て首を傾げている。
あのずっしりとした紙袋の中には、胡桃の入ったバターブレッド、スモークチキンレッグ、瓶詰めのピクルス、ベイクドポテト、ヨーグルトサラダ、紅茶のスコーンが全て二包みずつ入っていたのだ。
「まぁ良いじゃない。美味しそうだし。私一人では到底無理だからミカも一緒に食べよう!」
「ですが…」
「良いじゃない。ここは私の部屋だし。残すのは勿体ないから早く食べよう!」
「いやでも…」
「ほら!良いから早く座る!!」
「…ありがとうございます、ケルティ様。」
ケルティに押し切られる形で、ミカはエプロンを外して遠慮がちに彼女の隣には腰掛けた。
「あれ、そう言えば二人で食べてって言ってたような…でもあれどういう意味だったんだろう…」
「何かおっしゃいましたか?」
「ううん、何でもない。さぁ、食べましょうか!」
美味しそうに片手で掴んだ肉を頬張るケルティにカトラリーを押し付けられ、諦めたミカが恐る恐る肉を切って口に運ぶ。
咀嚼した瞬間、そのあまりのおいしさにミカは目を見開き口元を抑えた。見たことのない彼女の表情に、ケルティもご満悦の笑顔で何度も頷いている。
こうして、ちょうどよく用意された二人分の食事は一つ残らず、あっという間にケルティ達の胃の中に飲み込まれて行ったのだった。




