第78話 大工ギルドのマスター
「ここが製薬ギルドの予定地か」
私は鍛冶ギルドのマスター、アウグスト氏に面会した次の日、製薬ギルドの予定地に来ていた。
北側にある森の中であった。王都といってもすべてが建物で埋まっているわけではない。森を保護するためにも、高い塀で囲み、伐採を管理しているのである。
しかし私が見ている範囲ではまったく整地されていないのだ。見渡す限り普通の森である。
「こんなところでギルドを作れるのですか?」
私は黒いバニースーツを着たまま、隣にいる赤いバニーのマギーに訊ねた。
私は料理ギルドのマスター、ハーゼ・ド・ヴァイスシュネーだ。異世界転生者の元男で、この世界にバニーガールを流行らせようとした。しかし、バニーにふさわしい酒場を作れず、逆に戦闘服だのなんだので、別の意味で流行ってしまったのだ。
ちなみにマギーはずっと副マスターだ。彼女自身は貴族出身だが、マスターになるつもりはない。あくまで私の補佐が目的なのだ。
「作れます。ここは製薬に必要な水源がありますし、人っ気がないから安全です」
そう製薬ギルドは製薬のための工場が必要なのだ。医療品だけでなく、農薬だの、各ギルドに必要な薬品だのを製造する必要がある。
医療品は医師組合に卸している。こちらの責任者は宰相のフローリアン・ド・ヨルクが責任者だ。彼と連携を取り、庶民でも手軽に買える薬を製造する。
歯ブラシやうがい薬、絆創膏や目薬に、虫除けなども作る。個人の職人に依頼してすでに製造しており、好評を博していた。
しかし個人なので国民全員に行き届かない。なので工場を作り、まとめて大量生産するのだ。そうすれば値段も安くなるだろう。消費が加速し、雇用も増える。いいことずくめだ。
この辺りはフローリアンとマギーが相談し、調整している。さすがに異世界の技術をそのまま売り出すのはまずい。だからこそこの世界の人間と話し合いをする必要があるのだ。
「ですがなんにも整地していませんよ。いくらなんでも呑気すぎるのでは……」
「問題ありません。大工ギルドのマスターがひとりいれば、今日一日で建物は作れます」
マギーは自信満々であった。確か大工ギルドのマスターはマギーの姉だと聞いている。
魔法の力で作るのだろうか?
すると突如、地鳴りがした。ずしんずしんと何か巨大なものが歩いてくると感じた。
「よぉ、マギー。ひさしいなぁ。そこにいるのがヴァイスシュネー公爵のようだね」
それはまさに山であった。身長は三メートルほどで、でっぷりと太っている。縮れ毛の短い銀髪で顔は丸く、胸は特大カボチャのような大きさだ。腹部はそれ以上に膨らんでおり、まるでガスタンクだ。
かといって醜いというわけではない。先ほど私は山と評したが、美しい山のような壮大さを感じたのだ。
顔つきは凛々しく、膨らんでいるが元は美人だというのがわかる。マギーに似ており、さすがに姉妹だと思った。年齢は確か38歳で、ルドルフ・ド・マッケンゼンの兄嫁だという。夫が数年前に亡くなり、息子を跡継ぎにしたというのだ。
というかでかいな。ルドルフよりもはるかにでかい。ヴォルケより若干低いが、迫力なら彼女の方が上だ。弟のビスマルク・ド・シュピーゲル13世とは真逆な存在である。
着ているのは黒いバニースーツを着ていた。だが全体的に大きいので、まるで広告バルーンが歩いているように思える。
「初めまして。あたしはフレイヤ・ド・マッケンゼン。マギーの姉さ。今回はあたしが製薬ギルドの建物を建設することになっている。よろしく頼むよ」
そう言って彼女は手を差し出した。まるで熊のように大きな手の平で、私の手などすっぽり握りつぶせそうな広さだ。
私は呆気にとられた。彼女と戦う気は起きない。フォッカー砂漠のサボテンうしなど座敷犬に思えてくる。
「こちらころお初にお目にかかります。ハーゼ・ド・ヴァイスシュネー公爵でございます。今回は料理ギルドのマスター兼製薬ギルドの責任者として来ておりますわ」
「細かい話は抜きだ。あんたの持ち込んだ薬品はなかなかのもんだね。うちの大工ギルドでも特殊な薬品は使用するが、どうしても数が少ないからね。大量に作れるなら幸いなのさ。医療品だけでなく、各ギルドに必要な薬品も多い。製薬ギルドはエアツェールング王国にとって国を支えるギルドになるだろうさ。まったくあんたは大した奴だよ」
「それはどうも」
私はそうつぶやくしかなかった。声は銅鑼のように大きく、耳鳴りしそうである。その上彼女の言葉はたとえ理不尽な命令でも聞かずにいられない威力を持っていた。
「フレイヤお姉さま。ではさっそくお仕事をお願いいたしますわ」
「まかせな」
マギーに促されて、フレイヤは前に出た。ふんと力むと、身体から何やら魔力のようなものが煙のように出ている。
そして両腕は黄金色に光っていた。それを一気に地面に突き立てる。
すると大地が光り出した。私が立っているところはもちろんのこと、辺り一帯まばゆい光があふれ出ているのだ。マギーはまったく動じない。慣れているのだろう。
「さぁ大地の精霊たちよ。我が望みに答えたまえ!!」
大地はめきめきと音を立て、前方にある木がにょきにょきと動き出したのだ。物の数分も経たないうちに、目の前にはきれいな更地が出来上がった。
そしてぼこぼこと地面が盛り上がる。それは屋敷に必要な土台であった。さらに土の建物も出来上がる。見た目はスーパーマーケット並みの大きさだ。あれは製薬工場である。窓ガラスが入るほどの穴と、出入り口の穴が自動的に出来上がった。
「さあ木々たちよ。我に応じ、我の望み通りの形を作り給え!!」
今度は土台の上に木々が歩きだした。数百本の木がきれいに整列する。すると木の幹はうねうねと動き出した。枝の葉っぱは全て落ちて、枝自体が複雑に絡み合う。それらは家を作り出していた。
枝と根っこは床になり、一階の部分を生み出す。そして別の木々がやってきて、ひょいと上がり込むと、今度はその二階の部分を作り出した。
数十分も経つと、木造の立派な屋敷が出来上がったのだ。近くで見てみると、つなぎ目はなく、窓の部分と、出入り口の部分はきっちりと開いていた。
中を覗くが、床も壁もぴったりとすべすべしており、枝や根っこで編まれたとは思えなかった。造りも立派で叩いても問題はなかった。
「……すさまじいですね。圧倒的でした」
私は素直に感心した。それ以外出てこないのだ。自分自身チート能力で怖いものなしだと思ったが、フレイヤには敵わないと思った。
「ふぅ、おほめに預かり、光栄だね。だけどここまで調子よく建築できたのは生まれて初めてだ。やはりこのバニーガールの格好はすばらしいな」
またバニーガールを別の意味で賛美している。私としては複雑な気持ちだ。
「お姉さまの言う通りですわ。基本的にお姉さまの建築魔法は、四大精霊を組み合わせたものなのですが、あくまで精霊の力を借りるため、思い通りにはいきません。強大な魔力がなければ命令には従わないのです。お姉さまの魔力は常人より高いですが、今回のように見事な建築は初めてですわ」
「まったくだよ。このうさ耳のおかげで上機嫌な精霊の声が聴けたしね。さらにバニースーツで魔力を効率よく集められたし、網タイツとハイヒールのおかげで、大地のエネルギーを吸収かつ放出できた。そしてこのカフスが魔力を一点に集中させられたから、大地の精霊たちもあたしの声を素直に従っていたんだよ」
マギーとフレイヤは感心していた。というか魔法で家を建てられるとはすごすぎるな。これほどの力を持つのは彼女くらいではないだろうか?
ちなみに大工ギルドの職員も建築魔法を習っているが、十人くらいいなければ無理だという。それも目の前の建物を作るにはひと月はかかるそうだ。
エアツェールング王国の城を作ったのも、シュピーゲル領の前身であるビスマルク王国の技術を応用したそうだという。ビスマルクのドワーフたちは大地の精霊の声を聴き、洞窟に穴を開けたそうな。
弟のビスマルク13世も姉ほどではないが、建築魔法を使いこなせるという。新たに作るのは無理にしても城壁の修理や、下水道の製造はお手の物だそうな。
「……あんたは最初この衣装で酒場を作りたかったんだろうが、もう無理だねぇ。こいつを色気のある酒場で着るなどありえないね」
私の心境を察したのか、フレイヤが声をかけた。酒場云々は妹から聞いただろう。
「あんたにしてみればバニーガールを酒場の華にしたかっただろうさ。けどね、あんたの住んでいたところと、この世界は違うんだよ。価値観がまるで違うと言ったところか。料理はともかく、この世界ではバニーガールは魔物の名前だ。それを自分の世界の常識で縛るのは不可能なんだよ。ああ、ちなみにあんたが異世界人だということは、あたしが独自で推測したのさ。大体見た事のない料理や道具を考え出すんだ、別世界から来た人間だと思うのが筋というものだね」
なんとも鋭いお方だろうか。マギーは微妙だにしない。いつもの姉だと思っていそうだ。
確かにこの世界は私が住んでいた世界とは違う。私と同じ世界の人間が生み出した世界だが、人間が思い浮かぶ世界など不完全なものだ。ビールが湧き出る泉に、ミイラから砂糖が湧き出るなど普通ではない。
ただ異世界人と思い浮かぶ人間は大抵貴族か、王族くらいだ。まあ、グレーテルは別だがね。
「そういえばマギー。副マスターの候補は決まったかしら?」
「はい、すでに決まっております。私の姉、ラプンツェル・ド・フットナーと申します。フットナー男爵夫人です」
もうひとりの姉、シュピーゲル家の次女というわけか。いったいどういう人なのだろうか。楽しみである。
フットナーは、ドイツのアントンフットナー社のヘリコプターの名前です。
ラプンツェルはグリム童話です。




