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第77話 ドクメント帝国の狙い

「なるほどな。それでマギーは傷だらけのガキどもを、縄でふん縛ったというわけか」


 私はハーゼ。今鍛冶ギルドのマスターの部屋に来ている。部屋には立派な机に本棚が並べられていた。部屋の真ん中は来客用のソファーがテーブルを挟んでいる。

 目の前に座っているのは、マスターのアウグスト・ド・エアツェールング。ヘンゼルとグレーテルの父親だ。50代の中年男性で、中肉中背。髪の毛は一本も生えておらず、日焼けした肌が目立つ。目つきは鋭いが人を不快にさせるようなものではなく、厳しい世間の荒波を乗り越えた歴戦の勇者の目だ。

 基本的に職員たちには子供の成長を見守る父親の目を向けている。相手が私だから気を引き締めているだけだ。

 そんな彼も黄色いバニースーツを着ていた。頭には黄色いうさ耳バンドを、足には網タイツを通している。もっとも股間の部分にはチャックが隠してあり、いつでも用事を足せるそうだ。


「そうです。もっともマギーは最初から相手の気配に気づいていましたが、まぼろしネズミのおかげで無力化したそうです」

「……まぼろしネズミねぇ。ズンブフ村ではいたずら小僧のような魔物だから放置していたがね。ここまで知名度が上がるとは思わなかったな」

「まったくです。知り合いに聞きましたが、魔物には縁というものが重要で、それが深いと魔物は魔力が高まるというそうです」


 ちなみにアウグスト氏は普通である。ギルド内では男女共にバニースーツを着ていた。男はきまり悪そうにしており、女は恥じらっていた。逆にマスターは堂々としている。

 

「今まで魔物は現れたらすぐに倒していたからな。ドクメント帝国と違い、長年人間を苦しめた魔物がいないのだよ」

「ドクメント帝国……。彼らはこの国で何をしたいのでしょうか?」


 私は不安になった。魔物相手ならまだしも、人間を相手にするのは躊躇するな。力を見せつけて脅せればいいのだが、そううまくいくとは限らない。

 ドクメント帝国は長年人間同士の戦争を繰り広げていた。それを統一したのが初代ドクメント帝国皇帝、アドルフ・ド・ドクメントだという。

 国民は全員アドルフを畏怖し、尊敬している。女の身である私が単身乗り込んで無双をしても、怒りを煽るだけだとマギーにたしなめられた。


「帝国自体はこちらと交易をしたいと思っている。捕らえられたチンピラたちは大使がこの国の法律で裁いてくれと頼まれた。あいつらは十数年の強制労働刑に処されたとフローリアンが伝えてくれたよ」

「つまり帝国はこちらと事を荒立てる気はないわけですね。ですが、なぜあのような無法者たちをこの国に送ってきたのでしょうか?」

「さぁな。大方、はねっかえりを処分するつもりかもしれないな。現に気の弱い男はこの国の女と結婚し、所帯を持つ者が多いくらいだね」


 アウグストは気にかけていなかった。彼は元国王なのだが、大局を見る目があった。

 最初は真っ白い髪の毛とひげを生やしていたが、きれいさっぱりに剃ったという。

 国王とは思えない、長年職人を務めたような雰囲気があった。バニースーツを着ているのは、これを着ていると道具鍛冶がうまくいくからだという。現に新入りでも何度も失敗したのに、バニーになったらうまくいったという。使えるから使う。現実主義者で目の前の事実を受け入れるのに適しているのだ。


「帝国の人間がここに住みつくことに、危機感はないのですか?」

「結婚するのは庶民くらいだ。貴族は帝国民と結婚する奴はいないし、そもそもこちらに来るのは家族に捨てられたのがほとんどだ。大使の方も厄介払いができてせいせいしているそうだね」

「今はいいかもしれませんが、何十年も経つと牙をむくかもしれませんよ。その子が帝国のために王国を差し出せとか言い出しかねませんが」

「確かにな。政権が変わるかもしれない。不満に持つ人間が出るかもしれないし、いろいろある。しかしそれはわが国も同じことだ。なまぬるい王国に愛想をつかした若者も、帝国へ移住しているのだよ。向こうは野球というもので、代理戦争をしているという」

「野球ですって!?」


 私は思わず立ち上がってしまった。この世界で野球という言葉を聞くとは、思わなかったからだ。

 

「それはボールを投げて、バットに当てる球技というものですか?」

「ああ、その通りだよ。帝国大使館で見物したが、なかなか面白いものだ。この国では騎士団がチームを作っているが、まだまだ弱いね。大使館の職員にはまったく敵わないのだ。選手の力もそうだが、その選手をどう采配するかが監督の腕の見せ所なのだよ。いや、大したものだ。それを生み出したアドルフ皇帝も素晴らしいお人だよ」


 アウグスト氏はしきりに感心していた。だが私はアドルフ皇帝の正体に気づいた。

 野球は私の前世の世界で有名な球技だ。それを広めたということは皇帝の正体は私と同じ異世界転生者だろう。そこでアウグスト氏にさらなる質問をした。


「帝国ではどのような食事が流行っているのでしょうか? 確か戦争のための快適な食事を作っているとの話ですが」

「確かにそうだな。缶詰とか乾麺とか保存食に優れているぞ。実際に帝国から輸入している。なんでも向こうはカツオバチの出汁や、豚亀にピッグシャークの肉が主流だと聞いているな」

「……そこにスパムというものはありませんか? 豚肉をミートにしたものなのですが」

「なんだ、知っているんじゃないか。帝国ではそれを使ったスパムにぎりというものが庶民に流行っているそうだがね」

「……そこでサトウキビとか、砂糖の天ぷらとかありませんか?」

「おお、あるな。向こうではサトウキビを使った黒砂糖が有名だな。それと砂糖の天ぷら、サーターアンダギーというものもおやつとして流行っているそうだ」


 私はその話を聞いて、さらに確信を深めた。そして最後の質問をする。


「帝国にはシーサーという守り神の像はありませんか?」

「うむ、あるぞ。大使館にも屋根の上に四本足の獣が鎮座していたな。やはりお前さんは異世界人なのだな。異質のものを知る者は、異世界人しかおるまいて」


 アウグスト氏はすべてを見抜いていた。今の話を聞いて確信した。アドルフ皇帝は私と同じ異世界人だ。しかも沖縄県民だろう。カツ丼に対して野菜炒めを載せるのも、沖縄県では有名な話だ。

 もっともそれでアドルフ皇帝とどうこうする気はない。そもそも戦争を起こすならヘンゼル陛下が王座に就いたときに攻めればよいのだ。もちろんアウグスト氏も王位を退いたとはいえ、油断はしなかっただろう。


「アドルフ皇帝には相談役にヘルシャフトという女性がいる。彼女が政権に口を挟んでいるのだ。二十数年もの付き合いがあるが、人魚の肉を食べたように、若々しい容貌をしているとのことだ」


 ヘルシャフト。いったいどういう人間かはわからない。しかし、戦争を望む人ではなさそうだ。

 アウグスト氏は説明してくれた。ドクメント帝国は二十数年前は人間同士の争いがほとんどだった。村同士、よそ者を忌み嫌い、変化を異常なまでに嫌ったという。

 それを若き日のアドルフ皇帝が破壊の風を生み出して、各村を征服していったのである。そして軍隊を編成し、そこから得た技術を村の発展に利用したのだ。

 ある程度征服が進むと、国民のガス抜きに野球を流行らせたという。現在では東西南北に分かれており、野球ですべてを解決しているそうである。

 この国に来る若者たちは野球が嫌いで、戦争をしたい馬鹿どもがほとんどだ。

 行動を起こすのはほんの一部で、ほとんどは王国と同化する道を選んでいる。それ以外は犯罪を起こして強制労働刑を味わっているそうだ。


「だが問題は帝国ではない。わが息子ヘンゼルだ。あいつは子供の頃から女々しいと思っていたが、まさか本当に中身が女とは思わなんだ。だからといってそなたの中身が男でも無意味だろう。フレイヤは曰く、ヘンゼルは男の身体に違和感があると言っていたからな」


 さすがにアウグスト氏も息子のことが心配なのだろう。しかし解決方法がわからない。国王としては有能かもしれないが、父親としては無能なのだろう。なので教育は信頼できる人間に任せたというわけか。


「ところで娘さんはどうなのでしょう? 彼女は心配ではないのですか」

「いやグレーテルはどうでもいい。あいつは世間知らずだが、周りの人間が放置しない。どこに行っても誰かが手助けをして、生きていけるだろう」


 なんだかグレーテルは散々な言われようだが、納得できると思う。

 あと鍛冶ギルドに依頼した道具を引き取った。製薬ギルドに必要なものを一通り製造してもらったのだ。

 料理ギルドも忙しいが、新しいギルドの設立に目が回りそうである。

 忘れているかもしれないけど、アウグストは鍛冶ギルドのマスターで、ヘンゼルとグレーテルの父親です。

 ここで出さないともう出番がないと判断し、今回出しました。

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