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第76話 まぼろしネズミと人間の悪意

「さぁ、今日も人間どもを苦しめてやるんだ♪」

「おーっ!!」


 玉ねぎの魔物、マネギンたちが気合を入れていた。ここはエアツェールング王国の王都だ。人間の住む町だが、すべてがすべて、建物で並んでいるわけではない。

 人気のない森もあり、夜中になると真っ暗で魔物でも見通しが悪いのだ。

 この俺様、まぼろしネズミはいつもの通り、赤い帽子に黒マスク、黄色いマフラーをなびかせている。これで何か乗り物があればすぐ飛べるのだがな。

 まあ、事件が起きなければ必要はないけどね。


「でもゴミを荒すのはだめだね。人間の料理を食べたら、残飯なんて食べられないよ」

「精々洗濯物を盗んだり、寝ている赤ちゃんを起こしたりするのが関の山だけどね」

「やっぱりまぼろしネズミさんでなければ、大きな仕事はできないな」


 マネギンたちは話し合っていたが、俺様にはどうでもいい話だ。

 俺様のできることはバーニーの指示で動くことしかできないけどな。


「あれ? あそこに人間たちが固まっているよ」


 マネギンのひとりがひそひそ声でつぶやいた。確かに人間たちが集まっている。しかしこんな人気のないところで何をやっているんだろうか?

 どいつもこいつも真人間の顔じゃないな。人間というより魔物が二本足で歩いているみたいな感じがする。


「くくくくく、もうすぐここをマギーが通る。あの女を人質にして、ハーゼを自在に操るんだ」


 なんか人相の悪い男が、不快な笑みを浮かべていた。声を聴いただけで身震いがする。


「ハーゼさえ押さえておけば、この国を自由に扱える。ドクメント帝国と戦争できるんだ」

「いっひっひ、俺たちがここで犯罪を犯しても、帝国が俺たちを守ってくれるんだ。思う存分、暴れてやるぜ」

「まったくだ! あっはっはっはっは!!」


 男たちは闇の中でげらげら笑っていた。そもそも犯罪を犯すという言葉は間違っている。重複しているぞ。さすがの俺様でもこいつらの頭の悪さは理解できた。


「あいつらはおろかですね。ハーゼを捕らえるどころか、マギーすらどうにかできると本気で信じているようです」


 その横でマネギンのマネビンが言った。こいつは他のマネギンより、はるかに賢いのだ。妹のアネギンは人間に変身して、ハーゼの秘書をしている。


「まあ、俺様も同意見だな。普通の人間があいつをどうこうできるわけないだろうが」


 俺様は呆れていた。そのつぶやきが聴こえたのか、男たちが一斉に振り向き、にらみつけた。


「ああん、なんだぁ?」

「おいおい、魔物だぜ。しかも、雑魚のビッグマウスだ。ゴミカスのマネギンまでいるぞ」

「くっくっく、俺たちの話を聞いていやがったか? かわいそうだが口封じに殺すしかないねぇ、いっひっひ!!」


 男たちは胸糞悪くなる笑顔で、立ち上がった。

 なんだろう、こいつらを見てもちっとも怖くない。ハーゼと比べれば、まったく平気である。

 後ろにいるマネギンたちは怯えていた。人間たちのむき出しの悪意に、身体をプルプル震わせている。


「ふん。あなたたちはまぼろしネズミさまを知らないようですね。エアツェールング王国にいながら、無知にもほどがありますよ。生きてて恥ずかしくないんですかね。いや、知らないから生きてられるんですな。私だったら穴があったら入りたいくらいですよ。厚顔無恥はどれほど恥さらしか、こいつらを見ているとよくわかりますな。あっはっは」


 マネビンは高笑いした。なにこいつ、こいつらをめちゃくちゃ挑発しているよ。

 ああ、こいつらの顔は真っ赤だ。怒りで沸騰しているぞ。

 それでも俺様は平然としていた。ハーゼどころかマギー、いや、エリザーベトかグレーテルと比べても格段と落ちているね。


「てめぇ!! 雑魚のくせにむかつくんだよ!!」

「大体魔物のくせに人間さまの言葉をしゃべるんじゃねぇよ、気持ち悪いんだよ!!」

「ドクメント帝国じゃ、魔物は獣と同じなんだよ!!」


 だよだよ、うるさい奴らだ。とはいえ俺様の実力はこいつらより下回る。しかも手には剣や斧を手にしていた。俺様は無手だから相手にならない。

 こいつはチャンスだ。俺様がこいつらに立ち向かい、無残に殺されてしまえば、後ろのマネギンたちは俺様に失望するだろう。

 もし鏡があれば、俺様は会心のどや顔を浮かべているに違いない。


「まったくピーチクパーチク、うるさい人間どもだ。この偉大なるまぼろしネズミさまが相手をしてやる。殺されたくなければさっさと消えろ。馬鹿ちんが」


 俺様は挑発してやった。この状況でも俺様は冷静さを保っている。やっぱりハーゼと付き合っていると神経が太くなるな。感謝はしないけど。


「ぐおぉぉぉおおおおおおお!! 俺たちをバカにしやがってぇぇぇえええええええ!!」

「殺す、殺してやるぅぅぅううううううう!!」

「ただでは殺さねぇ!! 股にのこぎりを当ててゆっくり切ってやる!! もしくは肛門から鉄の串を刺して火あぶりにしてやるぞぉぉぉおおおおおおお!!」


 こいつら白目を剥いて、口から泡を吹いているぞ。なんというか沸点が低すぎる! これならハーゼににらまれたほうがまだ怖いぞ!!

 とはいえこいつらの事情などどうでもいい。さっさと突撃してわざと死んでやる。これで俺様は静かな生活を送ることができるのだ!!


 俺様は走り出す。男のひとりが剣を横にふるった。よし、この剣に斬られれば胴から真っ二つだ!


 すると俺様は転んだ。つるんと足が滑ったのだ。

 振るわれた剣は横にいる男のわき腹を切り裂いたのである。

 男の絶叫が響き渡った。斬られた男は目が血走り、手に持った斧で、自分を傷つけた相手に振り下ろした。

 そこからが地獄だった。斧は別の人間にふるわれたのだ。

 俺様が起き上がると、よろよろと倒れてしまい、軌道を変えてしまったのである。


 斬られたといっても薄皮程度だ。針仕事で針を刺すのと同じくらいである。

 ところが男たちは獣のように吠えだした。自分を傷つけた人間に怒りをあらわにしたのである。

 今まで誰ひとりに傷つけられなかったような、切れっぷりであった。


 俺様は這う這うの体で逃げ出すと、人間たちは俺様たちを無視して争いを始めたのである。

 その横をマネビンが立った。脚がないから立っているとは言えないが。

 マネビンは大きく息を吸うと、一気に息を吹き出した。それはけつく息であった。

 その息を吸った人間たちはびくんと身体を震わせると、がくがくと口から泡を吹き出し、倒れて行ったのである。

 マネビンの吐く息は人間の身体をマヒさせる力を持つのだ。

 もっともマネギンたちは過小評価している。ド派手な攻撃ではなく、地味だからだ。俺様にしてみれば相手の動きを封じる最適な手段と思うがな。


 そこに馬車の音が聞こえた。もしかしたらマギーが乗っているのかもしれない。元々人間たちはマギーを狙っていたからだ。

 俺様は関わり合いになりたくないので、さっさと逃げることにした。


 ☆


「本当にすごいんだよ! まぼろしネズミさまは人間たちの攻撃をかわすだけでなく、相手を自滅に追い込んだんだ!!」


 逃げ帰った後、マネギンたちは他の魔物たちに俺様の武勇伝を吹いていた。

 特にうさ耳魔女のウサリーは目を真っ赤に輝かせている。まあ、元々目が赤いから比べようもないけどね。


「まったく人間たちは馬鹿だね。まぼろしネズミさんの相手になると本気で信じていたんだよ!!」

「それ以前にハーゼの子分を捕らえて、ハーゼに命令させようとしたんだ! 本当に愚かとしか言いようがないね!!」

「そのまぬけな人間どもをまぼろしネズミさまは翻弄させたんだ! やっぱりすごい魔物です!!」


 マネギンたちは俺様を褒めたたえた。間違ってはいないわな。実際は人間たちのミスが誘発しただけなんだけどね。


「ふっ、ふん! どうせ、偶然だわさ! 悪運の強いネズミだわさ!! ……でも、すごいと褒めてあげてもいいだわさ」


 ウサリーはなぜかもじもじしている。生理かと、尋ねたら顔を真っ赤にして、蹴りを入れやがった。まったくメスの考えていることはよくわからない。


「けど、人間たちがハーゼを狙うなんて正気の沙汰じゃないだわさ。そんな人間が出るなんて信じられないだわさ」

「それは相手がこの国の人間ではないからですよ」

「マネビン? どういうことだわさ」

「この国の人間は多かれ少なかれ、神の神託を妄信的に信じるのです。まぼろしネズミさんと行動を共にした人間たちは別にしてもね。相手はドクメント大陸に住んでいた人間です。彼らはぼくら魔物に近い性質を持っているのですよ」


 これは初耳であった。そもそもよその国の人間など初めて見たな。確かにマネビンのいうとおり、魔物に近かった気がする。

 

「ですがどうでもいいことです。今回の事でまぼろしネズミさんの株が上がりました。ウサリーさんの結納の日が近いですね」


 マネビンが囃し立てる。ウサリーは頬を赤く染めた。俺様は正直乗り気ではないけどな。

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