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第79話 ラプンツェル・ド・フットナー夫人

「もうそろそろ来るはずだがねぇ……」


 フレイヤはちらっと横を振り向いた。待ち人は自分の妹であるラプンツェル夫人だ。そして製薬ギルドの名目上の副マスターである。

 私もいったいどういう人か、楽しみだ。しかしマギーの顔は曇っていた。あまり、人様に自慢できない姉なのかもしれない。


 すると森の中が騒がしくなった。鳥の鳴き声がして、一斉に羽ばたいている。がさっがさっと音がすると、空から何かが降ってきた。

 すたっと私の目の前に着地する。銀色の長髪で、褐色肌。白いバニースーツを着た女性であった。

 

「オラァ! 俺の名前はラプンツェル・ド・フットナーだオラァ!! お前が噂のハーゼだなオラァ!!」


 ……なんか口がやたらと悪いな。顔はエキゾチックで目元は黒いメイクが施されている。鼻も高く、唇は小さい。見た目は黒ギャルに見えるが、よく見るとむき出しの方は恰幅がよく、まるで鉄の鎧のようだ。足も長いが、カモシカのように太く、丸太のようである。

 フレイヤより低いが、二メートルほどの長身だ。全身から武人のような雰囲気を出していた。バニーガールなのに色っぽさがまったくないのは驚きである。


「ラプンツェル! あいかわらずの口の悪さだね。今日に備えて言葉遣いを直せとあれほど言っただろうに」


 フレイヤは不機嫌だった。まるで母親のように叱っている。ラプンツェルは30歳で二児の母親だが、昔からその調子だそうな。彼女は説教を右から左へと聞き流している。


「フレイヤの姉貴もひさしぶりだなオラァ。マギーも元気そうで何よりだ、いい女と毎晩しっぽり楽しんでいるようだな、肌の艶が最高だぜオラァ!」

「……それはどうも」


 若干マギーは頬を染めている。やっぱり恥ずかしいのだろう。しかし男爵夫人なのになぜここまで変人なのだろうか。


「ラプンツェル! あたしの話は終わっていないよ。なんで言葉遣いを直さなかったと聞いているんだよ!!」

「うーん、実のところさっきまでは、きちんと標準語でしゃべっていた……、のだぜ。けど先ほどまで敵と戦っていたから、言葉遣いが元に戻っちまったのだぜオラァ!!」


 この人はいちいち語尾にオラを付けないと死ぬのだろうか。さっきは無理して舌を噛みそうだったな。冷や汗を流し、汗まで垂らしていたね。


「あの、敵とは誰ですか?」


 私はマギーに耳打ちした。


「ラプンツェル姉さまの妄想です。フットナー家に嫁いで以来姑と戦争して以来、トラウマになってしまったです。ちなみにお姉さまは最初か細い身体でしたが、現在は歴戦の騎士と同様の肉体と、戦闘経験を得ました。人間相手ならゲリラ戦で一個師団を翻弄する実力があります」


 ……開いた口が塞がらないな。嫁姑戦争で、なんで戦闘民族になっているんだか。


「フットナー男爵は強い女性が大好きなのです。好みはルドルフ元将軍のような女性だそうですよ」


 それ、ハードルがムチャクチャ高いよね。そんな女がどこに……、ここにいたか。


「ラプンツェル夫人お初にお目にかかります。ハーゼ・ド・ヴァイスシュネーと申します」


 私は一応挨拶をした。ラプンツェルもうむと頷いた。


「お前がこのバニースーツを発明した戦士なのだなオラァ。まったくこの衣装は最高だぜオラァ。普段は茂みに隠れたあんさつざるを簡単に見つけられたし、とっこうドッグの額を一撃で粉砕できたし、スニークカラスの気配を悟られずに投石で倒せたのだオラァ!!」


 ちなみにあんさつざるは人間大の猿の魔物で、人間をこっそり殺して荷物を奪う性質がある。騎士団でも駆除に追われているが、逆に犠牲者を出す危険性が高い魔物だ。

 とっこうドッグは牛のように巨大な犬で、額はハンマーのように盛り上がり、鉄のように硬い。木造建ての小屋など特攻で破壊してしまい、騎士団の盾も簡単に吹き飛ばすのだ。

 最後にスニークカラスは巨大な烏で、その名の通り、スニーク、卑怯な戦法を取ることで有名だ。集団で弱そうな女子供や家畜を狙い、強そうな相手が来たらすぐに逃げる性質を持つ。その勘はするどく強い相手の前には一切現れないという厄介な相手だ。

 回収人たちでも苦労しており、そのくせろくな素材を出さないため嫌われている。討伐するのは騎士団くらいだ。ラプンツェルはそれらを駆除したという。大したものだ。


「……こんな脳筋の人に、製薬ギルドを任せられるのですか?」

「任せられます。私たちにはこれがありますので」


 そう言ってマギーはどこからともなく一冊の本を取り出した。

 これはギルドのマニュアル本である。私が神の知識を駆使し、あらゆるトラブルに対応できるように記したものだ。

 この本の内容は貴族出身の人間なら、なんなく理解できる代物である。さらにギルド内での規則も徹底的に考えていた。ギルドに所属したら職員の地位は関係なく、自分の役職は責任をもって全うするとしているのだ。


 この本は副マスターに預けてある。例えマスターでもルールを破ることはできない。マギーはラプンツェルにマニュアル本を渡した。


「ふむ、ふむふむ、ふむぅ!!」


 彼女は本を流し読みした。そしてぱたんと本を閉じる。


「オラァ! こいつはすごくわかりやすい内容だなオラァ! きめ細かい対処法が書いてあるから、どんなことでも対応できるぞオラァ!!」


 ラプンツェルは興奮していた。脳筋でも貴族の端くれ。マニュアル本のすごさを理解しているようだ。普段は戦闘狂だが貴族のたしなみは忘れていないようである。


「うむ、ニワトリ並みなラプンツェルの頭でも理解できるなんて、すごいもんだ。さすがはハーゼだね。珍しい料理や道具を生み出すのではなく、こういった道徳教育を重要視しているのが、すばらしいね」

「その通りですわ。マスターのすばらしさは、まさにそれです。ゴリラ人間のラプンツェルお姉さまが人間の生活に戻れただけでなく、自分の生み出したアイディアに責任を持つ人格者でございますわ」


 フレイヤとマギーは褒めたたえた。なんだかこそばゆいな。ラプンツェルのような脳筋でも理解できるからこそ、このマニュアル本が大事なのである。

 というよりラプンツェルをさりげなくディスっているよね。当の本人は照れくさそうにしているけど。


 そこに馬車の音がした。扉や窓の装飾品を取り付ける鍛冶ギルドの人間だろう。さらに護衛として騎士たちがついてきたのだ。


「ハーゼさま、お待たせしました。工事を行いに来ました」


 騎士のひとりが敬礼した。私は頭を下げず、礼を言う。貴族は簡単に頭を下げてはならないのである。

 鍛冶ギルドの面々が馬車に積んだ荷物を降ろし始めた。騎士たちも彼らを守るために配置についている。


「あっ、フットナーさま。先ほどはありがとうございました。賊を倒していただきありがとうございます」


 騎士のひとりがラプンツェルに、うやうやしく頭を下げる。


「いっただろうオラァ。俺はここに来る途中、敵と戦ったとなぁ、オラオラ!! ドクメント帝国のひよっこどもだったよオラァ。あそこのやつらはガキの頃から軍隊学校に通っているはずだけど、やる気がないから、弱っちいねオラァ」


 ラプンツェルは腰に両手を当てて、胸を張っていた。どうやら敵と戦ったことは本当らしい。しかしドクメント帝国か。ここ最近不穏な空気が出ている。何か裏があるかもしれない。


「なにもありやしないさ。そいつらはただ頭の弱い子供だよ。自分たちがこの国で大量虐殺をしても、帝国が守ってくれると信じ切っている馬鹿どもさ」

「そもそもこの国に来た時点で、帝国の加護はありません。今まで犯罪行為を起こして、この国の法律で数十人裁かれたにもかかわらず、まだ法律が自分たちを守ってくれると信じているのです」


 フレイヤとマギーの話によれば、ドクメント帝国の若者は大勢この国に来ている。大抵はこの国の居心地の良さに同化するのがほとんどだが、品のない馬鹿たちが事件を起こしているそうだ。そしてこの国の刑罰を喰らい、騙されたと憤るのがほとんどらしい。いったいどういう神経をしているのだろうか?


「まあ、実のところ帝国にはうちの若者も移住しているんだよ。向こうじゃ闘争心のない奴は野垂れ死にするからね。この国の生ぬるさに辟易している奴もいるのだよ」

「正直、俺もドクメントに行きたいぜオラァ。もっとも夫が夜のベッドで関節技を決めるから、いつも挫折しちゃうのだぜオラァ!!」

「ラプンツェルお姉さま。品のない言葉を吐かないでくださいまし」


 シュピーゲル姉妹は姦しい。性格はまったく反対だが、どこか似たような姉妹だ。

 筋肉ムキムキの父親、ビスマルク・ド・シュピーゲル12世に近いと思う。

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