第73話 マギーとの話
「おかえりなさいませ、マスター」
料理ギルドのマスターの部屋に入ると、ひとりの女性が迎えてくれた。
銀髪のおかっぱ頭で、赤い淵の眼鏡をかけている。マネキンのようにすらっとした長身で整った顔立ちだが、どことなく人形のように無機質に思えた。
赤いバニースーツを着ているが、やはりマネキンのように飾られた印象が強い。
料理ギルドの副マスター、マギー・ド・シュピーゲルであった。
「ただいま。ズンブフ村はずいぶんと変貌していたわ。びっくりしたわね」
私は自分の机の前にある椅子に座った。どっこいしょとつぶやきそうになる。マギーは書類の整理を続けており、こちらを向いていない。
お供のミルドレッドは挨拶したら部屋を出て行った。
「私も報告で聞いておりましたが、魔物たちが普通に闊歩しているとのことでしたね」
「そうでしたよ。村人は魔物の毛皮を着たりして、魔物のふりをしていたわ」
「レオパルド領でも同じことはしてましたね。元々、魔物の格好をすることで、魔物に自分たちと同じと思わせる風習はありました」
ハロウィンと似たようなものかな。まぼろしネズミもヴォルケに預けた料理を受け取るために、村に来ていたけど、領民は魔物の格好をしてまぼろしネズミと普通に接していたというからね。
人間と魔物の差はどれほどなのだろうか?
「さてこちらの話に戻しましょう。現在料理ギルドの加入者は王都内でもかなりの数に上りました。それと王都以外にも加入者は増えております。それに伴いうちと契約した農村の数も増えておりますね」
そう、私はギルド加入者には、うちと契約した農家以外との売買を禁止している。食材の値段を一定にすることで、料理の代金を抑えるためだ。
最初は東方にあるレオパルド領と契約した。膨大な農地に数多くの農村があった。そこをレーンスヘル・ド・レオパルド子爵がひとつにまとめたのである。
もちろん農民だけに負担をかけさせない。今後、彼らのために製薬ギルドから肥料や農薬を格安で提供するのだ。さらに鍛冶ギルドと連携して便利な農具も製造し、販売している。
もっとも他の領地は他で契約している。なるべく地産地消が理想的だからだ。香辛料や砂糖などの調味料は別であるが。
仕事の片手間にアインデッカー領やシュピーゲル領とも契約しているし、マッケンゼン領では魚介類を購入している。こちらは特にトラブルはないので、詳しく話をしてないだけだ。
「問題は数が多いことですね。教育が行き届いておりません。監視の方も目が届かないのが現状ですね」
「急激に加入者を増やしたくはないけれど、仕事がほしい人は多いですからね。そういった人には優先しておりますが、それでも教育する人間が少ないのが問題だわ」
「最近では未加入なのに勝手に店を出すケースも増えています。その手の輩は品質の悪い料理を提供しており、ギルド職員も摘発に追われていますね」
そう、すべては私の責任である。ギルド加入者には徹底的に教育し、整理整頓を叩きこんだ。しかし加入者は日々増える一方である。書類選考で店を開いたら身体を壊しそうな未亡人に、才能のない人間は調味料づくりなどに回していた。
それをマギーがひとりで回していたのである。彼女はまるで頭の中に複数の人間がいるかのように、処理していくのだ。
正直、彼女がいざ倒れると太刀打ちできなくなる可能性が高いため、他の職員にも手伝わせている。7人でマギーひとり分にまで教育させた。
「それと新しい料理のレシピも増えていますね。この間はケーペニックがソースを使ったソースカツ丼のレシピを披露しましたよ」
ケーペニックとは以前教育の際にひと悶着を起こした男だ。一度、私の強さを見せつけた後、すっかり人が変わってしまったのである。
そんな彼がソースカツ丼のレシピを意気揚々と持ってきたのだ。
「ご飯の上に、千切りのキャベツを乗せ、それに揚げたカツにウスターソースをかけたものでしたね。なかなかの美味でした。あのケーペニックが新しく作り出したことに感動を覚えましたね」
元々ソースカツ丼は日本全国にも広まっていたりするのだ。どこが発祥地かは不明である。
「あのような調理法はハーゼの世界でも一般的なのですか?」
マギーは私とふたりっきりのときは、呼び捨てにしている。
「そうですね。基本的に卵とじですが、ソースをかける場合もあります。他にも味噌を利用したカツ丼もありますよ。私の国では地域によって調理方法がまったく違うのです。コロッケにしろ、カレーライスにしてもね」
そう、私の住んでいる北海道でも他県にしてみれば、異質なものに映る場合があるのだ。
例えばご飯の上にバターを乗せて食べることがあるが、テレビだと馬鹿みたいに乗せていた。これは道民の私でも違和感があった。私の場合は醤油で味付けし、かき混ぜて食べていたな。それもおかずのないときによくやっていた。
札幌市ではギョーザのチェーン店があり、ギョーザを乗せたギョーザカレーが安く提供されるのだ。一見ゲテモノに思えるだろうが、ギョーザとカレールーの組み合わせはなかなかであった。
逆に関東の立ち食いソバではコロッケを乗せたコロッケ蕎麦があるという。正直天ぷらならともかく、フライ物を汁にいれるのはどうかと思うが、そちらにしてみれば普通なのだろう。
鍋物も北は鮭を使った石狩鍋に、南は山口県のふぐちりや広島県の鍋の周りに味噌を塗った土手鍋など様々だ。
「そういえば珍しいカツ丼のレシピがありましたよ。野菜炒めを乗せたカツ丼だそうです」
「……、それは誰が提供したのですか?」
「ドクメント帝国の大使館で働いている人です。なんでも本国にカツ丼の事を報告したら、野菜炒めを乗せればおいしいと返事があったそうですね」
なんでもニンジン、タマネギ、ピーマン、キャベツなどの野菜を炒め、卵でとじるという。
そしてご飯の上に揚げたカツを乗せ、野菜炒めをその上に盛るのである。
これは沖縄県の大衆食堂でよくみられるという。しかしドクメント帝国がわざわざ指示したということは、どういうわけだろうか。
「もっとも食す人は帝国の大使たちだけですね。元々あそこの食事は特殊なのですよ。それよりも先ほどの問題は、ハーゼの活躍のおかげで数は減っております。職員たちが不眠不休で働いているので、ねぎらってほしいのです」
私が活躍したというのは、他でもない。アインデッカー領のフォッカー砂漠では魔物の大群を一蹴したり、シュピーゲル領ではヴァイスシュネー王国の天空城の主になったりといろいろだ。
そんな私が料理ギルドのマスターなのだ。よほどの馬鹿でない限り、逆らおうなんて発想はない。問題を起こしているのはその例外なのである。
「できれば職員たちの力で解決してもらいたいわ。私に頼りっきりの体制は問題があります。いざ私がいなくなったら機能停止するなど、あってはならないことです」
「はい。そのためのマニュアル作りは完璧です。問題点と教育方法を常に模索しており、職員の質も向上しておりますね。あと、バニースーツのおかげで能力も上がっております」
「……本当のバニーガールは、酒場とかでお酌するものでしたが、今では別の意図で使われていますね。複雑です」
「私も意外だと思っています。ところで明日はレオパルド領の視察をお願いしますね。なので今夜は私とたっぷり癒しあいましょう」
じゅるりとマギーは舌なめずりした。彼女は女が好きなのだ。もちろん相手は私以外に興味はない。
ツァールトのサキュバスの能力では、夢の中で私は本当の中身である男に戻れる。一度マギーとは男女の交わりをしたが、まったく相性が悪かった。
彼女は女性同士でないと、まったく燃えない声質だったのである。
札幌市の餃子カレーは、みよしのという店で提供されています。
値段は手ごろで、おいしいですよ。
食生活は本当に地域によって違いますからね。




