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第74話 レオパルド子爵の意外な趣味

「あいかわらず、のどかですね」


 私は馬車に揺られながら、周りの景色を眺めていた。どこまでも広がる麦畑にぽつんぽつんと家が建っているのが見える。

 まるで童話に出てきそうな平和な光景であった。実際にこの世界は童話をモデルにしているそうだ。

 それを認識できるのは異世界転生者である私くらいだろう。


「はい、王都は過ごしやすいですが、どこか狭い感じがします。逆に私はこちらのほうが好きですね」


 隣には秘書のミルドレッドが座っていた。黄色いバニースーツを着た地味な女性だ。背は低く、メガネをかけているがどこかイモ臭い。田舎に出たばかりで、慣れない事務仕事に四苦八苦しているような感じである。

 実のところ彼女は魔物のメイジマネギンのアネギンで、人間に変身しているのだ。これは幻術ではなく、実際に人間に変化しており、簡単には戻れないという。


「うん、オイラもこちらのほうが好きだよ。ハーゼと一緒はうれしいけど、息苦しいから嫌いだな~」


 その横で響く声がした。外では五メートルほどの巨人、雲魔人のヴォルケが歩いていた。見た目は5歳くらいの幼女がそのまま大きくなったと想像してほしい。

 黒いスカートのようなバニースーツを着ている。色気より可愛らしさが勝っていた。


「そうですね。王都は設備が充実してて、何でもそろっていますが、どこか狭い感じがします。逆に田舎は不便ですが、王都にはない自由な空気がありますね。もっとも田舎でも村ごとに因習があり、厳しい掟があります。それを破ると村八分、仲間外れにされる可能性があるので、一概にどちらがいいとは言えませんね」


 前世での冬の北海道は雪捨てが重要だ。都会はもちろんだが、田舎でも広い私有地によその人間が勝手に雪を捨てる場合がある。都会の隣人の無関心さも問題だが、田舎のほうもさらに深刻な状態であった。

 おそらく魔物の世界でも似たようなものがあるだろう。


「まったくその通りです。獣系は本能で縄張りを張っていますが、ネームドモンスターはなまじっか知恵と感情を持つため、縄張り争いがこじれる場合がありますね」


 ミルドレッドがため息をつきながら答えた。いろいろ苦労しているようである。

 ヴォルケは話についていけず、時折飛んでくる鳥たちが彼女のうさ耳に止まったり、リスなどの小動物が手の平まで登ってきたりしていた。

 彼女を見ると癒されるね。仕事は大変だけどヴォルケのおかげでがんばれる。


 そのうちに馬車は目的地に着いた。童話に出てきそうな屋敷である。この辺りを治めるレーンスヘル・ド・レオパルド子爵の屋敷だ。

 すでにメイドたちが整列しており、屋敷の扉が開いた。そこからこれぞ貴族という感じの男性が出てきた。

 金髪カールに片眼鏡、ひげを生やしている。豪奢で装飾品が多い重そうな服を着ていた。

 40代の男性で、彼がレオパルド子爵なのである。


「ようこそヴァイスシュネー公爵。お待ちしておりましたぞ」

「ごきげんようレオパルド子爵。本日は公爵ではなく、料理ギルドのマスターとして赴きました」

「そうでしたな。ではざっくばらんにお話ししましょう」


 こうして私とミルドレッドは屋敷の中に入る。ヴォルケは外で遊んでもらう。仕事の話はつまらないからだ。


 ☆


「……あれはなんですか?」


 仕事の話はすぐに終わった。ミルドレッドはマギーが作ったマニュアル本に沿って、交渉したので、問題なく落ち着いたのだ。

 屋敷の中は典型的な金持ちらしさが出ていた。床は真っ赤な絨毯に、壁には水晶で出来た照明が設置されている。天井にはシャンデリアがぶら下がっており、壁紙は真っ白で風景画が飾られてあった。

 

 その中で私は信じられないものを見た。それは私だったのだ。もちろん私はここにいる。しかし目の前のそれは、もうひとりの私だったのだ。

 私は椅子に座っていた。バニースーツを身にまとったそれは凛とした表情を浮かべ、ピンと背筋を伸ばしていたのである。座っているだけで絵になる姿だ。

 

「……いったいこれはなんですか?」

「おお、ハーゼ殿。やはり目に留まりましたな。これは私が夜なべして作った傑作でございます」


 レオパルド子爵がとんでもないことを言い出した。私はあらためて近くでそれを見る。

 肌の質感はまさに人間そのものだ。手を取ってみると人間と同じ肌触りと硬さを感じる。

 着ているバニースーツは私の物と同じだ。うさ耳バンドは、熊とカブトムシが合体したくまかぶとの殻だ。バニースーツは、巨大な人食いバラの魔物、ブラックローズの葉っぱで作られている。網タイツは、空飛ぶ巨大な蜘蛛、フライスパイダーの糸で編んでできたものだ。


「……これはすごいですね。まるでもうひとりの私を見ている気分です」

「はっはっは。そうでしょうとも! 皮膚はニードルボアの皮をなめして作ったのです。中の骨はカワハギ熊の骨を加工して、髪の毛はとうもろこしの魔物、キルコーンのふさふさで作りました。すごいでしょう」


 うん、すごいね。もうね、なんというか開いた口が塞がらない。そもそも本人を目の前にして自慢する神経が理解できない。


「衣装はマスター・ヨルクが懇意で作っていただきました。ほら、この豊満な乳房をごらんなさい。病人が顔をうずめるとたちまち病が治るのですよ。それに網タイツに包まれた臀部もすばらしいです。手の平でぱちんぱちんと叩くと、悪霊たちを退散させることができるのですよ。教会ではすでに魔除け人形として配る予定です」


 あれ? 何か話の方向性が違うな。エッチな目的で作ったわけではないのか?


「あのレオパルド卿。あなたはこの人形を使って、欲望を満たすつもりではないのですか?」

「あなたは何を言っているのですか? 私は最初から魔除けとして作ったのです。第一あなたに対して欲情など沸くわけがありません。あなたは神聖な身体なのです、その身は魔物を退散させる威力を発揮するのですよ。すでにマギー殿にも連絡済みですし、神皇しんおう様の許可も取っております。一体金貨百枚ですが、すでに百体予約済みです。ここ最近は一日一体ずつ作っており、寝不足ですな。あっはっは!」


 へー、私の人形は魔除けなんだ。もう笑い話でしかないね。すでに百体も予約があることに驚きだよ。


「……ところでレオパルド卿が人形作りを得意とするなど、初耳なのですが」

「それは当然ですね。なぜならつい最近になって作り出したのです。ちょうどまぼろしネズミによってあなたの乳房を晒された日に、頭の中に天啓がひらめいたのですよ。なぜかというとあなたの乳房を見て、病人たちが癒されたのですから」

「それも初耳です。私の胸にそんな効果があるとは知りませんでした」

「ついでにいうと最初は乳房だけ作ろうと思いました。ですが、あなたがまぼろしネズミに指浣腸されたとき、尻の必要性を感じたのです。ならば等身大の人形を作るべきだと思い立ったわけですな」


 正直言えば気持ち悪いかな。いくら私の中身が40代の中年親父でも、等身大人形を製造されたら嫌悪感は沸く。しかし実際には魔除けとして作られたことに、なんとも言えない気分になった。

 本人は魔物除けとして真面目に作ったから、頭ごなしに怒鳴るわけにはいかない。

 これが金儲けのために、こっそりと作ったのなら切れてもいいけど、悪意がないから拳の振り落とし先がわからないのだ。


「お~、ハーゼがもうひとりいるね~」


 ヴォルケが窓から覗いてきた。そういえばあの子はこの人形を恐れないのだろうか。


「おそらくヴォルケ殿は長い間ハーゼ殿と一緒にいたからでしょう。まったく影響はないと思われますな。これが普通の魔物なら退散させることが可能です。実際に森の中に担いでいったら、森カバなどの魔物が逃げて行きましたからね」

「……これは魔法がかかっているのですか?」

「いいえ、魔法ではなく、因縁ですね。エアツェールング王国ではあなたの名を知らない者はおりませんし、魔物たちもあなたを恐れています。その力が人形に宿り、もうひとりのあなたを作り出したのですよ」


 確かにそうだ。この王国では良くも悪く私の名前は知れ渡っている。

 そういえばまぼろしネズミはどうなんだろう。よくわからないな。

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