第69話 まぼろしネズミとマネギン軍団
「お前ら―、とっととかかれー!!」
俺様は号令をかけた。今は夕方で、もう少し手太陽は沈むぎりぎりだ。森の中にあるレオパルド領からエアツェールング王国へ繋ぐ公道で、数台の馬車が進んでいた。
俺様の背後にはマネギンたちが勢ぞろいだ。いつものノーマルな奴らはもとより、毒を吐くグリーンマネギンに、酸を吐くアシッドマネギン、魔法が得意なメイジマネギンも控えているのだ。
馬車は王都の商人がビールを買い付けに行った帰りらしい。ビア樽というやつで保存されているそうだ。
馬車の周りには鎧を着て、剣を佩き、槍を持つ屈強な人間の男たちが護衛をしていた。
料理ギルドの許可を得て、買い付けをしているそうである。しかし俺様には関係ない。
「なんだ! マネギンじゃないか!!」
「ふん、こんな雑魚など、蹴散らしてくれるわ!!」
「今日はボーナスステージで、ラッキーだぜ!!」
男たちは意気揚々して、俺様たちに襲い掛かる。マネギンは玉ねぎの魔物だ。形が悪いからと言って、畑の隅に捨てられた哀れな玉ねぎたちだ。それに大魔女エヴァンジェリンさまが魔力を注いで、魔物として蘇らせたのである。
かくいう俺様も普通のドブネズミで、ズンブフ村の倉庫に設置してあったネズミ捕りの犠牲になったのだ。
人間にしてみればマネギンは一番の雑魚であり、大人が踏みつぶせばすぐに潰れる気持ち悪い魔物なのだ。
巨大なおばけデンデンは見た目が気持ち悪いので、すぐに討伐されるのである。
俺様ことビッグマウスもでかいだけのネズミで、ギルドの回収人ですら目に入らない矮小な存在なのだ。
しかしこの日の俺様たちは全く違う。こいつらは全員ネームドモンスターだ。呪文や特技の数が桁違いである。
「ぐふふふふ。ポイズンバブル~」
グリーンマネギンはどろどろの腐ったタマネギで、口から無数の泡を吹いだした。緑色の泡は毒で、腹を出す威力があるのだ。
「ぐふぅ! お腹が痛くなった!」
「ひぃぃ! 早く出したい! 紙をくれ!」
「いやーん! 漏れちゃうよ! 地獄だぁ!!」
人間の男たちは一斉に腹と尻を抑えて、茂みの中に消えていった。
さすがはグリーンマネギンだ。名前はグリギンである。
毒の泡を躱した人間たちは、見る見るうちに顔が真っ赤になった。雑魚のマネギンに恥をかかされぶちきれているのだ。
「許さねぇ! 偉大なる傭兵団、真夜中の猟犬に喧嘩を売るなんてな!!」
「クズどもが! 我らの素晴らしき魔法で、貴様らの生きた証など、消し炭にしてくれようぞ!!」
そう言って、全身をローブで覆った男が前に出た。こいつは魔法使いだ。傭兵として活躍する魔法使いは人生の落後者だと、大魔女さまはおっしゃっていたな。
「偉大なる太陽よ、素晴らしき精霊たちよ。我が名は煉獄の炎を操る者なり。我の呼びかけに応じよ。生きとし生けるものに宿る炎の力……」
「長い」
アシッドマネギンのアシドンが口から唾を吐いた。アシッドマネギンは真っ赤な玉ねぎだ。そいつの唾は酸性が強く、目に入ったら、三日は目が開かなるのだ。
「ひぃぃぃぃ!! 目がっ、目がぁぁぁ!!」
「おのれ、最後まで口上を訊かないとは、なんと無粋なことよ! だから魔物は嫌いなんだ! ぶっ殺してやる!」
結局人間たちは剣を抜き、槍を振り回し、斧を高々とあげて、襲い掛かってきた。
最後は力任せなのだ。人間など学習能力がまったくない、みじめな生き物である。
こんなやつらが威張り散らす理由はただひとつ。自分たちの数が多いに他ならないからだ。
「ふふふふふ。みなさん、おこりんぼさんですねぇ。リラックス、リラ~ックスですよぉ」
フラワーマネギンのラワーマが、前に出た。頭に白い花を咲かせたピンク色のマネギンだ。
ラマーワの花の香りは、感情を静める効果がある。男たちは見る見るうちに戦意を消失していった。
「あはははは、なんかやる気がなくなったね~」
「ほんとだよね~、もうめんどうくさくてたまらないよ~」
「もう寝ちゃおうか。おやすみなさーい!」
男たちは地面に大の字で寝そべり、いびきをかきだした。あっという間に傭兵団は無力化され、商人たちは全員外に出て、ひざを折り、手を組んだ。その眼には涙が浮かんでおり、豚小屋の豚のような哀れさを感じた。
「おっ、お願いです……。命だけは助けてください……」
「ふん、俺様は人間などどうでもいいんだ。ほしいのは馬車の荷物だ。こいつは全部俺様が戴く。文句はないだろう?」
「そんな! これらの荷物は私の商会が命を懸けて仕入れたビールなのですぞ!! それをただでくれてやるなど……」
「いいんだよ~? ここでお前らが死体になって、森の獣たちの餌になるだけだしね~? それにお前らの都合なんてどうでもいいんだよ。黙って荷物を置いて、さっさと消えな」
俺様の背後にはグリギンたちがずらっと並んでいる。雑魚のマネギンたちに傭兵団はなすすべもなく敗れたのだ。商人たちが叶うわけがないのである。
商人たちは泣く泣く、馬車を手放し、徒歩でとぼとぼと歩いて去っていった。
☆
ぶはーーーっ!!
俺様は大きく息を吐いた。仕事が終わり、ようやく解放されたのである。
なんで俺様が強盗まがいの事をしたのかって? 知らねぇよ! 俺様だってやりたくなかったさ!!
でも大魔女さまの命令なのだ。しかも今回だけじゃない。北はシュピーゲル領から、西はアインデッカー領、南はマッケンゼン領と、荷馬車を襲撃したのである。
作戦はすべてマネギンたちで構成されている。実を言うと背後にはマネギンのマネビンが指揮していたのだ。
偵察のために、空飛ぶプロペラマネギンが情報収集しており、それに適したマネギンたちを配置したのである。
「お見事です。まぼろしネズミさま。今日も人間たちに打撃を与えてやりましたね」
「お前にはそう見えるんだろうな。お前にはな!」
「ははは、なんたる自信でしょうか。まるで壮大なウソップ山の如くですな」
「お前は耳も悪くなったのか? 耳掃除をすることをおすすめするぞ」
マネビンはどこ吹く風だ。ああ、俺様の腹が痛い。吐き気もする。こいつは俺様を苦しめるのが趣味なのか?
「今回も料理ギルド関係者を襲撃しましたね。荷物には保険なる物がかかっており、例え失っても、一部の損傷は保証されるそうですよ。これはハーゼの出したアイディアだそうです」
「ヘーソウナンダ。あの女が考え出したことは、すごいからねー、そうだよねー」
「はい。実は妹のアネギンが、今回の事件はまぼろしネズミさまであると、大いに宣伝しております。エアツェールング王国内ではまぼろしネズミさまの似顔絵がそこら中に貼られているそうですよ。実に羨ましいです」
「それは指名手配だろうがぁぁぁ!! 羨ましいなら、喜んで変わったるわぁぁぁ!!」
アネギンは、メイジマネギンで、ハーゼの元にミルドレッドという人間に変身している。あのガキ余計なことを!
「……人間たちの間では、俺様の名前は売れまくりだろうなぁ」
「もちろんですよ。人間たちはまぼろしネズミさまを見つけ出したら、生け捕りにして火あぶりの刑か、八つ裂きの刑にするか悩んでいるそうです。どっちも悩ましいですね」
「悩まねぇよ! それ俺様が死んじゃうじゃねぇか!」
「私としてはシンプルに斬首刑がいいですね。はねた首が数日間、飾られますから。そうだ、綺麗に化粧する癖を付けましょう。死んだ後も綺麗でいたいのは騎士の心意気ですからね」
「俺様は騎士じゃねぇよ! というかどっちも俺様死んじゃうじゃねぇか!! お前は俺様に死んでほしいのか!!」
するとマネビンは真顔になった。いや、マネギンはつねにアルカイックスマイルを浮かべているから、怒り顔や泣き顔も区別つかないんだけどね。
いや、神でも構わないか。どうせ大魔女さまが蘇生してくれるだろうし。
「あなたは死にませんよ。ハーゼと結んだ縁は死刑などでは断ち切れません。その証拠に王国の騎士団は懸命にあなたを探していますが、見つけることはできずにいます。実を言うと騎士団の近くで犯行に及んだのですが、当時、プロペラマネギンによると、待機していた村で、豚が大脱走したため、騎士たちは豚を捕まえる作業に追われていたそうです。あなたは運も味方につけているのですよ。倒すことができるのは人間を超えた存在であるハーゼくらいなものですね」
あんまり嬉しくないぞ。俺様は腹痛でろくに飯も食えないのだ。これ以上ハーゼを怒らせたくない。今にひょっこりやってきて、俺様を殺しに来るかもしれないのだ。
「その心配はないようです」
マネビン曰く、アネギンからの情報によれば、ハーゼは目が回るほどの忙しさだという。
人間の王様に、新しいギルドの設立など難題が山積みだそうな。
でも、これって嫌なことを先送りにしているだけだよね。俺様としてはハーゼが殺しに来てくれることを祈ってます。
もうまぼろしネズミの回は7話ごとになってますね。




