第70話 今後の予定
「じゃあ、この書類の通りに進めてください」
「わかりました」
私は自分の部屋で机の前に座ったまま、書類を部下のミルドレッドに差し出した。
彼女はバニースーツを着たまま、頭を下げ、書類を手に部屋を出る。
外は晴天で、窓の外を見ると、子供たちが遊んでいた。雲魔人のヴォルケは特注のバニースーツを着ている。こちらは黒いワンピースタイプのスカートで、セクシーさより、愛らしさが強調されていた。
裁縫ギルドのマスター、ヨルクが雲魔人にふさわしいバニースーツを作ってくれたのである。
黒いうさ耳は、風を読み、黒いスカートは霧など大気中の水分を効率よく吸収する性質だそうな。よく作ったと感心している。
ヴォルケは5メートルほどの巨体を利用し、子供たちを持ち上げたり、自分の背中を滑り台代わりにして遊んでいた。それを見ると心がほっこりと温かくなってくる。
「ハーゼ。よろしいでしょうか?」
背後から声をかけたのは、副マスターのマギーだ。彼女はいかにもなキャリアウーマン風で、無駄なことを嫌っている。もっとも窓の側に来て、ヴォルケを見る目は優し気であった。
「ヴォルケを見ていたのですね。彼女もハーゼと同じバニーガールになりたいと、ねだっていたので、ヨルク氏が制作してくれたのです。ああ、こちらは一銭も支払っておりません、試作品ということで贈呈されております」
「……正直、私が目指していたのと、違うんだよね。最初は酒場を開いて、店員がバニーガールになるはずだったんです。それが今では別の意味で流行っているし、頭が痛いですね」
「それはどうでもいいですね。大事なのは我がギルドの損失です。ここ数日、ギルドを委託した商人たちが襲撃され、荷物はすべて失いました。被害者はおりませんが、損害は計り知れません」
「……これで保険金制度がなかったら、どうなっていたかしら」
「おそらく、商人の家族は首を括っていたでしょう。あらかじめ家や土地を抑え、損害賠償に当てることができました。以後は、我がギルドから賃貸する形になっております」
保険金制度は紀元前から存在していた。私はマギーに保険の事を教えたが、彼女はそれを独自で制度を作り上げたのである。
毎月決められた金額を払うのはもとより、その後の生活を決めるのだ。大金が動く場合は、その人の財産を差し押さえができるよう、あらかじめ調べておく。財産がなければ大口の取引はさせない。そして突発的な事故があっても、あらかじめ決められた規則に乗っ取り、財産の処理と遺族の今後を決めておくのだ。
実は今回で四度の襲撃があり、うちとしては頭が痛い。被害を受けた商人たちは全員うちの所属となり、料理ギルドが主導する調味料や保存食の製作に従事させていた。
ある意味、料理ギルドが自分たちの眷属を増やしていると思われているのである。
「ふぅ、まぼろしネズミの奴、何を考えているのやら。よくストレスで胃に穴が開かないな」
「彼はあくまで傀儡でしょう。問題はその背後に控えているものです。何を考えているかわかりませんね」
まぼろしネズミがリーダーとなって、荷馬車を襲撃しているのは知っている。そしてあいつが自分で大々的に人間を襲うなどありえないと思っている。絶対に誰か大物の指示で動いているのは、筋というものだ。
逆に私はまぼろしネズミに憐憫の情を催している。
「向こうが何を考えているかはともかく、この件で世間が私の事をどう思っているかが問題ですね。マギーは調べてくれたのでしょう?」
不可解な出来事は、相手の考えを読むことより、その行動の後に起きたことを調べる方が、手っ取り早いのだ。
過程よりも結果が重要なのである。もっとも家庭によっては結果が血華になる場合もあるので、注意が必要だが。
うちで働いているミルドレッドは、魔物のメイジマネギンが変身したものだが、尋ねても答えないだろう。スパイは拷問をするより、優しくしてあげた方がこちらに組みしやすいのだ。
「担当した商人たちは中堅です。全員料理ギルドの保険に加入しておりました。ですが、今回の襲撃で大損害を受けています。その結果、家や土地などの財産はこちらが回収し、賃貸する形になっております。今までは個人で経営していましたが、これからは料理ギルド直営となりますね」
「つまりうちが損害賠償を盾に、相手の店を乗っ取ったということになるわね。世間はどう思っているのかしら?」
「大半は料理ギルド、いえハーゼの下で働けるから、羨ましいという人がほとんどです。ですが中にはハーゼは自分の傀儡を増やしている、このエアツェールング王国を乗っ取るつもりだと噂話をする人もいますね。さらにドクメント帝国の大使館でもハーゼを危険視する動きが強くなっております。それでも好意的な意見が大半で、批判する人間がいたら袋叩きにするのが多いですね」
悪口や陰口を言っただけで袋叩きか。それは問題があるな。あとドクメント帝国か、こちらはどのような行動をとるかさっぱりわからない。
現在、私は料理ギルドだけでなく、製薬ギルドの設立も急かされているのだ。
神の知識を利用して、必要な人材や、ギルドにふさわしい土地と建物、その他もろもろの施設の整備など効率よくおこなっている。
最近は神の知識を利用したおかげで、指示の仕方も慣れたのは大きい。それでも目の回る忙しさなのは変わらないが。
これはヘンゼル陛下が私を遠ざけるためだそうな。忙しくなれば自分との婚約は白紙になると考えているそうである。やっていることは子供と一緒だな。嫌なことを遠ざけても、必ず目を向けなければならないのに。
「まあ、すべての人に愛されている人間などいませんからね。そこは仕方ないですよ」
「ですが別の噂もあります。ハーゼが魔物と手を組んでいると。これは以前あなたがシュピーゲル領にまぼろしネズミと一緒に行きましたからね。バニーガールも魔物と同化するための儀式だと言い回る人もいます」
「なるほどね。確かに問題があります。それと貴族の方はどうでしょうか、むしろ庶民よりこちらの方が危険だと思いますが」
「貴族の方は大丈夫です。前のマスター、ルドルフさまに、各ギルドのマスターたちが説得に回っておりますわ。どちらも性格には難はありますが、元貴族の肩書はそれなりに強いのです。跡を継いだ子息たちも父親に命じられて、自分の部下たちにも教育しておりますので、安心してください」
現在エアツェールング王国は東西南北に挟まれている。
東は農耕地が豊かなレオパルド領。
西は砂漠地帯だが、砂糖が採れるアインデッカー領。
南は海産物と外交の要となるマッケンゼン領。
北は鉱山が多いシュピーゲル領があるのだ。
「以前ヨルク氏が言っていた、ヘンゼル陛下にささげる三つの贈り物の内、最後のひとつがマッケンゼン領にあると聞きました。ですがしばらく落ち着かない限り、マッケンゼン領に行くことはできません。天空城を利用するにしても最後の試練はじっくりと腰を据えておきたいのです」
マッケンゼン領だけ私は行ったことがないのだ。なんでも以前はここの前任者、ルドルフ・ド・マッケンゼン氏の兄が治めていたという。ところが数年前に亡くなっており、夫人のフレイヤが当主代理となった。のちに息子に座を譲り、自分は大工ギルドのマスターになったという。
「フレイヤ夫人はどういう人なの?」
彼女はマギーの年の離れた姉だ。陶器ギルドのマスター、ビスマルク・ド・シュピーゲル十二世の長女である。
「一言で言えば巨大ですね。身体もそうですが、器も同じく大海原のように広いです。そのため領地では当主より人望が厚いという話ですね」
それはそれで問題があるな。自分より母親の方が、頼りがいがあるなら、息子は肩身が狭いだろう。
「かといってフレイヤ姉さまは甘やかすことはしませんでした。きちんと貴族と当主の教育を施してから、マスターになったのです。当主はまだ十八歳ですが、文部両道でそこそこの実力がありますが、姉が個性的すぎるので、影が薄くなってしまったのですよ」
なんとも悲運の強い当主だろうか。マッケンゼン夫人に遭うのが楽しみになってきたな。
「今度、製薬ギルドの本部を建築するのに、打ち合わせがありますので、その時に会えますよ。ですが、当面は王都での仕事がメインです」
マギーが言うと、私はどっと疲れてきた。それでも一度請け負った仕事は投げ出すわけにはいかない。前世の私はただぼんやりと生きていた。目標はなく、ただ食べて寝るだけの日々だった。
この世界では女性に転生し、バニーガールになりたいだけだったが、人生とはままならないものである。
「今夜もふたりで楽しみましょう。ああ、ツァールトさんには絡まないので安心してください。自分では男でも平気と思っていましたが、思ったほどいいものではなかったので」
ツァールトは料理ギルドのメイドだ。子持ちの未亡人だが、サキュバスの能力がある。人の夢の中で性交するのだが、相性が悪ければ一度で終わり、以後は感心を失うのだ。
私の肉体は女性だが、精神は男である。この世界で初めて出会った女性であり、ある意味運命的であった。ツァールトにしても素晴らしいめぐりあわせであり、私と何度も関係を持っている。肉体関係は一切なく、精神のみでの付き合いだ。
もっともサキュバスの能力は万能ではない。衣装などは自由に変えられるが、性別は変えられないのである。私の場合は男から女に転生したから、問題はないのだ。
「楽しみにしているよ」
私はそうつぶやいた。女性同士もなかなかよいからである。ミルドレッドを誘おうとしたことがあったが、変身に耐えられないので断られた。




