第63話 シュピーゲル領での最後の仕事
「帰りは私がお送りいたしましょう」
天空城の当主であるゲルダが言った。私は断る理由がなく、同意する。
「そういえばライチュはどうしましょうか。それにヴォルケの件もあるし」
「雲土の問題もありますよ! この土であんなことや、こんなことを試したいのです!!」
エリザーベトが横から挟んだ。ヴォルケとグレーテルは無反応である。
「雲土はいくらでも持って行ってかまいません。なぜならこの城の主はハーゼ陛下です。私はただの管理人にすぎませんから」
「いや、大魔女と同格の人が、人間の下に就くのはまずいのでは?」
「構いません。私にとって人間であろうと、傅く相手は選びます。ちなみに大魔女エヴァンジェリンと、創造神さまは同格の力を持っていますよ」
ゲルダは何気なく言ったが、それって重大な問題ではなかろうか。だが彼女は話を打ち切り、私たちをシュピーゲル侯爵の屋敷へ送ってくれた。
彼女は外に出て、右手を巨大化させた。城よりも大きかった。それを人力で扇ぎ、シュピーゲル領までやってきたのである。なんか原始的なやり方だなと思った。
「そうそう、ライチュは安心してください。あなたに倒されたために悪意の縁は切れましたので」
悪意の縁とはなんぞや? ゲルダ曰く、魔物は人間を襲うが、私怨はないという。
ネームドモンスターなら人語を理解し、感情はあるが、一度殺されると縁が切れてしまうそうだ。
ライチュは魔法のランプに封じられたが、その体は水分である。生物はランプに入れられないが、食べ物などは入れられるのだ。
彼女の場合、長い間不純物を取り込んできたせいで、悪女へ変化したという。本来は優しい性格らしい。試しにライチュの身体だけ出ろと言いながら、ランプをこする。
すると巨大な幼女が出てきた。ヴォルケより大きい十メートルの巨体だが、小学生並みの体格である。
金髪のツインテールで、勝気そうな表情をしていた。ちなみに全裸であり、児童ポルノに抵触しかねない。私は慌てて城のカーテンで代用させた。
「ふぅ、長年の悪意の垢から逃れられたッチ。ハーゼ殿、感謝しているッチ」
彼女は私に対して土下座した。暴れた記憶はあるが、性格はすっかり丸くなっている。
「……あなたがヴォルケの母親ですか?」
「うむ、そうだッチ。産んですぐヴォルケは今のサイズに成長したッチ。これは雲魔人特有だッチ。当時は数えきれない悪意のせいでヴォルケを突き落としてしまったッチ。母親として失格だッチ」
ライチュは嘆いていた。涙を流し、ぬぐっている。その心に嘘偽りはない。
まあ、当のヴォルケは母親などいたのか? と小首をかしげていたが。
「わらわは身体を霧に変えたから、雲苔がなくてもおなかは空かないッチ。でも、ヴォルケはその秘術を習う前に雲苔を洗い流したから、もうここには住めないッチ。もっとも獣の肉さえ入ってなければなんでも食べられるッチよ」
ライチュが説明してくれた。元々ヴォルケがここに来たのは、私の私用のためだ。故郷に対する思いはない。
それでも天空城が彼女の生まれ故郷なのだ。時折、戻ってきてあげよう。
あと天空野菜や雲羊の乳に、天空カラスの卵も分けてもらった。
彼らの肉体は雲土を作るための養分だが、ここ近年雲土が肥大化したため、適度に採取して構わないとゲルダが約束してくれたのだ。
こうして私たちはシュピーゲル城へ戻った。近くまで来たらゲルダがスプーンを手に、外に飛び出し「シュワッチ!」と叫ぶと、身体が光り出した。
そして千メートルの雲魔人となり、天空城を自らの手で降ろしたのである。
全身真っ白いタイツに、卵のような目に、仮面のような顔が特徴的であった。
「これはクラウドウーマンといって、ヴァイスシュネーの特技のひとつです。ビスマルク王国と戦ったときは、私が変身しました。名目上はライチュが召喚したことになってますけどね」
ゲルダが説明し、ライチュもうなずいた。三分間だけしか巨大化はできないそうだ。納得である。
☆
さてシュピーゲル城に戻ったが、すっかり元に戻っていた。雪は降っているが、氷漬けの人間はひとりもいない。
そこにドワーフに似たビスマルク卿が従者たちを引き連れてやってきた。町の中では住民たちが私を褒めたたえている。ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
「やあやあ、ハーゼ殿。よくぞ帰ってきてくださった。ごらんなさい、我が領地は無事に解放されましたぞ! すべてあなたのおかげです!」
「おーっほっほっほ! 当然ですわね、わたしくたちの実力ならお茶の子さいさいですわよ!」
グレーテルが高笑いする。あなたは何もしてないのに、なんで偉そうなんだろう。これが高貴な血筋の正室なのだろうか。
もっとも訂正するつもりはない。あまり自分の手柄を言いふらすのはまずいからね。
「ボンジュール、お初にお目にかかります。ミーはビスマルク・ド・シュピーゲル十二世でソワール」
ビスマルク卿の背後からひとりの男が現れた。筋肉モリモリで日焼けした肌がまぶしい。髪型は貴族特有のカールした髪型である。真っ白いカイゼル髭に片眼鏡をかけていた。
「ビスマルク十二世……。するとあなたは陶器ギルドのマスターで、マギーの御父上君でいらっしゃいますか?」
「セブレー、その通りでございます。シュピーゲル家はそこにいるフィス、息子に譲りました。私は陶器ギルドのマスターに就任したのでムッシュー」
どうでもいいけど、なんでこの人は裸なんだろうか。しかもボディービルのポーズを取っているぞ。それに端々にフランス語が混ざっている。
「まったく父上には驚かされます。わざわざ引退した身であるのに、こちらに来るなど」
「テッツトァ、お黙りやがりなさい。引退したとて、我が領地を愛する気持ちは失っておりませんがな。故郷が氷漬けのシャーベットになりかけてるのに、黙っているミーではないデフェット」
今のマスター・ビスマルクの言葉からして、この地の様子は王都でも確認できたようだ。
「もしかして大空に映像が浮かんだのですか? 私がフォッカー砂漠に言ってきたと同じような」
「ウィ、まったく同じです。まぼろしネズミがブドンに対して馬乗りしたり、悪態をつくところもみんな見ております。王都ではまぼろしネズミをマサークル、虐殺しろと騒いでおりマチエール」
うわー、まぼろしネズミ涙目だな。王都どころか、外で見かけたら殺されるかもね。もっとも大魔女があいつを見殺しにするとは思えないけど。
「今回の件で、ハーゼ殿の株はうなぎ登りでソワール。なぜなら悪名高いヴァイスシュネーを屈服させたでシルブプレ。さらに伝説の巨人も配下に加えたから、もう国民はおろか、ヘンゼル陛下もびっくらこきまろで、ございますがな」
なんだろう? フランス崩れに口調が軽いな。まるで一昔に出てきそうな喜劇俳優のノリである。
「おじさんは、どうして裸なんだい?」
今まで黙っていたヴォルケが、口を開いた。それに対してマスター・ビスマルクは不機嫌にはならず、にっこりと笑いかける。
「ミーは今年で60歳でシルブプレ。普通の人間は身体が衰えるが、鍛えることで肉体を維持できるのでソワール。陶器ギルドもそう。例え年老いても工夫を重ねることで、頑丈で美しい陶器を作れることを願っているので、結構毛だらけ、猫灰だらけ」
なんかフランス語を加えるのがめんどくさくなってきたのかな。最後の台詞はフーテンの人の台詞だぞ。
というか60歳なのか。マッケンゼン氏とは違う筋肉だな。あちらは原石をそのまま持ってきた感じだけど、こちらはノミで削って整えたように思える。
「おーっほっほっほ! あなたがギルドマスターになってから、割れない食器が増えたとアンネたちが褒めてましたわよ。その一方で陶器が売れなくなったと聞きますわ!」
「これはグレーテル殿下。その心配はございません。陶器はおめでたい日に贈られますし、最近はハーゼ殿のギルドの依頼で様々な陶器が必要となりました。それに回収人たちが各種ギルドに素材を提供するので、金銭は問題ないのですよ」
あ、ついに面倒になってキャラづくりを辞めたな。まあ、突っ込むのは野暮だよね。
そのまま、黙っておこう。
「おじさん、どうしておかしな喋り方をやめたんだい?」
ヴォルケは空気を読まず、突っ込んだ。あとで空気の読み方を教えてあげないとね。それが母親から娘を預かった私の義務だと思っている。
その日はビスマルク卿に豆腐の作り方を教えた。そしてランプからコロッケはおろか、うどんと豆腐を提供する。
料理ギルドのおかげでいろいろな料理を楽しめるが、冬で体の温まる料理を教えてもらい、喜んでいた。
あとウソップにあったウィス樹を報告したが、こちらは発見した私の所有になるという。職員を送って、ウィス樹から酒を保存するための向上を作ろう。
さらに洞窟内には亀竜のアズキゴケもある。そちらは天空城が真上に行けば、直に取りに行けるという。
天空城の雲魔人たちも、肉を使わない料理に感動していたな。別に生でかじる必要はないけど、調理できる人がいなかったから仕方なくかじっていた感じだ。
今度、大豆ミートを使ったハンバーグや空揚げを提供しよう。大豆ミートは大豆を柔らかくし、肉のように加工した食品だ。肉が禁忌の人でもおいしく食べられるのである。
アズキゴケのおかげで餡子が作れるようになった。大福やおはぎなどいろいろ使えるし、甘い物が好きな年頃の女の子にも優しい食材だ。グレーテルは早く餡子で作ったお菓子が食べたいと急かしている。
こうしてシュピーゲル領では実りのある経験を積むことができたのだった。
ゲルダのウルトラマンネタは思い付きでした。なんとなく巨人と言えばウルトラマンかなと思ったくらいです。
ライチュを改心させたのは、母親が悪人のママでは救いがないと思いました。




