第46話 まぼろしネズミとアネギン
「ああ、俺様はどうして生きているのかな?」
なんとなくつぶやいた。周りには玉ねぎの魔物、マネギンたちが大勢騒いでいる。
玉ねぎをさかさまにしたような魔物で、丸い目と口が付いており、どこか愛嬌がある。
「わーい、わーい。今日のゲストはまぼろしネズミさまだ~。大魔女さまが認めたすばらしい魔物さまだよ~」
マネギンたちははしゃいでいる。ここはマネギンの国、マネギン草原だ。
今日はマネギンがこの地に国を作って百年経ったので、そのお祝いに連れてこられたのである。
俺様はいつもの赤い帽子に黒マスク、黄色いマフラーを身に着けており、マネギンたちが作った背もたれのついた木製の椅子に座っている。
さらに土台が数段高く作られており、マネギンたちを見下ろしていた。
マネギンには様々な種類がある。
普通のマネギンはスイカ並みの大きさが一般的だ。
どろりと腐ったマネギンは、グリーンマネギンと言って毒を吐く性質がある。
根っこがクラゲのように太いのが、魔法使いのメイジマネギンだ。
花を咲かせたマネギンは、フラワーマネギンと言い、甘い香りで相手を眠らせる。
赤いマネギンはアシッドマネギンで、相手の目を潰す唾を吐く。
そして他のマネギンより、巨大なやつがキングマネギンとクイーンマネギンだ。
頭に王冠を被っている。キングマネギンは白いひげを生やし、クイーンマネギンは肌がピンク色だ。
「本日は我が国に来ていただき、ありがとうございます。国民全員あなたを客として迎えられたことを、心から喜んでおります」
慇懃な態度で挨拶をするのは、マネギンのマネビンだ。賢いマネギンで、俺様より判断力のある魔物だが、仲間たちの受けは悪い。
みんな同族のマネビンより、俺様を心酔しているのだ。まったくこいつらの気持ちはわからない。
「まぼろしネズミさま。こちらをどうぞ」
マネギンたちが俺様の前に料理を差し出す。それはコロッケだった。木製の皿に数十個盛られている。というか前にヴォルケから分けてもらったものじゃないか。
「これはアネギンが作った物です。妹は人間に化けており、食材や調理道具はすべて彼女が持ってきたのですよ」
「そういうことで~す」
そこに人間の女が現れた。それは茶髪を一束にまとめ、メガネをかけていた。緑色の衣服を着ている。
マギーという人間の女と比べると、どこか抜けている感じがする。
確か名前はミルドレッドといったか。ハーゼと同じギルドに所属しているそうだ。
今朝はハーゼと同じ衣装を着ていたらしいが、恥ずかしいので脱いだそうな。どうでもいいけど。
他のマネギンたちは無関心である。みんなこいつの中身は、メイジマネギンであることを理解しているのだ。
よくハーゼにばれないと思ったが、機密事項を知る人間は、精神防壁という魔法をかけられるらしい。それ故にアネギンの心の声は聴こえないそうだ。
こいつは変身魔法で人間に化けている。一度魔法を解くと変身するのに時間がかかるので、そのままにしているそうな。結構ずぼらだ。
「へえ、お前さんが作ったのか。どれどれ」
俺様はコロッケをひとつかじる。そこそこの味だ。ろくな調理場がないから、いまいちである。
それでも揚げたてサクサクで、潰れたイモがほくほくしている。
他のマネギンたちは初めて見るコロッケを食べて、感動していた。
キングマネギンとクイーンマネギンもおいしそうに頬張っている。
「ところで先ほどのつぶやき。穏やかではありませんね」
アネギンが訊ねてきた。いかん、先ほどのつぶやきを聞かれたか。
「大したことじゃないさ。俺様はなぜハーゼと対峙してたのに、一度も死ななかったと思ったのさ」
「それは素晴らしいことですよ。普通の魔物なら死んでおしまいですし、ネームドモンスターなら大魔女さまが蘇生してくれます。歴戦の強者でも何度も命を落としましたが、あなたのように一度も死なない魔物はいません」
「そうだ、そうだあ~。アネギンの言う通りだあ~。ぶくぶくぶく~」
「そうだよ~、魔物みたいに強い人間を相手に生き残るのはすごいんだよ~」
「どうせ偶然と悪運の結果だろうけど、空気を読んであんたは強いことにしておくよ」
アネギンは俺様を褒めたたえる。後ろにいたマネギンたちもその通りだと同意した。
うわっ、やめてくれ! 俺様をそんな目で見ないでくれ~!!
ちなみに辛辣なのはアシッドマネギンだ。本当のことを言われて、ちょっぴり心が安らぐな。酸っぱい口調がなかなかよい。
「そういえばアネギンは何をしているんだ? ハーゼを見張っても、あいつの弱点なんか見つからないだろう?」
俺様は話を逸らした。するとアネギンは眼鏡をかけ直す。
そしてにやりと笑った。悪だくみを考えているような笑みである。
「別にマスターを倒す必要はありません。そもそも私の目的は大魔女さま以外にもらすことはできないのです」
「そうなのか。それならいいんだ。いったい大魔女さまは何を考えているのやら……」
「ちょっとしたことですよ。ですがそのためにもまぼろしネズミさんの力が必要なのです」
アネギンはそう断言した。からかう口調はない。しかも真剣な目付きで俺様を見ていた。
なんだか尻がこそばゆいな。
「ねえねえ、まぼろしネズミさん。ぼくらと一緒に遊ぼうよ~」
子供のマネギンたちが集まってきて、俺様を誘う。あんまり熱心なので遊んでやることにした。椅子から離れて、子供たちの輪に入っていった。
☆
「ふふふ、リップサービスが過ぎますね。もっともあの人はそれほど浮かれてはいない様子ですが」
アネギンの横で、マネビンが訊ねた。どことなく皮肉めいた口調であった。
「私はおべっかを使ってなどいませんよ。大魔女さまの計画にはあの方の力は絶対に必要なのです」
アネギンは真剣な表情で答えた。それを見たマネビンは何も言わずにいた。
「私の仕事は人ひとりの心を解放するためです。そのためにはまぼろしネズミさんと、マスターがいなくてはならないのです」
「あなたはハーゼをマスターと呼んでいますが、それほどの人物なのですか?」
「ええ、あのお方は素晴らしい人です。表向きは誰も知らない様々な料理を生み出すだけでなく、誰にも必要とされ、誰も思いつかなかった道具を発明したのですから」
その例が様々な生活用品である。生理に必要な紙ナプキンに、歯をみがく歯ブラシ。身体や手を洗う石鹸などを鍛冶ギルドに注文して作らせたのだ。
特に紙ナプキンは月の重い日が楽になったのである。庶民向けの安物や、貴族向けの高級品など幅広く扱っていた。
ちなみに医薬品などは医者協会が扱っている。この国では王室が医者を管理しているのだ。
元衛生兵が多く、それを民間に生かしている。薬品は自分たちで扱うが、それ以外は鍛冶ギルドに任せていた。
責任者は宰相フローリアンである。
「表向きとはどういう意味ですか?」
「あれらはあの方が一から考えたわけではないのです。私にはそれがわかるのですよ。ですがそれを作り出すとなると、誰でもできるわけではありません。やはりハーゼさまは素晴らしいお方ですよ」
アネギンはハーゼに心酔していた。彼女は大魔女の手先ではあるが、それとこれとは別だ。
使命と仕事。秤にかけてもどちらに偏ることはない。




