第45話 意外な来客
「ただいま~」
「おかえりなさい~」
私が料理ギルドに戻ると、見知らぬ女性がマギーと一緒にお茶をしていた。マギーの衣装はバニーである。
対するのは金髪でおでこが広い美少女である。赤い服を身に着けていた。
優雅な振る舞いにどこかの貴族かと思われるが、いったい誰だろうか?
「……マギー、こちらの方はどちらさまでしょうか?」
「ふふん! わたくしはグレーテル・ド・エアツェールング! ヘンゼル陛下の妹ですわ!!」
美少女は立ち上がり、胸に手を当てる。えらそうな態度だが、不思議に嫌味に見えない。
これは生まれ持った王族のオーラが満ちていた。
というより、なぜお姫様がこんなところにいるのかが、疑問である。
「そうでしたか。お初にお目にかかります。当ギルドマスターのハーゼでございます」
私はぺこりと頭を下げた。グレーテルは鼻息を荒くしている。尊大だが自然に見えた。
「うむ、噂のコロッケ女王、バニーガールという魔物に扮する女性がどのような人物か、見極めに来ましたのよ! おーっほっほっほ!」
グレーテルは高笑いしている。マギーは半ばあきらめ顔であった。おそらくこの手のことは日常茶飯事なのだろう。
「ところでグレーテルさまはどうやって城を抜け出したのでしょうか?」
「決まっておりますわ! 変装して馭者に化けたのですから!!」
そう言ってグレーテルは頭に手をやる。それはすぽーんと抜けた。金髪はかつらだったのだ。
その下は丸刈りで、つやつやとしている。まるで陶磁器みたいだ。
なんか、一瞬目の前がくらくらしてきた。年頃の娘さんが丸刈りになるなど正気の沙汰とは思えない。マギーが死んだ魚のような目になる気持ちがよくわかった。
乾いた笑みを浮かべたくなるね。
「まず馭者に変装し、あなたを迎えに行く馬車の馭者になったのです! こういうのは堂々としたほうが却ってばれないものですわ!!」
グレーテルは自信満々だ。だが兄のヘンゼル陛下にはばれている。おそらくゴッルという人が休んだのは、それが理由だろう。
それを実の兄は見抜いていたのだ。
「……ヘンゼル陛下はお見通しでしたよ。トビーアスさまに実家に帰ったら、一週間は許すと申してました」
「おほほほほ! さすがはお兄様! わたくしの小細工など当にお見通しですわね!!」
ばれたのに、妹はまったく悪びれない。それどころか兄である国王を褒めたたえていた。
「ところでグレーテルさまは私に何を求めるのでしょうか? 仕事に支障がなければ、ある程度の融通は利かせます」
「ふふん、わたくしはあなたを見極めるために来たのですわ! 仕事の邪魔などするものですか! それにその恰好もしてみたいですわね!」
お姫さまは私のバニースーツに興味津々のようである。
じろじろと胸元や、臀部、太ももを眺めていた。
女の子にまじまじと見られるのは、結構恥ずかしいものがあるな。
「ふむ……大きく開いた胸元、くっきりとした体の形、すらりとしたふとももに、引き締まった臀部。どれもすばらしいですわね。それにウサギのような耳に、お尻にはウサギのしっぽ。なんとも調和に満ちたものでしょうか。おそらくどれが欠けてもバニーガールにはなれないのでしょうね」
グレーテルは感心していた。おそらく私が帰ってくる前に、一通りに女性職員のバニースーツを見て、試していたのだろう。
私はそれを聞いて嬉しくなった。バニーの良さを彼女は理解してくれたのだから。
「決めましたわ! このバニーガールは貴族の手本として広めることにいたしますわ!!」
いきなり彼女はとんでもないことを言い出した。なんでバニーガールが貴族の手本になるのだ。
「それには理由がありますわ。まずはその衣装、身体の形がはっきりとわかります。自堕落な生活をしていれば、崩れ具合が一目でばれますわね。あとは踵の高い靴もポイントですわ。常に背筋をぴんと張らないといけないから、気を張っておりますもの」
私は何も言えなかった。何か魔物扱いされたほうがましかもしれない。
「いえ、姫さま。本来この衣装は……」
「グレーテルよ!!」
彼女は右手の人差し指を私の目の前に突き付けた。顔がきりりと引き締まっている。
「わたくしはあなたをハーゼと呼び捨てにするわ! あなたもわたくしのことはグレーテルと呼びなさい! これは命令よ!」
「はあ、命令なら従いますが、不敬ではありませんか?」
「わたくしが許可したのですから、問題なしですわ!! わたくしはお兄様のためにもあなたを見極めなければなりませんの! でなければお兄様は一生結婚せずに独身を貫いてしまうわ! そうなるとわたくしが次期女王となり、王配を迎えなければなりません! そんな面倒なことはごめんですわ!!」
彼女はテーブルの上に足を挙げて、訴えた。話が飛躍しすぎている。
マギーは無言で紅茶を口にしていた。あまり関わり合いたくない雰囲気を出している。
うん、気持ちはわかるよ、すごくわかる。私もできれば彼女とは無縁でいたい。
なのでマギーを責める気はなかった。
「ん? そういえばマギーはヘンゼル陛下の幼馴染なんですよね。彼女ではだめなのでしょうか」
実家のシュピーゲル家は北にある。北は広大な森が広がっており、一年の半分以上は雪に覆われているらしい。
そこにはウイス樹と呼ばれる巨大な木があり、枝を切ると、そこから樹液があふれ出る。それはすばらしいお酒だそうだ。
あとドワーフという種族も住んでおり、鉱山で働いているという。そのためシュピーゲル家の資金は国一番だ。
それは国一番で危険な地域を収めている対価といえる。シュピーゲル家は侯爵で、爵位で一番偉いのだ。
そのためシュピーゲル領は危険な魔物が多い。巨大な雪だるまの魔人、ゆきまじんは歩いただけで大人はおろか、熊も踏みつぶすという。
ブルーゴーストという幽霊は、迷い込んだ旅人をあっという間に凍らせて、死に至らせるそうだ。
ともび鬼という、巨大な猿の怪物は、瀕死になると相手を道連れにして死ぬという厄介な性質を持っているという。
危険な魔物を相手にするため、死亡率も高いが、生き残った兵士はとても強い。
マギーの弟は十代後半で跡継ぎになったが、親の七光りなど無関係に、その強さを発揮しているそうだ。
家柄としてはマギーも負けないはずである。なのにヘンゼル陛下はなぜ彼女を正室候補にしないのだろうか。
「……ヘンゼル陛下は私を女性と見ておりません。気の置ける友人と思っております」
マギーはそう独白した。あれ、確かヘンゼル陛下は女嫌いではないのか? 婚約者のアンネの婚約を破棄したくらいだからね。
「アンネは今でも陛下の友人です。いいえ、本音を口に出せる姉のような存在ですね。ゴッルは手間のかかる妹で、我が妹ブリュンヒルドは頼れる相談役と言えます」
今あげた女性たちはグレーテルのメイドらしい。だが私は違和感を覚えた。
ヘンゼル陛下は女嫌いという噂だったが、今日謁見したけどそれほど嫌悪感をあらわにしていなかった。
むしろ私に対しては憧れを抱いているように思える。女性アレルギーというわけでもなさそうだ。
「……あ」
私はふと思いついた。そう考えると辻褄があるのだ。だが口にはしない。確信を得るまで胸の内に秘めた方がいいだろう。
「さぁ、ハーゼ! わたくしにもその衣装を着させなさい! これは命令よ!!」
グレーテルは私の心配などよそに命令するのであった。
あと私が男爵位を授かったと、マギーに伝えたが、何をいまさらという感じだったな。
他の職員たちも、爵位をもらうのが遅すぎると思っていたらしい。
それとミルドレッドはこの場にいなかった。なんでも早退したそうである。
ゆきまじん:巨大なゆきだるまの魔物。大きさは大型バスくらい。巨体に似合わず、ぴょんぴょん移動する。悪意はないが、通過するだけで森に被害が被る。中には氷の魔石が埋まっており、高値で取引される。
ブルーゴースト:青白い幽霊。雪女のように生きている人間を憎み、相手の命を凍らせる。幽霊なので普通の武器では倒せない。とある容器で封じるしかなく、封じた容器は氷の魔力を得る。
ともび鬼:巨大な猿の魔物。ひっかきと噛みつきが武器。瀕死を負うと相手を道連れにして自滅する傾向がある。その皮は上質な毛皮になる。




