第42話 伝説の技
「ひゃっひゃっひゃ~。お待ちしておりましたじょ、ハーゼ殿~」
私がアインデッカー領に戻ってくると、入り口にひとりの老人が立っていた。
もっともよろよろと風が吹けば吹き飛びそうな、枯れ木のような風貌である。
着ている服は立派なもので、どこかの貴族のようだが、手にしている杖はぷるぷると震えていた。
「どなたでございましょうか。私は記憶力がいいほうですが、ご老体とは初めてだと思います」
「もちゅろん! わしもあにゃたとは初対面でごじゃりますよ。わしの名はマンフリート・ド・アインデッカー。武具ギルドのマスターでごじゃります」
そう言って老人、マンフリート氏はぺこりと頭を下げた。
すると、ごきっと嫌な音が響く。それは老人の腰の音であった。
彼は額から脂汗をだらだらと流れている。
「ぐごごごご……。ぎっくり腰になっちゃいまちた。ちょいとおまちしてくだしゃれ」
マンフリートは舌足らずな口調である。年齢は60くらいだが、見た目以上に年老いているようだ。
マンフリートは息を吸うと、背を伸ばし、ぺきっと腰を直す。どうやら彼にとって日常茶飯事のようである。
「アインデッカー……。もしかしてアルブレヒトさまの御父上でございますか?」
「そにょとおり! わしは二年前に息子に跡をちゅがせて、今の地位になったにょである!!」
マンフリートは胸をパンと叩いた。するとばきっと骨の折れる音がする。
今度はあばら骨が折れたようだ。ぶくぶくと口から泡を吹いた。
「ぐごごごご……。またあばらにひびがはいっちったでしゅな。もうちっと待ってくりぇ……」
なんとも面倒な人だな。この人はどうして武具ギルドのマスターなんかしているんだろうか?
すると、遠くから地鳴りが聴こえてくる。それは巨大なサボテンうしだ。群れから外れ、がむしゃらにこちらに向かってきている。
このままでは町に被害が及ぶので、倒そうと思ったら、マンフリート氏がすっと横に入ってきた。
「ここはまかちぇて。にゃんでわしが武具ギルドをおしゃめているか、その理由をみちぇておこう」
そう言って私に離れるよう命じた。ろれつの回らない口調だが、目付きだけは鋭い。私は素直に従うことにする。
さてよろよろと杖を突き、入り口から少し離れていく。
サボテンうしは獲物と判断したのか、枯れ木のような老人目がけて突進してきた。
もう走らなければ死んでしまいそうな勢いである。
マンフリート氏は杖を手に取ると、柄の部分を引っ張った。するときらりと鈍く光る刃物が出てきたのだ。
それは仕込み杖であった。もっとも某映画の主人公みたいに、居合切りではないが。
サボテンうしは巨大な角をマンフリート氏目がけて、突き刺そうとしていた。
しかし老人は柳の枝のように、ふわりと身をかわし、手にした仕込み杖を水平にする。
刃はサボテンうしの口を切り裂き、さらには胴体を水平に切り裂いたのだ。
実際はサボテンうしの突進のせいだが、マンフリート氏はただ刃を横に向けただけである。
身体を切り裂かれたサボテンうしは老人を通り過ぎた後、数歩よろよろと進み、ばったりと倒れてしまった。
非力な老人が自分より巨大な魔物を倒したのである。
「……こいちゅは、あんたが獲ったニードルボアの針でつくりゃれたもんにゃ。弱い女子供でも、気軽にちゅかえる、しゅばらしい武器じゃ。けどね、しゅるどすぎるので、非常時以外に、ちゅかわないように指導しちょるけどな」
マンフリート氏は柄を拾い、収めた。なんとも鮮やかな勝利である。
「なるほど、あなたのような貧弱な老人でも、扱えることを訴えているわけですね。これは説得力がありますよ」
私の答えにマンフリート氏は優しい笑顔を浮かべていた。
「ルドルフが料理ギルドのマスターをゆじゅったと聞いたときはおどりょいたよ。けど、その後のあんたの活動をきいて、にゃるほどなと思ったわい。あんたが魔物どもを300匹、まとみぇて倒したときは、びっくらこきまろじゃよ」
あれ? 私が砂漠で魔物を倒したことは知られているのか?
「うむ。王都で大空にハーゼ殿が戦っている、しゅがたが映されたぞい。まあ、あれは大魔女のしわざじゃよ。なんのためにやったのかは、不明じゃがね」
なんと私の戦う姿が暴露されていたのか。しかも大魔女のしわざだという。いったい何のためにやったのかわからない。
それにしても王都で観たというなら、他にも不特定多数に見られたということだ。
しかし、マンフリート氏は王都にいたのに、どうしてアインデッカー領にいるのだろう?
次の瞬間、マンフリート氏はスケベそうな顔になった。
「ひゃっひゃっひゃ。王都からは魔法の箱舟で、空をとんできたんじゃよ。なぜならわしはしょなたの、その豊満なおっぱいを、にゃがめにきたんじゃからな!!」
鼻息が荒い。私の胸を見ながら明らかに興奮している。
なんか安心した。この世界ではバニーガールは魔物の格好と思われており、全然性的な興奮をしてくれる人がいなかったのだ。まあ、回収人のアンヘンガーだけは別だけどね。
私はなぜか涙が一筋こぼれるのであった。
「なんだか、嬉しいです。みんなこの衣装を魔物の格好と言っていたので、私の身体などどうでもいいと思われていました」
「……うむ。確かにきばちゅな恰好ではあるが、しょなたの胸を無視しゃれるとは、さてはそいちゅらは不能じゃな」
「アルブレヒト氏は私よりも踊り子の衣装の方が好みでしたね」
「まったく、あのバカ息子は、きょの衣装のしゅばらしさを理解しちょらんな。しゅばらしい胸をもっちょるのに……」
マンフリート氏は息子の不甲斐なさを口にすると、瞬時に私に詰め寄った。
そういえばギルドマスターであり、アルブレヒト氏の父親である彼は何故ひとりで来たのだろうか。
「にょほほ。人がいてはできにゃいことがある。それはしょなたにぱふぱふしてもらいたいきゃらじゃ!!」
ぱふぱふ! 某人気漫画に出てきた伝説の遊戯!! ぱふぱふをした女性もバニーガールの格好をしていたっけ。これは運命としか思えないな。
「ふふふ。今は誰も見ておりません。すぐに済ませましょう」
私は自分の胸を持ち上げた。マギーにもしたことがないが、私の胸に興味を持つ老人の期待を応えてやりたくなったのである。
「おお! 善は急げじゃ! ではさっそく!!」
ぱふぱふ、ぱふぱふ、ぱふぱふ。
ぱふぱふ、ぱふぱふ、ぱふぱふ。
ぱふぱふ、ぱふぱふ、ぱふぱふ。
「やーやー! ハーゼ殿、出迎えが遅れましたぞ!!」
遠くでアルブレヒト氏がやってきた。複数の兵士と使用人たちを引き連れ、ラクダに乗っている。
「父上から聞きました! なんでも王都ではあなたの活躍が万人の目に触れたそうですね! もっとも父上がわざわざ魔法の箱舟を使うとは、少々解せませんが。ところで父上はどこにいらっしゃいますか?」
私は左の方を向いた。アルブレヒト氏も釣られてそちらに目を向ける。
マンフリート氏は仰向けになって倒れていた。鼻血をだらだらとたれながしている。
アルブレヒト氏はすぐに父親の方へ駆け寄った。
「父上! いったいどうしたのですか!!」
「うひょ、うひょ、うひょひょ……。生きててよかったわい……」
血が大量に出て、弱り切っている。しかしその表情は恍惚であった。
アルブレヒト氏はわけがわからず、使用人に命じて父親を救護させた。
その後の話は簡単だ。回収したキングシュガーとミラクルシュガーは領主の元に渡した。
キングシュガーの一割はこちらがもらうことになり、ミラクルシュガーは3個贈られたのだ。
エアツェールング王国に納めなくてよいのかと思ったが、ストックは魔法のランプにあり、十年に一度回収できなくても、前のものを贈ればよいとのことである。
さて私が倒した魔物は300匹ほどで、半分はこちらに提供することにした。
コンドルはなの花はすばらしいドレスが作れるという。さらに蜜も美味だそうだ。それに陶器のうわぐすりに使えるらしい。
サボテンうしの皮も丈夫な防具ができあがるし、肉も牛に近い触感があるという。
さばくキノコは食感が魚肉に近いそうだ。粘液はセメント代わりになり、大工ギルドにも使えるそうである。
アインデッカー領でもこれほどの量は手に入らず、領民たちは大喜びであった。
それと同時に新しい料理ギルドのマスターの実力も知れ渡り、上々である。
私はアインデッカー領にある料理ギルドの支部で、コロッケを作った。レシピなどは各支部に送られているが、実際に私に作ってほしいと頼まれたのだ。
特にコロッケ人気が高く、コロッケ女王自らの手作りを望まれていたのである。
こうして私はアインデッカー領で用事を済ませ、王都へ帰還するのであった。
マンフリート氏の名前は、マンフレート・アルブレヒト・フライヘア(男爵)・フォン・リヒトホーフェンがモデルです。
第一次世界大戦で活躍したドイツの陸上軍人で、レッドバロンと呼ばれたエースパイロットです。
息子のアルブレヒトも同じですね。
フォッカーアインデッカーは第一次世界大戦時のドイツの単座単葉戦闘機です。
なんで砂漠の国で戦闘機に関わる名前にしたか、自分でもわかりません。




