第九話 力を見せつけろ!
2018年7月10日修正しました。
レオパルド子爵の領地はのどかな田園風景が広がっていた。
麦畑に農夫たちが働いているのが見える。荷物を積むロバも歩いていた。
所々に風車が建っている。この世界は現実と童話がごっちゃになっており、ご都合主義はやむを得ないのだ。
さて森の中にある子爵の屋敷にやってきた。なかなか立派な屋敷である。
童話に出てきそうなやつだ。この辺りは神の影響だろう。
異世界と言っても、人の作り出した物。異世界とは人の脳にある妄想が形になった世界なのだ。
屋敷の前には複数の人間が待っていた。その中心がレオパルド子爵のようである。
いかにもきんぴらな衣装を着て、片眼鏡に立派な髭を生やしていた。
私の出迎えにしては奇妙だ。そもそも私はどこの馬の骨とも知れない人間。貴族様が直々に出向くなどありえないと思っている。
「私の名前です」
マギーがつぶやいた。
「これでもシュピーゲル家の肩書は使えるのですよ」
なるほどね。彼女の実家は有力な貴族だという。自分の看板を利用して、私に引き合わせてくれたのか。
これはきちんと成果を出さなければならないな。
馬車が止まると、私とマギーは降りた。そしてうやうやしく子爵にひざまずく。
レオパルド子爵はいかにも慇懃そうな中年男性だ。それに私を露骨に見下している。
貴族でない人間が、マスターになったことを不快に思っているのだろうな。
「お初にお目にかかります。私はこの度料理ギルドのマスターに就任した、ハーゼと申します」
「わしはこの辺りを治めておる、レーンスヘル・レオパルド子爵である。そなたは姓がないのだな、隣にいるマギー・シュピーゲル嬢は名家シュピーゲル家の三女であるぞ?」
レオパルド子爵はにやにや笑っている。私が庶民だと小ばかにしているのだろう。
それは想定内だ。もっとも庶民を嫌っているわけではなく、貴族としての矜持が高いだけだそうな。
その一方で身分にかかわらず実力を認める性質だという。
「マギー嬢の頼みでこうして、わしが出向いたのだ。君はわしにどんな利益を与えてくれるのかね?」
「レオパルド様。ご依頼した品は用意していただけたでしょうか?」
「おお、マギー嬢。あなたが手紙で書いてあった通り、約束の物は用意させていただきました。しかし、いったいどういう意味があるのですかな?」
レオパルド子爵はわけがわからぬという顔だ。そりゃ当然だろう。マギーが依頼した物は常識では考えられないからだ。
数人の男たちに引っ張られて、一匹の魔物が引きずられた。
それは森カバという森に住むカバだ。しかも二足歩行で、こん棒を手にしている。
頭や体には緑の蔓が絡まっていた。知性は猿並みに高いが、人間とは相いれない魔物だ。
ここ最近、森から出て村を襲うようになったという。すでに腕力のある男たちは4名なぶり殺しになったそうだ。
私は森カバの前に立つ。そして右手の人差し指を立てた。
「ユワッシャー! 月に替わってオシオキよ!!」
そう叫んで、暴れる森カバの喉を突き刺す。すると森カバは瞬く間に静かになった。
そのままばったりと倒れる。使用人たちは駆け寄るが、すでに絶命していることがわかり、真っ青になる。
「こいつはもう、死んでいる」
某アニメの決め台詞を吐くと、レオパルド子爵を始め、使用人たちは唖然としていた。
「まあ、失礼いたしました。このように捕らえられた魔物より、自ら狩らなければなりませんでしたわね。お許しください領主さま」
私はレオパルド子爵の前に立ち、土下座した。
例え、がんじがらめに捕らえても、森カバのように狂暴な魔物を指先ひとつでダウンさせたのだ。誰が見ても、こいつはやばいと感じるのが当たり前である。
「エッ、アッハイ」
レオパルド子爵は気の抜けた返事をした。さすがの子爵も目の前の事態には対処できなかったようである。
「そっ、そうだな。身動きの取れない魔物を殺しても、まったく意味がない。よってそなたはここから北にある山に向かい、ニードルボアとカワハギ熊を十匹倒してまいれ」
ニードルボアはハリネズミのように針を立てる猪だ。
カワハギ熊は巨大なアライグマで、生き物の皮を剥ぐ狂暴な魔物である。
そいつらは回収人でも苦労する相手で、B級の危険だ。
使用人たちは、主の方を見て「なぜ余計なことを言う!」と目で訴えていた。
子爵も、なんでわしこんなこと言っちゃったんだ? と後悔した顔になった。
マギーは無表情だが、内心どや顔になっていると思う。
「承知いたしました。子爵様のために、このハーゼ、命をかけますわ」
私はあくまで下手に出る。そもそも森カバを一撃で絶命しただけで、一目を置かれるという。
レオパルド子爵は明らかに私を見て、恐怖を抱いている。だからこそ私は土下座するのだ。
そうすることで使用人たちは、森カバを指先ひとつで倒す女でも、領主さまに頭が上がらないことを示しているのである。
私の望みをかなえるには、子爵の協力が必要だ。そのためなら私のプライドなどゴミである。
「あっ、だが無理はしなくてもよいのだぞ。わしはそこまで鬼ではないぞ.それに北の山は人喰いの巨人が住んでいるというしな」
「いいえ、問題ありません。これからひとっ走りして持って来ましょう」
そう言って私はギルドマスターの服を脱いだ。緑色の薄い長袖を着ており、身軽になる。靴は山の中でも難なく歩ける特別製だ。
私は使用人に方角を聞くと、すぐに向かう。他の人には瞬間移動したように見えただろう。
「……あの女、馬車など必要あるのか?」
レオパルド子爵のつぶやきに、周囲の人間はうなずくのであった。
マギーだけは、平然としていた。




