エピソード18:バズ女子-3
エピソード18:バズ女子-3
翌日の夜。 風呂上がりにベッドへ寝転がった澪は、
手持ち無沙汰にスマホを開き、ログインしていない初期状態のチックタックを
何気なく眺めていた。
おすすめ欄をスワイプしていた指が、ピタリと止まった。
画面の端に、『LIVE』の赤い文字が点滅している。 配信者のハンドルネームとアイコンは――昨日、自分の手で完全に消去したはずの、澪自身のアカウントだった。
「えっ……? なに、これ……??」
恐る恐るタップすると、不気味な映像が流れ始めた。
映っているのは、今日の昼休みだった。
今朝登校した澪と理央と夏帆の三人が、仲直りして教室の隅でふざけ合っていた行動が、
まるで誰かがすぐ隣で撮影していたかのように、
一分一秒違わず完全に再現されて投稿されていたのだ。
投稿が、現実を拘束している。 背筋が凍りついた瞬間、ザッと砂嵐が走り、映像が切り替わった。
『キャアアアアッ!!』
耳をつんざくような悲鳴。
夜の暗い校舎を、激しい手ブレとともに疾走する一人称視点の映像だった。
そして階段の踊り場に差し掛かった瞬間、前を走っていた三人のうちの一人が、
何かに足を掬われたように階段から転落し、首を不自然な方向に曲げてピクリとも動かなくなった。
「ひっ……!」 次の瞬間、画面は真っ暗になり、ザーッというノイズだけが走る数秒のループに切り替わった。
澪の目には、ただの黒い画面にしか見えない。
なのに――左上の同時接続数は数万規模で跳ね上がり、コメント欄だけが異常な速度で盛り上がっていた。
〈澪ちゃんそこ危ないw〉 〈待って、左上の白い手なに?〉 〈うわ、二人が奥に連れてかれた〉 〈ずっと後ろに立ってるじゃん〉
自分には見えない「何か」が、何万人ものリスナーにははっきりと見えている。
そして拡散され、視線が集まるほどに、画面の向こうの怪異がこちら側の現実へと実体化していく。
全身が硬直し、指先一つ動かせなくなったその時だった。 ふと、背後から強烈な「視線」を感じた。
ゆっくりと首だけを巡らせる。 月明かりに照らされた部屋のカーテン越しに、すっと立つ「女の影」が映っていた。 あり得ない。澪の部屋はマンションの四階で、その窓の外にはベランダすら存在しないのだ。
ガタガタと歯の根が合わないほど震える澪の前で、横向きのシルエットだった女の影が、
ギシ、と音を立てるようにして、こちらへ「正面」を向いた。
突風が吹いたわけでもないのに、カーテンがバサバサと激しく内側に波打つ。 差し込む月光が、どす黒い血のような赤色へと変貌した。
そして――めくれ上がったカーテンの隙間、四階の窓ガラスの向こうに、びっしりと埋め尽くされた「無数の人間の目」がギョロリと剥き出しになっていた。
「あ……あぁ……っ!」
声にならない悲鳴を上げ、澪は手からスマートフォンを取り落とした。
床にぶつかった弾みなのか、落ちたスマホのスピーカーから、かつて三人で踊った流行りのK-POPの軽快なサビが大音量で流れ出した。
涙で滲む横目で床の画面を見ると、滝のようにコメントが流れている。
いつの間にかLIVE配信のカメラアングルが切り替わっていた。
映っているのは、ベッドの上でガタガタと震える「今の澪自身」の姿――それも、四階の窓の外、さらに高い位置から部屋の中を見下ろすアングルで。
K-POPの明るいリズムに重なって、画面の下部にAIの自動字幕とスパチャの赤いテロップが次々と浮かび上がる。
『タスけて』『後ろ』『もうすぐ死ぬ』『タスけて』『もうすぐ死ぬ』
ヒュッ、と喉が引きつり、息ができなくなった。
見えない巨大な手に肺を鷲掴みにされたように、呼吸が詰まっていく。
薄れゆく意識の底で、澪自身の心の中の声が、画面のテロップと全く同じ言葉を繰り返していた。
(助けて……もうすぐ、死ぬ……)
赤い月明かりの中、窓の向こうの「それ」が、今度ははっきりと見えた。
巨大な犬のような、あるいは狐のような歪んだ顔面に、数え切れないほどの眼球が蠢く異形の女が、四階の窓から澪をじっと睨み下ろしていた。
ドサリ、と澪の身体がベッドから床へと転がり落ちた。
その画面の隅――中継映像が乱れ、マンションの階下にある暗い駐車場がわずかに映り込んでいた。




