エピソード18:バズ女子-2
エピソード18:バズ女子-2
「――だからさ! あと三百人くらいなら、今のJKブランドとダンス、それに最近伸びてるメイク動画で絶対たどり着けると思うんだよね!
だから、もしこれが呪いなら解いてほしいし、妖怪の仕業なら祓ってほしいの!
てか、ハッキングとかAIを使った悪質なイタズラだったら、開示請求?
とかそういうのやってほしいわけ!」
ソファに身を乗り出して一気にまくし立てた澪に対し、デスクの向こうの男
――レムは、ボサボサの頭を掻きながら気だるげに瞬きをした。
「……開示請求とかは無理。あれは弁護士の仕事だし、俺は普通の調べ方しかできないよ」
「えっ!? 探偵でしょ!? てか、看板に境界って書いてあったし、霊界探偵なんでしょ!?」
「霊界探偵は、俺じゃないかな。指から霊丸とか出ないし、俺ハンターじゃないから」
レムはガラス玉のように無機質な瞳で澪を見ると、机の上を指でトントンと叩いた。
「で、どうする? アカウントの検証とか、ハッキングされてないか調べることくらいはできるけど。一回五千円ね」
「ご、五千円!? 高っ!! ……うーん、でもあたし機械のこととかわかんないし、
最近はライブ配信のスパチャでちょっとはお小遣いあるし……いいよ、お願い!」
こうして調査が始まったのだが――。 レムがやったことといえば、澪のスマホを借りてログイン履歴や見覚えのない接続端末がないか、セキュリティ設定を一つずつスクロールして確認するだけの、恐ろしく地味な作業だった。
一通り洗った結果、第三者に侵入された痕跡はゼロだった。
人間の手による乗っ取りではない。
「……すっごい、地味だね」 横から画面を覗き込んでいた澪が、拍子抜けしたように呟いた。
「なんかさ、パソコンのキーボードをダダダダッ! て叩いて、最後にスパンッ! てエンターキー押して、ドラマの『ガリレオ』みたいな感じでカッコよく調査するんかと思ってた」
「ガリレオって、エンジニアかなんかだったのか?」
「え、福山雅治だけど」
「誰だよ」
レムの頭の中には、どうやら望遠鏡を覗いている歴史上の偉人しか思い浮かんでいないらしかった。
「じゃあさ、あたしが撮ってないのに勝手にアップされた動画の背景! この風景の場所を一緒に探してみようよ!」
澪が画面を指差して食い下がる。
「いいでしょ! 五千円も払うんだからっ! それくらいやってよー! やってやって!」
「……いいよ。契約だからね」
レムは重い腰を上げ、自分の車を出した。 動画に映っていた商店街の路地裏、古い墓地へと続く街道、寂れた公園。
心当たりのある場所を片っ端から巡ってみたが、決定的な手がかりは何一つ掴めなかった。 気がつけば、街の空はすっかり茜色に染まり、夕暮れの風が吹き始めていた。
コインパーキングに車を止め、二人は商店街の歩道をトボトボと歩いていた。
「はぁー、ぜんぜんわかんない。こういうの、ドラマだったら怪しい黒づくめの人が立ってたり、なんか不気味な呪物が落ちてたりしてヒントがあるのになぁ」
「いや、境界のつながりは少し見え……」 「あーっ! てか腹減らねー!? ねぇ、あそこのバーガーショップ寄ってこうよ! おごるよ!」
レムが何か言いかけるのを遮って、澪がネオンサインを指差した。
レムは無言で懐から革財布を取り出すと、パカッと開いて逆さにして見せた。小銭一つ落ちてこなかった。
「車持ってんのにお金ないのかよ! まぁいいよ、あたし今スパチャバブル来てるからさ! おごったげるよ!」
「……いいの?」
「女は度胸ってね。女に二言はねぇ!」
澪は胸を張って店のドアを押し開けた。
カウンターでバーガーとポテトのセットを注文し、トレーを持って客席をキョロキョロと探した、その時だった。
「「「あっ」」」
窓際のボックス席に、見慣れた二つの顔があった。夏帆と理央だった。 気まずい沈黙が落ちかけた瞬間、夏帆がトレーを持った澪の後ろのレムを見て、目を丸くした。
「え? 誰、その人……澪の彼氏?」
「えっ、ファン……とか??」
「ちげーしっ!!」
澪が顔を真っ赤にしてツッコむと、ぷっ、と理央が吹き出し、つられて夏帆も笑った。
クスクスと、三人の間にずっと消えていた笑顔が戻った。
レムは何も言わず、自分の分のバーガーとポテトだけをトレーからひょいと奪うと、
少し離れた窓際のカウンター席に勝手に座り、外の夕闇を眺めながらモグモグとハンバーガーを食べ始めた。
「……なんか、久しぶりだね、こういうの」
夏帆がストローでジュースを混ぜながら、ぽつりと言った。カップの中の氷は、
すっかり溶けきって水滴すらついていない。
「だね」と理央が頷き、
「うん……」と澪も、自分のために空けられたか向かいの席に腰を下ろした。
半年前の最初の日と同じように、三人はポテトをつつきながらたくさんの話をした。
勝手に動画が上がった夜の怖かったこと。
澪一人が遠くへ行ってしまうみたいで寂しかったこと。
そして澪自身も、二人に避けられている気がして本当はずっと苦しかったこと。
わだかまりがゼロになったわけではない。
それでもやっぱり、ウチラは親友なんだ――澪の胸の奥に、ずっと忘れていた温かいものがじんわりと広がった。
「……もう、いいかな。インフルエンサーになれなくっても」
澪は涙を拭くと、テーブルの上でスマートフォンを取り出した。
二人の目の前で設定画面を開き、あと三百人で一万人に届くはずだった
アカウントの『削除』ボタンに指を乗せる。
向かいに座る夏帆と理央の笑顔が、驚愕の表情に変わる。
「……え、澪、消すのえっ、澪、いいの!? ?」
「うん! だって三人でやんなきゃ意味ないし!」
澪は画面を見つめたまま、迷わず『削除を確定する』をタップした。 画面が切り替わり、アカウントが完全に消滅する。
その時の澪の心は、嘘偽りなく晴れやかだった。
窓際のカウンター席では、レムが最後のハンバーガーを飲み込み、ガラス窓に映るボックス席の向こう側で
笑っている澪の姿を、無機質な瞳で静かに見つめていた。
――。




