エピソード18:バズ女子 一気読み用
10500文字、流石に多すぎるなぁ、そんなに暇じゃないよね、皆さん。そう思ったので、一気に読めない人は少しずつ読んで欲しいのでエピソードを7つに分けたバージョンと、
一気に読んで下さる方用に2つのバージョンを公開することにしました。
エピソード7分割版は明日の朝八時と二十時から一日2話ずつ投稿していきます。
エピソード18:バズ女子
『境界探偵レム』:『バズ女子』
水城澪が学校を昼からサボってその雑居ビルを訪ねたのは、自分のスマートフォンがもはや「自分のもの」ではないような気がしたからだった。
始まりは半年前。親友の理央、夏帆と一緒に、TICKTACKとオンスタ(ONSTAGLUM)でダンス動画の投稿を始めたことだった。
「三人でフォロワー一万人増やして、インフルエンサーになろう!」 そんな軽い約束で始めたアカウントに、異変が起きたのはひと月前の深夜だ。
誰も起きていないはずの午前三時。自分たちのアカウントに、
見覚えのない動画が勝手にアップロードされていた。
しかもそれは、いつも使っている三脚の定点カメラの映像ではなかった。
明らかに「誰かの手持ちカメラ」特有の生々しい手ブレと、呼吸に合わせて上下する視線のパン(移動)がある。
その日、三人ともそれぞれの自宅のベッドで眠っていたはずなのに――画面の中では、真夜中の校舎や見たこともない不気味な廃墟で、澪たち三人が楽しそうに笑いながらポーズを取っていたのだ。
『じゃあ、この動画を撮っているのは誰?』 『映っている私たちは、誰?』
グループ通話で震え上がった理央と夏帆は、「もしかして呪われてるのかも……気味が悪いから、もうチックタックもオンスタも辞めよう!」と言い出した。
だが、澪だけはやめられなかった。
なぜならその不気味な動画と前後して、澪のソロのダンス動画が爆発的に伸び始めていたからだ。
〈誰? この子!〉〈色白すぎ!〉〈顔ちっちゃ! 可愛い……〉
画面を埋め尽くす称賛のコメントが、脳の奥をチリチリと甘く痺れさせた。その快感が忘れられず、澪は一人でライブ配信やダンス披露を続けた。当然、二人との距離はどんどん開いていった。
「ねぇ聞いてよ! この前さ、プロフに貼ってた欲しい物リストから
ガチで新作のコスメ届いたんだけど!マジでうれしすぎー!!」
教室で澪がスマホを見せてはしゃいでも、理央と夏帆の視線は氷のように冷たかった。
「へ,へぇ……あー、そう。てか澪、まだやってんだ」
「マジでやばいよ、あれ。いい加減辞めた方がいいんじゃない?」
二人の言う通り、異変は確実に悪化していた。
夜中に一人で配信テストをしていると、誰もいない真っ暗な部屋の隅の空間に、
顔認識の「小顔エフェクト」や「猫耳フィルター」がピタッと反応し、見えない何かを追従して揺れるのだ。
それだけではない。楽しげなK-POPのBGMの裏で、人間の耳には聞こえない微かな環境音から、AIの自動文字起こし機能が勝手に『タスけて』『後ろ』『もうすぐ死ぬ』という不気味なテロップを生成して画面に張り付けてしまう。
極めつけに、最近の澪の「おすすめ欄」に流れてくる他人のショート動画は、どれも少しずつ「澪の部屋の前の廊下」や「通学路を歩く澪たちの背後」を盗撮したようなアカウントばかりに侵食されていた。
それでも、澪のフォロワーは最初の三人から、あと三百人で一万人に届こうとしていた。 せめて一万人。
これだけでも達成してから辞めたかった。三人で交わした約束を、自分の手で果たしたかった。それに、本当に一万人のインフルエンサーになれば、
今自分を避けている理央と夏帆も「すごいじゃん」と認めてくれて、
あの頃の態度に戻るかもしれない――そんな淡い期待に、澪はすがりついていていた。
◇
「――だからさ! あと三百人くらいなら、今のJKブランドとダンス、それに最近伸びてるメイク動画で絶対たどり着けると思うんだよね!
だから、もしこれが呪いなら解いてほしいし、妖怪の仕業なら祓ってほしいの!
てか、ハッキングとかAIを使った悪質なイタズラだったら、開示請求?
とかそういうのやってほしいわけ!」
ソファに身を乗り出して一気にまくし立てた澪に対し、デスクの向こうの男
――レムは、ボサボサの頭を掻きながら気だるげに瞬きをした。
「……開示請求とかは無理。あれは弁護士の仕事だし、俺は普通の調べ方しかできないよ」
「えっ!? 探偵でしょ!? てか、看板に境界って書いてあったし、霊界探偵なんでしょ!?」
「霊界探偵は、俺じゃないかな。指から霊丸とか出ないし、俺ハンターじゃないから」
レムはガラス玉のように無機質な瞳で澪を見ると、机の上を指でトントンと叩いた。
「で、どうする? アカウントの検証とか、ハッキングされてないか調べることくらいはできるけど。一回五千円ね」
「ご、五千円!? 高っ!! ……うーん、でもあたし機械のこととかわかんないし、
最近はライブ配信のスパチャでちょっとはお小遣いあるし……いいよ、お願い!」
こうして調査が始まったのだが――。 レムがやったことといえば、澪のスマホを借りてログイン履歴や見覚えのない接続端末がないか、セキュリティ設定を一つずつスクロールして確認するだけの、恐ろしく地味な作業だった。
一通り洗った結果、第三者に侵入された痕跡はゼロだった。
人間の手による乗っ取りではない。
「……すっごい、地味だね」 横から画面を覗き込んでいた澪が、拍子抜けしたように呟いた。
「なんかさ、パソコンのキーボードをダダダダッ! て叩いて、最後にスパンッ! てエンターキー押して、ドラマの『ガリレオ』みたいな感じでカッコよく調査するんかと思ってた」
「ガリレオって、エンジニアかなんかだったのか?」
「え、福山雅治だけど」
「誰だよ」
レムの頭の中には、どうやら望遠鏡を覗いている歴史上の偉人しか思い浮かんでいないらしかった。
「じゃあさ、あたしが撮ってないのに勝手にアップされた動画の背景! この風景の場所を一緒に探してみようよ!」
澪が画面を指差して食い下がる。
「いいでしょ! 五千円も払うんだからっ! それくらいやってよー! やってやって!」
「……いいよ。契約だからね」
レムは重い腰を上げ、自分の車を出した。 動画に映っていた商店街の路地裏、古い墓地へと続く街道、寂れた公園。
心当たりのある場所を片っ端から巡ってみたが、決定的な手がかりは何一つ掴めなかった。 気がつけば、街の空はすっかり茜色に染まり、夕暮れの風が吹き始めていた。
コインパーキングに車を止め、二人は商店街の歩道をトボトボと歩いていた。
「はぁー、ぜんぜんわかんない。こういうの、ドラマだったら怪しい黒づくめの人が立ってたり、なんか不気味な呪物が落ちてたりしてヒントがあるのになぁ」
「いや、境界のつながりは少し見え……」 「あーっ! てか腹減らねー!? ねぇ、あそこのバーガーショップ寄ってこうよ! おごるよ!」
レムが何か言いかけるのを遮って、澪がネオンサインを指差した。
レムは無言で懐から革財布を取り出すと、パカッと開いて逆さにして見せた。小銭一つ落ちてこなかった。
「車持ってんのにお金ないのかよ! まぁいいよ、あたし今スパチャバブル来てるからさ! おごったげるよ!」
「……いいの?」
「女は度胸ってね。女に二言はねぇ!」
澪は胸を張って店のドアを押し開けた。
カウンターでバーガーとポテトのセットを注文し、トレーを持って客席をキョロキョロと探した、その時だった。
「「「あっ」」」
窓際のボックス席に、見慣れた二つの顔があった。夏帆と理央だった。 気まずい沈黙が落ちかけた瞬間、夏帆がトレーを持った澪の後ろのレムを見て、目を丸くした。
「え? 誰、その人……澪の彼氏?」
「えっ、ファン……とか??」
「ちげーしっ!!」
澪が顔を真っ赤にしてツッコむと、ぷっ、と理央が吹き出し、つられて夏帆も笑った。
クスクスと、三人の間にずっと消えていた笑顔が戻った。
レムは何も言わず、自分の分のバーガーとポテトだけをトレーからひょいと奪うと、
少し離れた窓際のカウンター席に勝手に座り、外の夕闇を眺めながらモグモグとハンバーガーを食べ始めた。
「……なんか、久しぶりだね、こういうの」
夏帆がストローでジュースを混ぜながら、ぽつりと言った。カップの中の氷は、
すっかり溶けきって水滴すらついていない。
「だね」と理央が頷き、
「うん……」と澪も、自分のために空けられたか向かいの席に腰を下ろした。
半年前の最初の日と同じように、三人はポテトをつつきながらたくさんの話をした。
勝手に動画が上がった夜の怖かったこと。
澪一人が遠くへ行ってしまうみたいで寂しかったこと。
そして澪自身も、二人に避けられている気がして本当はずっと苦しかったこと。
わだかまりがゼロになったわけではない。
それでもやっぱり、ウチラは親友なんだ――澪の胸の奥に、ずっと忘れていた温かいものがじんわりと広がった。
「……もう、いいかな。インフルエンサーになれなくっても」
澪は涙を拭くと、テーブルの上でスマートフォンを取り出した。
二人の目の前で設定画面を開き、あと三百人で一万人に届くはずだった
アカウントの『削除』ボタンに指を乗せる。
向かいに座る夏帆と理央の笑顔が、驚愕の表情に変わる。
「……え、澪、消すのえっ、澪、いいの!? ?」
「うん! だって三人でやんなきゃ意味ないし!」
澪は画面を見つめたまま、迷わず『削除を確定する』をタップした。 画面が切り替わり、アカウントが完全に消滅する。
その時の澪の心は、嘘偽りなく晴れやかだった。
窓際のカウンター席では、レムが最後のハンバーガーを飲み込み、ガラス窓に映るボックス席の向こう側で
笑っている澪の姿を、無機質な瞳で静かに見つめていた。
――。
◇
翌日の夜。 風呂上がりにベッドへ寝転がった澪は、
手持ち無沙汰にスマホを開き、ログインしていない初期状態のチックタックを
何気なく眺めていた。
おすすめ欄をスワイプしていた指が、ピタリと止まった。
画面の端に、『LIVE』の赤い文字が点滅している。 配信者のハンドルネームとアイコンは――昨日、自分の手で完全に消去したはずの、澪自身のアカウントだった。
「えっ……? なに、これ……??」
恐る恐るタップすると、不気味な映像が流れ始めた。
映っているのは、今日の昼休みだった。
今朝登校した澪と理央と夏帆の三人が、仲直りして教室の隅でふざけ合っていた行動が、
まるで誰かがすぐ隣で撮影していたかのように、
一分一秒違わず完全に再現されて投稿されていたのだ。
投稿が、現実を拘束している。 背筋が凍りついた瞬間、ザッと砂嵐が走り、映像が切り替わった。
『キャアアアアッ!!』
耳をつんざくような悲鳴。
夜の暗い校舎を、激しい手ブレとともに疾走する一人称視点の映像だった。
そして階段の踊り場に差し掛かった瞬間、前を走っていた三人のうちの一人が、
何かに足を掬われたように階段から転落し、首を不自然な方向に曲げてピクリとも動かなくなった。
「ひっ……!」 次の瞬間、画面は真っ暗になり、ザーッというノイズだけが走る数秒のループに切り替わった。
澪の目には、ただの黒い画面にしか見えない。
なのに――左上の同時接続数は数万規模で跳ね上がり、コメント欄だけが異常な速度で盛り上がっていた。
〈澪ちゃんそこ危ないw〉 〈待って、左上の白い手なに?〉 〈うわ、二人が奥に連れてかれた〉 〈ずっと後ろに立ってるじゃん〉
自分には見えない「何か」が、何万人ものリスナーにははっきりと見えている。
そして拡散され、視線が集まるほどに、画面の向こうの怪異がこちら側の現実へと実体化していく。
全身が硬直し、指先一つ動かせなくなったその時だった。 ふと、背後から強烈な「視線」を感じた。
ゆっくりと首だけを巡らせる。 月明かりに照らされた部屋のカーテン越しに、すっと立つ「女の影」が映っていた。 あり得ない。澪の部屋はマンションの四階で、その窓の外にはベランダすら存在しないのだ。
ガタガタと歯の根が合わないほど震える澪の前で、横向きのシルエットだった女の影が、
ギシ、と音を立てるようにして、こちらへ「正面」を向いた。
突風が吹いたわけでもないのに、カーテンがバサバサと激しく内側に波打つ。 差し込む月光が、どす黒い血のような赤色へと変貌した。
そして――めくれ上がったカーテンの隙間、四階の窓ガラスの向こうに、びっしりと埋め尽くされた「無数の人間の目」がギョロリと剥き出しになっていた。
「あ……あぁ……っ!」
声にならない悲鳴を上げ、澪は手からスマートフォンを取り落とした。
床にぶつかった弾みなのか、落ちたスマホのスピーカーから、かつて三人で踊った流行りのK-POPの軽快なサビが大音量で流れ出した。
涙で滲む横目で床の画面を見ると、滝のようにコメントが流れている。
いつの間にかLIVE配信のカメラアングルが切り替わっていた。
映っているのは、ベッドの上でガタガタと震える「今の澪自身」の姿――それも、四階の窓の外、さらに高い位置から部屋の中を見下ろすアングルで。
K-POPの明るいリズムに重なって、画面の下部にAIの自動字幕とスパチャの赤いテロップが次々と浮かび上がる。
『タスけて』『後ろ』『もうすぐ死ぬ』『タスけて』『もうすぐ死ぬ』
ヒュッ、と喉が引きつり、息ができなくなった。
見えない巨大な手に肺を鷲掴みにされたように、呼吸が詰まっていく。
薄れゆく意識の底で、澪自身の心の中の声が、画面のテロップと全く同じ言葉を繰り返していた。
(助けて……もうすぐ、死ぬ……)
赤い月明かりの中、窓の向こうの「それ」が、今度ははっきりと見えた。
巨大な犬のような、あるいは狐のような歪んだ顔面に、数え切れないほどの眼球が蠢く異形の女が、四階の窓から澪をじっと睨み下ろしていた。
ドサリ、と澪の身体がベッドから床へと転がり落ちた。
その画面の隅――中継映像が乱れ、マンションの階下にある暗い駐車場がわずかに映り込んでいた。
◇
――その頃。マンションの階下、街灯のまばらなアスファルトの駐車場。
夜風に黒いフードの裾を揺らしながら、レムは微動だにせず立ち尽くしていた。
頭上の夜空を見上げるレムの硝子玉のような瞳には、常人には見えない禍々しい光景がはっきりと映り込んでいた。
マンションの四階の窓枠を踏み台にして、ビルの外壁をずるずると這い上がり、空を覆うほどに黒々とした不気味な巨体を異様に膨らませている影。
その全身に無数の目がギョロギョロと瞬き、幾重もの視線がマンションの一室
――澪の部屋の窓ガラスへと集中している。
「……増長しすぎたな」
レムは低い声で呟くと、ポケットに突っ込んでいた両手をスッと抜いた。
その手のひらには、幾何学模様が映り、
何匹もの細い境界の糸が蜘蛛の巣のように絡みついている。 上空で、巨大な入道が不気味に首をねじ曲げ、
階下にいるレムの存在に気づいたようにギョロリと無数の目を向けた。
ドロドロとした狂気と羨望の圧力が、重力のように駐車場のアスファルトを押し潰す。
常人であれば、その視線を受けただけで精神が崩壊するほどの悪意の奔流だった。
だが、レムは一歩も引かなかった。 彼は冷徹な瞳で頭上を見据えたまま、一音一音を噛みしめるように、静かに、しかし鮮烈に言い放った。
「――見越したな」
その瞬間、レムの足元から地面を伝い、強烈な緑色の光「拒絶の境界線」が放射状に展開した。
レムは上空の怪異を見据えたまま、ゆっくりと、視線を自分の頭頂部から足元へと撫で下ろすように落とした。
バチッ、と夜空で激しい放電のような音が響いた。 レムの視線の軌跡に沿って、見越し入道の伸びきった首筋から胴体へと、鋭い一筋の白い亀裂走る。
「グアアアアァァ……ッ!!」 人間には聞こえないはずの、おぞましい絶叫が夜空を震わせた。
血のように赤かった禍々しい月光も、窓を埋め尽くしていた無数の目も、すべてが泡のようにパチンと弾け飛ぶ。怪異の巨体は急速にしぼみ、夜の闇へと霧散して消えていった。
静寂が戻った駐車場で、レムは小さく息を吐き、再びポケットにスマートフォンごと手をつっこんだ。
◇
フッ、と。 澪の全身にのしかかっていた鉛のような重圧が、嘘のように消え去った。 血のように赤かった禍々しい月光も、窓を埋め尽くしていた無数の目も、K-POPの狂った音楽も、すべてが泡のように弾けて消え、いつもの静かな夜の部屋へと回帰していた。
大きく息を吸い込んだのを最後に、澪の意識はそこでプツリと途切れた。
◇
翌日の昼過ぎ。 澪は、まだ少しだけ震える足で雑居ビルの階段を上り、
再びレムの事務所のドアを開けた。
手にしていたバーガーショップの紙袋を、デスクの上にそっと置く。
「……あのさ、探偵さん、だよね? 昨日、駐車場からあたしのこと、助けてくれたんだよね?」 ソファの端に座った澪は、すがるような目でレムを見つめた。
「何がなんだか、もうさっぱりわからなくて……。昨日、あたしの部屋で何が起きていたのか、教えてほしいんだ」
レムは紙袋の中身をチラリと確認してから、ガラス玉のような瞳を澪に向けて、淡々と説明を始めた。
「妖怪も怪異も、時代と共に姿や形を変えて生き続けてる。
……今回の件は、いくつかの悪い条件が重なった複合事故みたいなもんだ」
「複合事故……?」
「ああ。まず、同じリズム・同じ振り付けを複数人で反復する行為。日本の盆踊りや神楽がそうであるように、あれは本来、向こう側から霊を招き寄せる降霊の儀式なんだよ。
そこにSNS特有の狂乱や、人の嫉妬、羨望といったドロドロした感情が混ざり合って『共鳴り(ともなり)』を起こし、君自身が怪異を呼び込む依代になってしまった」
レムは指を一本立てた。
「そして、君自身も、画面の向こうで四六時中スマホにかじりついている連中も、
半分『離魂病』……古典でいう『あくがれ』の状態になっていた。
眠っている間に、押し殺した本音や『もっと見られたい』っていう強い執着だけが肉体を抜け出して、夜の校舎や思い出の場所を彷徨い、カメラのセンサーに感光していたんだ」
「じゃあ、最初の動画に映ってたあたしたちは……」
「君たち自身の遊離魂さ。そして、そこに『憑き物筋』――クダギツネや犬神に近い性質の怪異が取り憑いた。
連中は憑いた人間を急激に富ませる……現代で言えばバズらせて注目を集める代わりに、
周囲の『嫉妬』や『羨望』を餌にして太る。
誰かが強く『羨ましい』と念じると、その執着を伝って次の宿主へと歩いて感染していく性質がある」
窓の外から睨みつけてきた、あの狐や犬のような女の顔が脳裏に蘇り、澪は肩を抱いた。
「その憑き物の力に引き寄せられて、月夜の障子に映る『影女』や、無数の目が浮かぶ『目目連』が寄り集まった。
……ただ、一番運が悪かったのは、そいつらが『見越し入道』と合体してしまったことだ」
「みこし、にゅうどう……?」
「見上げれば見上げるほど背丈が伸びて巨大化し、常に高い位置から人を見下ろす妖怪だ。SNSにおける『再生数』
……つまり見られた数と目目連の視線が増えるほど、怪異の背丈がぐんぐん伸びて、マンションの四階の窓まで届いてしまった。
見越し入道は『見越したな』と唱えて頭から足元へ視線を落とす
――つまり『見ないこと』『承認を捨てること』でしか祓えない」
そこまで聞いて、澪はハッと顔を上げた。
「えっ? でもあたし、一昨日の夕方、マックリア(ハンバーガーショップ)で
『もういい』ってアカウント消したよ!?
承認欲求を捨てたのに、なんで昨日の夜になってあんな化け物が現れたの……??」
レムは少しだけ間を置き、静かに問い返した。
「……『三人旅の禁忌』や、『七人ミサキ』って知ってるか?」
「え……? ううん、知らない」
「古くから、三人で写真を撮ると真ん中が死ぬとか、
三人で旅をすると必ず一人が仲間外れになり、その隙間に魔が差すっていう俗信がある。
そして『七人ミサキ』は、常に定員が決まっている怪異だ。
新しく一人を憑り殺して引き込むことで、最初の定員から一人が抜けるっていうシステムを持っている」
「なにそれ、幻影旅団みたい」
「え、そんなんだったっけ、幻影旅団って?君結構富樫先生の作品好きだよね」
レムの低い声が、静かな事務所に落ちた。
「同じ再生数で仲良く並んでいた三人のうち、君一人だけが抜けてバランスが崩れた瞬間、生じた隙間に『四人目』……カメラを構える撮影者が入り込んだ。
誰か一人がバズって孤立し、他の誰かがそれを羨むことで呪いのバトンが渡され、永遠に『三人』の定員の中で生贄が回り続けるループ構造だ。
……君がアカウントを消してその輪から降りようとしたから、怪異は『三人』の定員を埋めるために、君を向こう側へ引きずり込もうとしたんじゃないのかな」
「三人……定員……」
澪の顔から、急速に血の気が引いていった。
「ま、まさか……理央!! 夏帆!!」
澪は震える手でポケットからスマホを取り出し、メッセージアプリ『MINE』の画面を開いた。 スッ、スッ、と汗ばむ指を滑らせる。
「えっ……、えっ……??」
友達リストをスクロールするたび、澪の口から
「え? なんで!?」という掠れた声が漏れた。 ない。毎日何十件もやり取りしていたはずの二人のアカウントが、どこにもないのだ。 慌てて三人のグループトークの履歴を開いた澪は、息を呑んだ。
「嘘……!? 理央も、夏帆も、いないの!? MINEの友達リストにも、履歴にもなくなってる!! なんで……!?
三人のグループだったはずなのに、あたし一人のトークルームで、半年前の最初から、あたし一人の独り言しか残ってない……!!」
画面には、半年前のあの日からずっと、誰もいないトークルームに向かって
『今日の放課後マックリア集合ね!』
『このダンス良くない?』
『ねえ、なんで既読つかないの?』と一人で送り続けていた澪自身のメッセージだけが、延々と並んでいた。
「じゃあ……一昨日、マックリアで仲直りした二人は…
…あたしと一緒に笑ってた二人は、どうなったの……!?
ねぇ、探偵さん! あの時、同じ店にいたよね!? あたし、ちゃんと二人と話してたよね!?」
すがりつくように叫んだ澪に、レムは何も答えなかった。
ただ無言で立ち上がると、電気ケトルで沸かしたお湯をマグカップに注ぎ、
インスタントの粉末をくるくるとかき混ぜた。
そして、甘い湯気の立つカップを、震える澪の前のテーブルへ無造作に置いた。
「まぁ、一息つきなよ。粗茶ですが、どうぞ」
「あ、うん、ありがと……(そ、粗茶? 茶なのかな、コーンポタージュって……?)」
レムが「あの時二人がどうなったのか」をあえて否定も肯定もせず、コーンポタージュで煙に巻くことで、底知れない沈黙が事務所を支配した。
レムは自分のデスクに戻ると、テーブルの上のスマートフォンの端を人差し指でトントン、と叩いた。
「SNSが悪だなんて言うつもりはない。けれど、使い方を誤ると、こういう恐ろしいモノを引き寄せる器になってしまう。そういうモノだってことだな。……凄いよな、コイツ」
そしてレムは、澪が持ってきたバーガーショップの紙袋を引き寄せながら、ぶっきらぼうに付け加えた。
「アンタは、おごってくれた特別な客だったからな。君に絡みついていた境界の糸だけは、昨日のうちに特別に始末しておいたよ。……はい、説明終わり」
「あ、ありがとう……なのかな?」
親友二人の存在そのものが自分のスマホから消え去ってしまった不気味さと、
命を救われた安堵の狭間で呆然とする澪。
そんな彼女を尻目に、レムは紙袋からフライドポテトを引っ張り出すと、前歯で一本ずつリスのようにポリポリと食べ始めた。
澪はコーンポタージュのカップを両手で包み込んだまま、その奇妙な探偵の姿をしばらくぼんやりと見つめていた。
◇
――同じ日の昼休み。少し離れた別の高校の、誰もいない屋上。 フェンス際のベンチに一人で座り、スマートフォンでチックタックを見ている、眼鏡を掛けた地味な女子生徒がいた。 流れてきたのは、見覚えのない二人の美少女が踊っているショート動画だった。タイトルもハッシュタグもないのに、再生数は今この瞬間も猛烈な勢いで回り続けている。
「……いいなぁ。あたしもこんなふうに可愛くメイクして、友達と一緒に動画出してみたいなぁ……」
ぽつりと呟き、ため息をついてアプリの撮影画面を開いた、その時だった。 画面の中の自分の顔から、地味な眼鏡がフッと消えた。
代わりにキラキラとした極上のメイクと小顔エフェクトが自動でかかり、別人みたいに愛くるしい美少女へと変貌する。
指先で画面をスワイプする。
流れてきたのは、見覚えのない二人の美少女が踊っているショート動画だった。
タイトルもハッシュタグもないのに、再生数は今この瞬間も猛烈な勢いで回り続けている。 「かわいい……」と見惚れていた女子は、ふと違和感を覚えて眉をひそめた。
動画の背景に映っている錆びた金網フェンスと、給水塔。 それは、今まさに自分が座っている「この屋上」の景色だった。
しかも、三脚の定点映像ではない。誰かの手持ちカメラ特有の生々しい手ブレを伴いながら、カメラのアングルが少しずつ、ベンチに座る「眼鏡の女子の後ろ姿」へと近づいてきているのだ。
「え……? なに、これ……」
動画の中で踊っていた二人の美少女が、ピタリと動きを止め、カメラの向こうの「女子の背中」を指差してニッコリと笑った。
画面の下部に、無数のコメントが滝のように流れ出す。
〈三人目見つけたw〉〈後ろ後ろ!〉〈新しい子だ〉
女子が凍りついて振り返ると、そこには動画の中と全く同じ二人の美少女が、逆光の中で立っていた。
「ねっ、何一人で見てるの?」
「え? ……誰……?」
「ええっ、酷くない!? なにそれ!」
その声を聞いた瞬間、女子の頭の中でカチリと記憶が書き換わった。
「……あっ、ごめんごめん! 夏帆っ、理央!」
女子が笑顔で立ち上がると、彼女の手から滑り落ちたスマートフォンがベンチの上に転がった。
画面の中では、いつの間にか「見知らぬ誰かの手」がスマホを拾い上げ、
仲良く肩を組む三人を見下ろすように、じわり、じわりと高い位置へアングルをせり上げていくところだった。
『ねっ、もしかしてチックタック見てた? ……あの、さ。一生のお願いっ!』
『 あ た し た ち と 、 い っ し ょ に う つ ろ う ? 』
エピソード18:バズ女子 (完)
びっくりしますよね、10500文字。昨日の朝からずっと仕事の資料を缶詰で作ってます。PCで。
肉体労働メインの会社勤めなのに労務とか資料作りばっかりしてるから絵本作家とか同人作家と揶揄されることもしばしば有るのですが、家に帰ってからもまだ
物語を書き続けるなんて、自分でも病気なんじゃないかと思います。
付き合って拝読してくださった方がおりましたら、心から感謝致します。




