第11話(第9話後編)-罪の立証
### 第11話(第9話後編)-罪の立証-**
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勤務が終わり、自宅へ戻る途中で、男はふと公園のベンチへ腰を下ろした。
かつて大手商社に勤務していた頃は、硬質な革のビジネスバッグを肌身離さず抱えていた。だが今、男の傍らにあるのは、介護の現場で使う使い古された白いリュックサックだ。
男はジッパーを開け、中から大事そうにいくつかの品を取り出した。 施設の利用者から手渡された何枚ものお礼の手紙。そして、リハビリを乗り越えたあのおばあさんから「お守りね」と頂いた、少し歪な折り紙の鶴。
誰かの命を泥棒のように奪うのではなく、自分の命を分け与える気功――その使い方を覚え始めてからというもの、男の身体は日常的に激しい疲労と消耗に苛まれていた。
だが、自動販売機で買った甘くて温かい缶コーヒーを一口すすり、指先で折り紙の鶴を撫でていると、胸の奥からじわじわと温かいぬくもりが広がっていくのを感じた。
「……よし」
小さく息を吐き、缶コーヒーを飲み干すと、男は再び白いリュックを背負って家路へと歩き出した。
◇
深夜。しとしとと冷たい雨が降る夜道を、男は歩いていた。
雨粒が頬を打っても、男の胸の中には、おばあさんやおじいさん達の笑顔と、「新しい自分」としてやり直す希望の火が温かく灯っていた。
(俺は変わったんだ。これからは真面目に働いて、誰かの役に立って……)
未来への希望を胸に歩を進めていた、その時――。
二十メートルほど先の街灯の下。濡れたアスファルトと雨の帳の中に、ぽつりと佇む影があった。
レムだ。 濡れたコートの衿を立て、彼は煙草の火を静かに赤く揺らしながら、硝子玉のような瞳で男をじっと見つめていた。
「……だ、誰だ……? あの時の、探偵さんか? なんだよ、俺に何か用でも――」
男が困惑混じりに声をかけようとした、その瞬間。
レムは無言のまま、雨の降る暗闇に向かって、すっと細い右手をかざした。 探偵事務所でのあの夜、男とおばあさん、あるいは男と過去の犠牲者たちを不当に繋いでいた『生気の糸』を、目の前でギュッと力任せに掴み取る動作をした。
――カチリ。
世界から、すべての雨音が消え去った。
「え……?」
次の瞬間、男の全身から、急激にすべての体温と感覚が吹き飛んだ。
自分がこれまでおばあさんに分け与えていた命のツケ、そして過去に身勝手に奪ってきた無数の他人への代償――膨大な『境界の不整合』が一気に押し寄せ、男の身体を内側から破壊していく。
「あ……が……っ!?」
視界が急速に暗転する。 未来を夢見ていた男の瞳からすっと光が失われ、膝からガクガクと力が抜けた。
ドサリ。
糸の切れた肉人形のように、男は冷たい雨の泥水の中へ顔から倒れ込んだ。指一本すら動かない。身体の中のすべての『気』が、あるべき場所へと強制的に送り返されていく凄惨な感覚。
泥に伏す男の目線の先。 ゆっくりと近づいてきたレムの革靴が、耳元で止まった。
「……これで罪の証明はできたかな? 罪は証明できなくても、罰は下るよ。俺の手でね」
泥水を舐めながら、男は途切れ途切れの声を絞り出す。
「ぉ、れ、が……ぉまぇに……なにぃを、したって……ぃぅん、だ……っ」
レムは細い煙草をくわえ直し、冷ややかに見下ろしたまま呟いた。
「――契約料、一回五千円。未払いだ」
男はすがるように、ボロボロと泥混じりの涙を流しながら、声にならない声を漏らした。
「た、のむ……よ……。じぃちゃん……ばぁちゃん、たち……あしたも……まってる……んだ……から……っ」
冷たい雨の中、レムはただ一筋の紫煙を吐き出し、氷のように低い声で言い放った。
「……だめだ。てめぇの明日は信用できねぇ」
煙草の紫煙が、冷たい雨の中に虚しく溶けて消える。
街灯の光の下、泥の中に横たわる男の耳に届いたのは、二度と戻らない自分の浅はかな呼吸の音だけだった。
【第11話(第9話後編)-罪の立証-完】




