第8話 時間切れの来ない聖女と、夕暮れの鬼ごっこ
「王! 早くわたくしに最高の卵を産ませてください……! そして二人で寄り添い、ホカホカに温め合うのです……!」
純白の大トカゲに変貌した銀髪聖女にゼロ距離で抱きつかれるという、最悪の悪夢から冷や汗ダラダラで跳び起きた翌日。
俺は今日も人化の擬態魔法を使い、漆黒の髪と瞳を持つ人間の姿に変身して人間の村のカフェへとやってきていた。
「マモルさん、本当にごめんなさい! 昨日は私が情けなくも落とし穴にハマったせいで、マモルさんまで水浸しにさせてしまって……」
「い、いやいやキアラちゃんが謝ることじゃないよ! ほら、昨日のはただの、村の地下水脈の突然の破裂というか、間欠泉のイタズラだから!」
麦わら色の髪を綺麗に整えたキアラちゃんが、申し訳なさそうに俺の前にクッキーの皿を差し出してくる。
可愛い。やっぱり人間の女子の気遣いは五臓六腑に染み渡る。
「でも、あの古文書の予言……『漆黒の王に引き寄せられ、五大属性のトカゲの災厄が街に集結する』という不吉な言葉が、どうしても頭から離れなくて。マモルさんの周りにいる、あの頭の狂ったトカゲっぽい幼馴染の女性たち、絶対に怪しいです。私がマモルさんを全力でお守りしますからね!」
「あ、ハハ……(それ全部俺の魔力のせいだし、俺を守るのがトカゲ嫌いのキアラちゃんっていう四面楚歌)……ありがとう、心強いよ」
俺がガタガタと震えながらアイスコーヒーを喉に流し込んでいると、突如、カフェの前の大通りが、言葉を失ったかのように静まり返った。
街の通行人たちが全員、モーセの十戒のごとく左右に道をあけ、うっとりとその場に立ち尽くしている。
歩いてきたのは、周囲の空間がそこだけライトアップされているかのようにまばゆい光(物理)を放つ、一人の美女だった。
神秘的にきらめく銀髪を長く美しくなびかせ、ルビーのように赤く澄んだ瞳を持つ、中世の絵画から飛び出してきたような超絶美少女。
……夢で見た通りの姿。
人間に擬態した光の聖女、エルシエラだ。
(ひえっ、本当に来やがったァァァアアア!!!)
「まぁ……なんて綺麗な人……!」
キアラちゃんが思わず感動の声を漏らす。
無理もない。
これまでの4人とは違って、ウロコも爬虫類っぽさも1ミリも見当たらない、正真正銘の完璧な聖女のビジュアルなのだから。
「――お初にお目にかかります、キアラ様。
わたくし、マモル様の魂の全てを管理する、第一の番のエルシエラと申します」
エルシエラはお淑やかにペコリと気品溢れるお辞儀をしてから、満面の笑みで俺の両手をガッチリと握りしめた。
手の平の感触はシルクのように滑らかだが、その力は万力のように強固で絶対に離してくれない。
「マモル様、昨夜は夢のなかでお逢いできて光栄でした。予言の時は満ちました。さあ、今すぐ神域へ戻り、わたくしと愛の卵を――」
「ちちがうんだキアラちゃん! コイツはちょっと宗教の勧誘が激しいタイプの、故郷の幼馴染(5人目)で!!」
俺は立ち上がり、全力でエルシエラの口を塞ぐ。しかし、時すでに遅し。
「夢の中……!? 卵……!? マモルさん、この人もやっぱり見た目が綺麗なだけで、中身はあの凶悪なトカゲの化け物集団の仲間じゃないですかァァァ!!」
キアラちゃんが秒速で騙されたことに気づき、テーブルを叩いて立ち上がった。
「ふふ、人間風の言語は難しいですね。ですが、これでお喋りは終わりです、マモル様」
エルシエラが美しく微笑んだ、その時だった。
――ピピッ。制限時間、残り10分。魔力が底を尽きかけています。
俺の脳内に、無慈悲なタイムリミットの電子音が鳴り響く。
(やべぇ、いつの間にか3時間経ってた! あと10分で変身が解けたら、キアラちゃんの前で漆黒の大トカゲに戻っちまう!!)
「ごめんキアラちゃん、急用を思い出した! ちょっと路地裏へ行ってくる!」
俺はエルシエラの手を振りほどき、猛スピードで逃げ出そうとした。
しかし、エルシエラは避けるどころか、聖母のような慈愛の目をこちらに向け、人差し指をちゅっと自分の唇に当てた。
「マモル様どこへ行くのですか? 3時間などという不便な呪い、わたくしの光の魔力で『延長』して差し上げます。……ただし、魔力の譲渡には接吻が必要ですが」
「はあ!? キ、キスが条件なのかよ!」
「ふふ、わたくしは光の恩寵により、人間でいられる時間を『12時間』も持っているのです。これを、一回の接吻につき『1時間』、皆様に分けて差し上げましょう。……さあ、唇を出しなさい、わたくしの可愛い子羊たち」
エルシエラがパッと腕を広げて合図を送った、その瞬間。
カフェのテラス席の影から、待機していたゼフィラ(風)、ガルダ(火)、デメト(土)、ネレイダ(水)の4人が、一斉に人間の姿で姿を現した。
「ず、ずるいぞ光の女! アタシにも1時間よこしなさい!」
「チャ、チャージしてほしいっすけど……な、なんで聖女様とキスしなきゃいけないんっすか!? アタシのファーストキスはマモルって決めてるんっすよ……!」
野生全開だったはずのガルダが、顔を真っ赤にして、おへその前でもじもじと指先を突き合わせている。
ツンデレのゼフィラも、エメラルドグリーンの髪をツインテールごと激しく揺らし、耳まで真っ赤にしてエルシエラからプイッと顔を背けていた。
彼女たちにも「恥じらい」という文化が少しあったらしい。
「ふふ、嫌なら3時間で強制送還されるだけですよ? さあ、早く唇を出しなさい」
「うぅ……っ。マモルのためなんだからね……っ!」
「こ、これもマモルと夜のデート残業をするためっす……!」
覚悟を決めたトカゲ美少女たちが、顔をリンゴのように真っ赤に染め、瞳を潤ませながら、エルシエラと唇を重ね合わせていく。
チュッ、チュッ、チュッ、チュッ!
「な、何が始まって……えっ、超絶美少女たちが、顔を真っ赤にしながら女の人同士で次々と口づけを……!?」
目の前で突如始まった、怪しい魔力の光を放つ、羞恥心に満ちた高速の接吻の儀式。
あまりにも不審で、だけど最高に尊くてヤバすぎる絵面に、キアラちゃんは完全に腰を抜かして泡を吹きかけている。
時間を配給された4人のトカゲヒロインたちの魔力が、みるみるうちに大復活していく。
ガルダはまだ顔を真っ赤にしたまま、潤んだ目をハートマークにして俺にジリジリと詰め寄ってきた。
「お、お待たせっすマモル……! 恥ずかしかったっすけど、これで夜の部スタートっす! 朝までたっぷり、卵を温めるお話をするっす!」
(トカゲ同士のキスで赤面しながら変身時間をやりくりすんじゃねぇ!!誰が頼んだよその不器用で可愛いシフト管理!!
あとガルダ、その完璧なギャル顔で純情ぶるのやめろ、心が揺らぐだろ!!
っていうか1時間延長されたってことは、
『トカゲたちの夜の求愛拘束残業時間』が強制的に1時間追加されたってことじゃねぇかァァァアアア!!!)
夕暮れに染まる人間の村。
5人の等身大トカゲ美少女たち(全員1時間チャージ済み)から、夜通し全力で追い回される、不憫すぎる俺の「地獄の深夜鬼ごっこ」が、今ここに幕を開けるのだった。
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(次回更新:本日20時20分!)




