第6話 暗闇の密室と、水底から見つめる青い瞳
「っ……いたたた……」真っ暗な闇の底で、俺は腰をさすりながら上体を起こした。土の部族のデメトが掘った、直径5メートルの巨大な落とし穴。落ちていく時は死を覚悟したが、着地する直前、不自然なほどフワリとした泥のクッションに受け止められたおかげで、ケガはなさそうだった。
「マモルさん、無事ですか……っ! すぐに明かりをつけます!」
キアラちゃんが素早く懐から明かりの魔道具を取り出し、パッと掲げた。白い魔力の光が地下空洞を照らし出し、視界が確保される。
さすがは村の防衛隊のエリート魔導士、ピンチの時の初動がめちゃくちゃ早くて頼りになる!
だが、周囲が明るくなったことで、俺のパニックは逆に加速した。
(明るくなったのはありがたいけど、やべぇよ!! もう俺の腕のあたりから、真っ黒なトカゲのウロコがザワザワと浮き出てきてる!! あと10分で『漆黒の大トカゲ』に戻って正体がバレちまう!!)
――ピピッ。制限時間、残り5分。魔力がまもなく底を尽きます。
脳内で無慈悲なカウントダウンが響くなか、キアラちゃんがキリッとした顔で立ち上がり、足元の地面に両手を突いた。
「マモルさん、下がっていてください。私、これでも村の防衛隊では『次期隊長候補』って言われるくらい、人間の中ではトップクラスの地魔導士なんです! こんな嫌がらせの穴、私の地魔法で大地の足場ごと突き上げて、今すぐ地上に戻してみせます!」
「大地の精霊よ、我が魔力に応えなさい!!」
ドォン! とキアラちゃんの全身から、エリートの名に恥じない見事な黄色の魔力オーラが放たれる。
……が。
モコッ……。
「え?」
足元の土が、ほんの10センチほど可愛らしく盛り上がっただけで、キアラちゃんの魔法はパチパチと火花を散らして霧散した。
周囲の壁はビクともしていない。
「嘘……嘘でしょ……!? 私の全力の魔力が、大地の圧力に完全に相殺された……!? あの琥珀色の人、一体どれだけデタラメな魔力をこの穴に込めてるの……!?」
人間の世界なら『若き天才』ともてはやされるはずのキアラちゃんが、生まれて初めて味わう圧倒的な挫折。
キアラちゃんがショックでへたり込む横で、俺はガタガタと震えながら納得していた。
(そりゃあアイツ、見た目はおっとりお姉さんだけど、正体は『人間の1000倍強いリザードマン』だからな……! 人間の『天才』の魔法なんか、そよ風レベルに掻き消されるぞ!)
タイムリミットは、残り3分。
絶望する俺たちが、ハッと息を呑んだ。
キアラちゃんが灯した魔力の光に照らされた、落とし穴の奥。
そこにある地下水脈の水たまりから、ピチャ……と静かに波紋が広がっていた。
そして、その水面から、「頭だけ」をギョロリと出して、こちらの様子をじっと凝視している者がいたのだ。
明るい光の中にくっきりと浮かび上がる、その異常な光景。
見事な青いロングヘアを水に濡らし、冷徹で、だけど病的なほど愛おしそうな瞳で俺をロックオンしている儚げな美少女。
……その正体を、俺は知っている。水の部族の戦士長の娘――ネレイダだ。
「……ひぃっ!? ゆ、幽霊!? 水のバケモノォォォオオ!?」
水面から生えるように現れた美少女のホラーすぎる構図に、キアラちゃんが悲鳴を上げる。
ネレイダは水底からねっとりとしたヤンデレボイスを響かせながら、水から上がって俺の元へと歩み寄ってくる。
「ふふ、やっぱり土をいじるだけの泥臭い女たちは無能ですね……。マモル、やっと邪魔者のいない、二人きりの密室になれましたね……」
「な、何言ってるんだお前! っていうかキアラちゃんがいるだろ!」
「え? そんなツルツルした人間のメス、アタシの視界には1ミリも映っていませんよ?」
ネレイダが俺を抱きしめようと、愛おしそうに顔を近づけて、瞬きをした。
パチリ。
その瞬間、ネレイダの青い瞳の表面を、トカゲ特有の「瞬膜(横にシャッと動く透明な第3のまぶた)」が、キアラちゃんの目の前で思いっきり横にスライドした。
「ギャァァァアアア!! 今、あの女の人の目の膜が横に動いたァァァ!! やっぱりトカゲのバケモノよぉぉおおおおお!!」
キアラちゃんの絶叫が地下空洞に木霊する。3話の髪、4話のハエに続き、ついに「トカゲの目」が完全に見つかった。
だが、言われたネレイダは、キアラに侮辱されたことよりも、デメトの穴の中にいること自体にイラついたようだった。
「チッ……本当に不快な穴ですね。マモル、あんな泥を掘るだけの無能女の仕掛けなんて、アタシの水流で今すぐ吹き飛ばして差し上げます。……邪魔者は、消えなさい」
ネレイダが冷酷に腕を上へと掲げた瞬間、地下水脈の水が狂ったように渦巻き始めた。
「待てネレイダ、それは威力が強す――」
俺の静止が間に合うわけがない。
ドゴォォォォォォン!!!
ネレイダが放ったガチの水流魔法が、落とし穴の天井(広場の地面)を粉砕し、俺とキアラちゃんを巻き込んで、巨大な『間欠泉』のように地上へ向かってドカンと垂直に打ち上げた。
「ぎゃああああああああああああ!!!」
「キャァァァァァァァァァァァ!!! 」
凄まじい水圧のロケットに乗せられ、俺たちは粉砕された広場の石畳を突き破って、一気に地上へと飛び出した。
タイムリミット、残り数秒。
「ぶはっ!」と空中で水を吐き出しながら、俺はキアラちゃんから離れた近くの茂みへと、ラグビーボールのように激しく転がり込んだ。
着地した瞬間、擬態魔法の魔力が完全にゼロになる。
人間の体が一気に弾け、俺は元の『ゴツゴツとした真っ黒な大トカゲ』へと戻った。
「はぁ、はぁ、はぁ……! ギリギリセーフ……! 茂みに入ってからトカゲに戻れた……!」
泥と水に塗れながら、茂みの隙間から広場を覗く。
広場のど真ん中では、水浸しになったキアラちゃんが腰を抜かしたまま、ガタガタと震えていた。
「ひ、ひぃ……緑のレンガ髪に、ハエを食う爆乳ギャルに、生きた芋虫スープの琥珀お姉さんに、目が横に動くヤンデレ水幽霊……。マモルさんの幼馴染、やっぱり全員が凶悪な『トカゲの化け物集団』じゃないですかぁぁぁあああ!!!」
キアラちゃんの魂の叫びが、青空に虚しく響き渡る。俺の正体はバレなかったが、俺の周りの人間関係(トカゲ関係)が、最悪な意味で完全にキアラちゃんにマークされてしまった。
トカゲたちの愛が重すぎるヤンデレ魔法と、不憫すぎる俺の隠密生活。人間の女子との甘酸っぱいラノベ展開を取り戻すための俺の戦いは、さらにカオスな泥沼へと引きずり込まれるのだった。
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(次回更新:本日18時20分!)




