第42話 大魔導師の涙の仲人と、冷たい麦茶の物理ディフェンス
「いいかいキアラ、よくお聞き。ボクは今、大魔導師としてこの世界の崩壊を防ぐために、師匠としての最大級の命令を下すよ。お前は今すぐ、そこにいる『マモル様』とこれ以上ないほど濃厚な真実の愛の誓いのキスを交わすんだァァァ!!」
テラス席から人間姿のガルダたち4頭がクレープを食べに市場の奥へと去っていった直後。
金髪エルフの美少女師匠アリアは、滝のような冷や汗をダラダラと流しながらキアラちゃんの両肩をガシッと掴み、バキバキに据わった涙目で必死の説得(大暴走)を開始した。
アリアちゃんの脳内では現在、(キアラお前バカか! 早くその漆黒の化け物のボス(マモル様)を受け入れて正妻になりなさい! そうしないとキアラもボクもこの村も一瞬で更地にされるんだよォォォ!!)と、愛する弟子と世界を救うための最悪の自己犠牲ストーリーが涙ながらに完結していた。
しかし、俺の正体を1ミリも知らないキアラちゃんは、師匠からの突然の『キスしろ命令』を浴びた瞬間、一瞬で顔面から「プシューーーッ!!」と湯気を吹き出して大赤面した。
「し、師匠ーーーーッ!? 急に何を言い出すのですか!! マ、マモルさん(※人間の姿)とキスだなんて、そんな、まだお付き合いもしていないのに、お昼のカフェの真ん中でそんな破廉恥な誓いの口づけなんて、分隊長として破廉恥すぎますわァァァーーーッ!!」
キアラちゃんは両手で顔を覆いながらも、ルビーの瞳をトロンと潤ませて猛烈に身悶えしている。
「破廉恥とか言ってる場合かキアラ!! お前が『マモル様』と今すぐ唇を重ね合わせることこそが、世界を救う唯一の方法(※ただの命乞い)なんだよぉぉぉ!! 早く唇を差し出しなさい!!」
(黒トカゲ状態の俺も人間状態の俺も名前が100%同じだから、キアラちゃんの脳内で『大好きな人間のマモルさんとの甘酸っぱい初キスイベント』に完璧に美しく脳内変換されてんじゃねぇか!!! アリアちゃんは俺を『街を更地にするトカゲの魔王』だと思って、涙目で弟子と世界を守るための政略結婚の仲人を必死の形相で務めてんだよ!!)
俺(人間姿)が心の中で白目を剥いて特大のツッコミをブチかましていると、キアラちゃんは涙目で必死に自分を応援(?)してくれる師匠の熱意に打たれ、両拳をギュッと握りしめてバキバキの恋する乙女の目で俺を見つめてきた。
「……分かりました、師匠……! 師匠がそこまで私の背中を押してくださるなら……私、次期隊長候補としてのプライドを捨てて、マモルさんへの『真実の愛』を、今ここで証明してみせます……っ!!」
キアラちゃんがゆっくりと目を閉じ、可愛い唇を「むぅ……♡」と突き出して、俺の顔へとじりじりと至近距離で近づけてくる。
人間の女の子の甘い香りが、鼻先をふわりと掠めた。
本来なら前世18歳の純情高校生として鼻血を出して昇天するほどのご褒美イベント。……だが、俺の隠密脳細胞は、次の瞬間、ココアから突きつけられた最悪のシステム警告を思い出して完全に恐怖で凍りついた。
(ア、アカン!!! 嬉しいけど絶対にダメだァァァ!!! ココアの言ってた解除条件は【トカゲ姿のまま相思相愛でキスする】だ。もし人間の姿のままうっかりキアラちゃんとキスを交わしてしまったら、その瞬間に祝福のシステムが誤認して、人間の姿に戻る裏技が【永久に消滅】しちまうんだ!!
そんなことになったら、俺、一生あのゴツゴツした漆黒の大トカゲのまま引きこもり隠密スローライフを送るハメになるじゃねぇかァァァ!!!)
迫りくるキアラちゃんの唇。
人間の姿を永久にロストして一生ガチトカゲとして生きる絶望を防ぐため、俺はキアラちゃんの唇が触れる寸前のところで、大慌てでテーブルの上の『冷たい麦茶』のコップを掴み、キアラちゃんの唇の前へとパッと差し出して物理的にガードした。
ポフッ。
「ふぇ? 麦茶……?」
キアラちゃんの柔らかい唇が、冷たい麦茶のコップの側面に優しく激突し、目の前での初キスは完璧に不発へと終わった。
キアラちゃんがショックでルビーの瞳をうるうると潤ませ、「マモルさん……私、嫌われちゃいましたか……?」と今にも泣き出しそうになるのを見て、俺は背中に滝のような冷や汗を流しながら、大慌てで人間のイケメン笑顔を全開にして言い訳を口にした。
「ち、違うんだキアラちゃん! 嫌だったんじゃなくて……その、俺、ずっと、人生初のファーストキス(※エルシエラはノーカウント)は、ちゃんとお付き合いをしてから、誰も見ていないもっとロマンチックな場所で、俺から男らしくキアラちゃんにさせてほしいんだ……っ! だから、お昼のカフェのテラス席でフライングしちゃうのは、その、ちゃんとしたデートの時までのお楽しみにさせてほしいな、なんて……っ」
(人間の姿のままうっかりキスされたら、人間の肉体を取り戻すチャンスが永久にロストして一生あのゴツゴツした漆黒の大トカゲのまま引きこもるハメになるから必死に言い訳しただけなんだよバカヤローーッ!!!)
俺が心の中で血涙を流していると、そのピュアすぎる言い訳を聞いたキアラちゃんは一瞬でショックから立ち直り、顔面から「プシューーーッ!!」と再び湯気を吹き出して大赤面した。
「マ、マモルさん……っ! 私のことをそこまで大切に考えて、男らしくリードしようとしてくださるなんて……っ! はい! 私、いつまでも、どこまでもお楽しみに待っていますわァァァーーーッ!!!」
キアラちゃんがトロンとした幸せそうなガチ恋の目で俺を見つめる横で、後ろからその一部始終を見ていたアリアちゃんの顔が、恐怖のあまり完全に絶望のお通夜へと凍りついた。
(……ひ、ひぃぃぃ!!! あの黒い化け物のボス(マモル様)、キアラの安っぽい唇を拒絶したんじゃなくて、『こんな大衆の前のサバトではなく、夜の密室の生贄の儀式の席で、お前の純潔をガチで美味しく奪ってやる』っていう、恐ろしい肉食獣の夜這い宣言をしてるんだわァァァ!!!コクハク? トキメキ? 知るかそんなもん! ボクたち人間への、完全なる【夜の捕食予告】に決まってるじゃないかァァァアア!!!(ガタガタ震えて涙目))
俺の不器用なイケメンフォローのせいで、大魔導師の誤解がさらに猟奇的ホラーの方向へと最悪に悪化していく、のどかな昼下がりのカフェテラス。
人間の姿の制限時間のなかで、キアラちゃんに「お口直しにサンドイッチをどうぞ♡」とさらに食べさせられながら、アリアちゃんがガクブル震えてお通夜の顔になるなかで、俺の隠密スローライフは、もはや誰にも止められないすれ違い泥縄へと、容赦なく突き進んでいくのだった。
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(次回更新:明日12時20分!)




