第2話 人間の村と、人化の擬態魔法
異世界に転生して一週間。
俺は草壁守、18歳のしがない高校生。もとい、リザードマンの『黒の王』に勝手に祭り上げられた漆黒のリザードマンは、リザードマンの大集落にある我が家で、精神の限界を迎えていた。
「 マモル様!今日もウロコのツヤが最高にエロティックです!」
「王! 今日こそアタシたちとつがいになってください!」
毎日毎日、部族総出の大トカゲのメスたちから、野生全開の求愛ダンスと生肉のプレゼントを食らう日々。
断る! 誰がトカゲなんかと交尾したくなるかバカヤローッ!
見た目はどう見ても完全にジュラシックな爬虫類。そんな相手と交尾なんかしたら、人間の尊厳どころか俺の精神が木っ端微塵に吹き飛んでしまう。
そんな俺に、唯一の救いがあった。
成人の儀式を終えたリザードマンは『人間に擬態する魔法』が使えるようになるのだ。
手先が不器用なリザードマン達はその擬態魔法を使用して人間の村と交易しているらしい。
効果時間は、1日のうちのたったの3時間。昼でも夜でも好きな時間に、質素な衣服を着た状態で変身できるが、1日1回しか発動できないという絶対的な縛りがある。つまり、一度でも効果が切れてトカゲの姿に戻ってしまえば、その日はもう二度と人間に戻れないという仕様だった。
俺はトカゲたちに純潔(?)を奪われる前に、逃げ出したい一心でこの魔法を死に物狂いで習得し、今、念願の人間の村へと足を踏み入れていた。
◇
「す、素晴らしい……! ウロコがない……! 尻尾もない……! みんなちゃんと二足歩行の人間だ……!!」
村の広場で、俺は感動のあまり涙を流していた。
魔力で変身した俺の姿は、黒の属性を色濃く残す、漆黒な髪と瞳を持った人間の青年。
我ながらかなりのイケメンだが、そんなことはどうでもいい。
目の前に広がる「トカゲのいない世界」が、ただただ聖域だった。
「これだよ、これ! 俺は人間の女子と甘酸っぱいラノベみたいな恋がしたかったんだ!」
両手を広げて空を仰いでいると、すぐ近くで
「あ、あの……」
と戸惑ったような、鈴の鳴るように可憐な声が聞こえた。
振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。色素の薄い綺麗な麦わら色の髪。陶器のように白い肌。少し気が強そうだけど、めちゃくちゃ可愛い――本物の、人間の女の子だ!!
彼女は、広場でひっくり返してしまった果物のカゴを前に、困った顔をしていた。
「大丈夫ですか? 手伝いますよ」
「えっ? あ、ありがとうございます……! 紳士的な方で助かりました」
俺は現代日本人の染みついた親切心を発動し、テキパキと果物を拾い集めてカゴに戻した。引き締まった体のおかげで、動きもスマートだ。
「本当にありがとうございました。私は防衛隊の分隊長を務めています、キアラ・トカゲイルナと申します。あなたのお名前は……?」
キアラちゃんがペコリと上品にお辞儀をして、顔を少し赤らめながら俺を見上げてくる。人間の女子からの、ピュアな好意! 生肉の押し売りじゃない! 最高だ!
「俺は、マモル・クサカベ(草壁守)っていいます」
俺が名乗った、その瞬間だった。
キアラちゃんの愛らしい顔が、見たこともないほど引きつった。
「く、クサカベ……マモル……!? あなた、なんて恐ろしい名前を名乗るのですか!?」
「え? 俺の故郷の普通の名前ですけど……」
「この地方の古い方言で、クサカベは『ぬるぬるしたトカゲ』、マモルは『這い回る群れのボス』っていう意味ですよ!?」
嘘だろ!?異世界語のせいで、俺の本名が『ぬるぬるトカゲのボス』に完全翻訳されやがった!名前の呪いが異世界の言語の壁すら超えて俺を殺しにきてる。
これを裏で仕組んだトカゲの神がもしいるなら、今すぐ目の前に引きずり出してワンパンくれてやりたい。
俺が絶望していると、キアラは悲鳴を上げて三歩飛び退いた。
「ひぃっ!? 最悪です! 近寄らないでください!」
「ぶふぉっ!? エ、なんで!?」
「私、一族の名前が『トカゲイルナ』である反動で、『トカゲ』とか『ヤモリ』とか、あのぬるぬるしてギョロギョロした這い回る不浄の生き物が、世界で一番大嫌いなんです!! 触られただけでジンマシンが出ます!!」
トカゲイルナ、文字面はファンタジーっぽくて格好いいのに、『トカゲ居るな(ここにトカゲは存在するな)』という、筋金入りの爬虫類アンチの名前だった。
出会い頭に全否定されたぁ!?
俺の人間名『草壁守』の時点で、すでにアウト。しかも俺の正体はヤモリどころか『黒い巨大トカゲ』である。
終わった。俺の人間女子とのスローライフ、出会って3秒で核爆発した。
呆然と立ち尽くす俺の脳内に、突然、擬態魔法のタイムリミットを告げるアラームが鳴り響いた。
――ピピッ。制限時間、残り10分。
「あ、危ねぇ……!」
動揺して魔力が乱れたせいか、俺の手の甲から、真っ黒なトカゲのウロコが『ザザザッ!』と浮き出てくる。
「ヒィィィィ!! トカゲの手ぇぇぇえええ!?」
「えっ!? な、何がですか!?」
大嫌いな爬虫類のウロコが自分の手に出た恐怖で、俺自身が一番大きな悲鳴を上げて飛び上がった。
「ご、ごめん! 明日もまた同じ時間にここに来るから! バイバイ!」
「えっ、ちょっと、マモルさん!?」
不審者極まりない叫びを残し、俺は猛スピードで路地裏へとダッシュした。
路地裏に飛び込んだ瞬間、人間の体が弾け、ゴツゴツとした真っ黒な大トカゲへと戻る。
危うくキアラちゃんの前で正体がバレるところだった。
「はぁ、はぁ……最悪だ……。でも、キアラちゃん可愛かったな……。明日もまた変身して会いに行こう……。」
トカゲの姿でトボトボとリザードマンの村へ帰ろうと森に入った、その時。
「こんなところで何やっているのよ?」
木陰のなかから、タルトの箱を大事そうに抱えたツインテールの超絶美少女がぬっと現れた。擬態魔法を使って人間の姿に変身している、風の部族の戦士長の娘――ゼフィラだった。
「ゼ、ゼフィラ!? お前、ここで一体何をやっているんだ?」俺が尋ねると、ゼフィラはプイッと可愛いツインテールを揺らして明後日の方向を睨みつけた。
「べ、別にマモルことなんか心配してないわよ! ただ、マモルはまだ変身魔法に慣れていないから、途中で時間切れになってないかと思って、ちょっと森の入り口まで迎えに行こうとしていただけなんだからねッ!!」
鼻先数センチの距離で、ツンデレ美少女の健気な怒り顔。初めて直視するゼフィラの人間の姿は驚くほど可憐で、俺の脳細胞は不覚にも(……怒ってるけど、よく見るとめちゃくちゃ可愛いな……♡)と、ピュアな男子高校生としてドギマギときめきかけてしまった。
――だが、俺のピュアな胸キュンが最高潮に達した、まさにその瞬間だった。
シュゥゥゥゥウウウ……
「フシュ、フシュゥゥゥン!?(※ア、アタシの人化擬態魔法の魔力が完全に切れたわ!?)」
目の前にいたツインテール美少女の皮膚が一瞬にしてはじけ飛び――次の瞬間、俺の視界のすべてを埋め尽くしたのは、緑色のウロコがギチギチに詰まった、ゼフィラのいつものトカゲ姿のどアップのトカゲ面だった。
俺のときめきは、一瞬でホラーへと叩き落とされた。人間に擬態中の見た目は最高なのに、その正体は巨大トカゲ。
トカゲたちの恐ろしすぎる包囲網を潜り抜け、トカゲ大嫌いなキアラちゃんを落とす。
俺の、3時間の命をかけた超高難易度の隠密ラブコメが、今ここに幕を開けたのだった。
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