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第1話 川から上がれば、そこは鱗まみれのディストピア

「うわあああん! ココアが流されちゃう! だれか助けてぇ!!」


増水した川の真ん中、今にも激流に飲まれそうな岩の上を指さして、小さな子供が泣き叫んでいた。

その必死な声が聞こえなければ、俺は絶対に無視していただろう。


(ココアってことは、茶色くてモフモフした可愛い子犬か子猫が引っかかってるんだな……!?)


子供の涙と、脳内に描いた『モフモフの聖域』に突き動かされ、俺は激流の川に飛び込んだ。

必死に泳いで岩へと近づき、そこにいた「ココア」の姿を至近距離で捉えた瞬間、俺は自分の人生を呪った。


(……って、トカゲじゃねえかァァァアアア!!!)


岩の上にいたのは、温かい毛並みを持つ小動物などではなく、どう見ても爬虫類系の生き物だった。

子供の言う「ココア」がまさかのトカゲ(に見える何か)だったことに「ヒィィッ!」と心の中で悲鳴を上げる。

死にかけている小さな命を前に、今さら引き返すこともできなかった。


俺は涙目になり、半泣きで絶叫しながら、死に物狂いでそいつを掴み取る。


その瞬間、違和感があった。


手のひらに触れたそいつの感触は、トカゲ特有のぬるぬるした嫌な感じではなく、まるでシルクのように滑らかで、じんわりと温かい神秘的な硬さを持っていたのだ。

よく見れば、ウロコは透き通るような純白で、トカゲにはあるはずのない、小さな2本の『美しい羽』が背中から生えていた。


(……え? こいつ、本当にトカゲか……? っていうか、これがココアなのか……?)


そう思ったが、もう遅い。

俺はそいつを全力で岸の子供の方へと投げ返した。


直後、投げ出された白い生き物の背中から、光り輝く『小さな羽』がバッと広がり、そいつは川岸へとフワリと着地したのが見えた。

トカゲじゃなかった。

じゃあ、今の神々しい生き物は一体――。


そう疑問に思った瞬間、俺の足は激流にすくわれ、視界は一気に水の中へと沈んでいった――。



「……ゲホッ! ゴホッ、ゲホッ!」


激しく水を吐き出しながら、俺は目を覚ました。

冷たい地面の上で、なんとか上体を起こす。

どうやら川岸に流れ着いたらしい。

助かったんだ。

よかった。

安堵しながら、自分の手で濡れた顔を拭おうとして――俺の思考は完全にフリーズした。


「……は?」


視界に入った自分の『手』。

そこにあったのは、人間の健康的な皮膚ではなかった。

光を鈍く反射する、禍々しいほど真っ黒な『ウロコ』。

そして、ナイフのように鋭く尖った5本の『爪』だった。

パニックになりながら、恐る恐るすぐ横の水面を覗き込む。


「ギチッ……?」


水面に映っていたのは、漆黒の鱗に覆われ、頭部から凶悪な角を生やした――完璧な大トカゲ(リザードマン)の顔だった。


「ひぃっ!? 誰だお前……いや俺ぇぇぇえええ!?」


声帯が変わったせいか、地響きのような重低音が喉から漏れる。

大嫌いな爬虫類。その究極系に、なぜか自分自身がなってしまっている。

悪夢だ。これは絶対に質の悪い悪夢だ。


「シャァァァ(うわああああトカゲだァァァァァ)!キチィィィアアアア!!」


俺は絶叫した。

――と同時に、俺の脳裏には、なぜ自分がこれほどまでに爬虫類を嫌うようになったのかという、あの最悪なトラウマがフラッシュバックしていた。


そもそも、俺の名前が最悪なのだ。

俺の本名は――草壁くさかべ まもる

苗字と名前の漢字を合わせると『壁を守る(ヤモリ)』になる。

そのせいで小学校の初日、担任から「あら、ヤモリくんだなんて、可愛いトカゲのお名前ね!」とクラス全員の前で満面の笑みで紹介された。

そこから付けられたあだ名は、当然のように「ヤモリ」。

さらに悪ノリした男子たちから、毎日毎日、本物のトカゲやヤモリを筆箱に仕込まれたり、顔の前に突きつけられるという地獄の小学校生活を過ごしたのだ。


ぬるりとした冷たい皮膚、左右別々にギョロリと動く不気味な目玉、カサカサと耳障りな音を立てて走る素早い足。

思い出すだけで全身にブツブツと鳥肌が立つようになったのは、完全にこの名前に呪われた過去のせいである。


それなのに! よりによって、自分自身が世界で一番大嫌いなトカゲになってしまうなんて、何の因果応報だ!!


俺が自分の姿とトラウマへの絶望で身悶え、再び「シャァァァアア!」と悲鳴を上げた


――その瞬間だった。


俺の身体から『ドゴォォォン!!』と凄まじい漆黒の魔力が、津波のような衝撃波となって周囲の広大な森へと吹き荒れた。

ズガガガガ! と地割れが起き、大木が何本もへし折れる。


「ひゃううっ!? あ……ぁ……王……様……っ」


背後の草むらから、細身で引き締まったエメラルドグリーンの美しい鱗を持つトカゲの女の子が姿を現した。

彼女は俺の放った『黒いオーラ』をまともに浴び、恐怖と、それを遥かに凌駕する遺伝子レベルの恍惚に身体を激しく震わせ、その場にヘナヘナとくずおれた。

ルビー色の瞳が、トロンと潤み始めている。


だが、異常事態はそれだけでは終わらなかった。


ガサガサガサガサ!!!

バキバキバキバキ!!!


地響きと共に、周囲の至る所の草むらや木々が激しく揺れ動く。

俺の無自覚な覇気に引き寄せられ、森の奥から地鳴りのような足音を立てて、恐ろしい数のリザードマンのメスたち(※全員ガチのトカゲ)が、目をハートマークに血走らせながら猛スピードで突進してきたのだ!


「あ、あの……っ! 私は風のゼフィラ! 私を第一のつがいに!」

「はぁ!? 抜け駆けすんな風の女! 私は火の部族のガルダ! 王の卵を温めるのは、アタシの特権っす!!」

「王、息が荒れていますわ……私が粘液で潤して差し上げます……!」

「王が逃げないように、とりあえず周りを落とし穴で囲むわ……!」


一瞬にして、数え切れないほどのトカゲ美少女たちに全方位をガッチリと包囲され、生肉や巨大虫の山をこれでもかと押し付けられる俺。


(待て待て待て! 1頭でも無理なのに、なんで群れをなして襲いかかってくるんだよ!? 断る! 誰が卵なんか産ませるかぁぁぁ!! 俺が温めるのは人間の女子の手だけだ! 繁殖なんか絶対にさせてたまるかァァァーーッ!!)


自分の規格外すぎるモテ力に冷や汗を流しつつ、四方八方からぬるぬるカサカサと寄ってくる爬虫類たちの猛烈なアプローチに、俺は白目を剥きながら心の中で絶叫した。


――これが、俺の最低最悪で、世界一トカゲに愛される異世界ハーレム生活の始まりだった。

【作者より】

最後までお読みいただきありがとうございます!

本作はすでに70話以上を執筆済みのため、エタる(エピソード未完で放置される)心配はありません。

スタートダッシュとして、しばらく爆速更新を行います!

「ちょっと面白いかも」「続きが気になる」と思ってくださったら、画面下の【ブックマークに追加】や、【評価の☆☆☆☆☆(星)】をぽちっと押して応援していただけると、執筆の物凄い励みになります!

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