第17話 朝焼けの水中再変身と、限界突破の笑顔
デメトの家のおもてなし排水路から、ウォータースライダーの如き超スピードで強制射出された俺(漆黒の大トカゲ姿)の真っ黒な巨体は、そのまま村の最下層にある『水の区画』の巨大な冷たい泉へとド派手に着水した。
ザッパーーーーーン!!!
水飛沫を上げて溺れかけていると、水面下からガバッ!!と、凄まじい力で何かが俺の背後に抱きついてきた。夜間変身ロックのせいで『ガチの青いウロコのトカゲ姿(等身大)』のまま泳いでいた、ヤンデレヒロインのネレイダだ。
「あぁ……マモル……水路を流れてアタシの胸の中に飛び込んできてくれるなんて……運命の糸で結ばれてますね……♡ さあ、このまま水底のふたりだけの愛の巣へ……」
「(運命の糸じゃなくてただの強制洗車だわ!! あと水中で瞬膜(第3のまぶた)をパチパチさせながらねっとり抱きついてくんじゃねぇ! 息ができねぇよバカヤローーッ!!)」
俺が水中でネレイダの一騎当千トカゲパワーによる極限のホラーホールドに悶絶している、その時だった。
「……トカゲ……トカゲは一匹残らず駆逐する……マモルさんは私が救う……」
泉のほとりに、引きずり込まれるような足音と共に現れたのは、杖を剣代わりにして、目が完全にハイライトの消えた虚ろな状態でブツブツと呟いているキアラちゃんだった。
風の区画での邪教の儀式、火の区画での巨大ヤモリの丸焼き、土の区画での何千匹もの巨大芋虫の生簀……。爬虫類や虫が大嫌いな純潔乙女にとって、一撃一撃が正気度をゴリゴリ削る精神的ブラクラの連続だったのだろう。キアラちゃんは人間としては防衛隊のエリートだが、流石に一騎当千の戦闘力を持つリザードマン一族に力ずくで勝てるわけがない。
それでも、彼女は自分の命など捨てて、大好きなマモルを救うためだけに、精神の限界を超えてトカゲの巣窟の最奥まで突撃してきたのだ。
過酷なトカゲの集落の環境(火の超高温や土の泥流)を突破してきたというのに、キアラちゃんの着ている防衛隊の特製ジャケットには傷一つついていない。……まぁ、それもそのはず。俺の【黒の王】としての審美眼が、その防具の『秘密』を瞬時に見抜いていた。
(……キアラちゃん、人間の職人が作った最新技術の防具だって信じて毎日大事に着てるけど、それ、生地のなかに風の部族の脱皮ウロコの粉末がガッツリ編み込まれてる防具じゃねぇか! 皮肉にもお前が傷を負わずにここまで来られたのは、大嫌いなトカゲのウロコの防御力のおかげなんだよ……!)
「……あらぁ……あの水トカゲの化け物……水の中にまで別の黒い化け物(※俺)を連れ込んで、おしくらまんじゅう(※求愛)してるわ……。あはは、狂ってる……トカゲの世界は本当に狂ってるわ……マモルさんは一体どこ……?」
限界を突破したキアラちゃんが、冷徹な真顔のまま泉の水面へ向けて杖を構える。
(ヤバい! キアラちゃんのあの据わった目、リザードマンには敵わないって分かってても、ヤケクソで特攻して返り討ちに遭っちまう! 早く止めなきゃキアラちゃんが危ない……!)
俺が水底で焦燥感にウロコを震わせた、まさにその瞬間。
泉の水面を鋭く突き破り、東の地平線からまばゆい【朝の太陽】の光が、水の区画全体を優しく照らし出した。
夜が、明けたのだ。
――カチリ。日付が変更されました。これより本日分の『1回目』のカメレオン擬態魔法の発動が可能となります。
脳内に刻まれる、無慈悲だけど最高にありがたい世界のシステム音。
(夜が明けた!! 今日の分の変身タイマー枠がリセットされたァァァ!! 新能力の魔力シフト管理、今日最初の変身(1回目)発動、人間になれぇぇぇえええ!!!)
俺は水中でネレイダの腕を振りほどき、体内の奥底から溢れ出る新しい魔力を一気に解放した。
漆黒のトカゲの皮膚が一気にはじけ、タイムリミットが丸々3時間残った、完璧な人間の青年の肌へと大復活していく。俺は驚いて手を離したネレイダの隙を突き、水底を力強く蹴り上げた。
バシャァァァァァァァン!!!
澄み渡る朝の光を浴びながら、水面を激しく割って、漆黒の髪と瞳を持つ人間のイケメン姿の俺が飛び出した。
「マモル……さん……!!!?」
泉のほとりで杖を構えていたキアラちゃんの目に、一瞬にして鮮やかな光が戻り、大粒の涙がボロボロと溢れ出した。
「マモルさん!! 無事だったんですね!! よかった、本当によかったァァァアアア!!!」
キアラちゃんは杖を放り出し、ずぶ濡れの俺の胸の中へと全力で飛び込んできて、子供のように声を上げて大号泣した。
腕の中に伝わってくる、人間の女の子の柔らかくて、本当に安心しきった温もり。
(助かった……! 日の出のシステムリセットのおかげで正体バレを回避して、キアラちゃんの精神もギリギリで救い出せたぜ……!)
俺は役得を噛み締めながら、この世界に転生して初めて、心から涙を流して大感動していた。
これぞ俺の求めていたラノベスローライフ、完璧な大団円のハッピーエンドだ。
ぽちゃん。
「あぁ……マモルと水中で激しくウロコを擦り付け合って最高でしたね……♡ 人間の姿になっても、アタシの愛の水路はいつでもウェルカムですよ……♡」
すぐ横の水面から、青いトカゲ姿のままのネレイダがぷはっと顔を出し、横に動く瞬膜をパチパチさせながら余計な一言を放った。
ギギギ……と、俺を抱きしめていたキアラちゃんの身体が、機械のように不穏な音を立てて静止する。
ゆっくりと顔を上げたキアラちゃんは、最高に綺麗な笑顔(※目が一切笑ってない)を浮かべながら、手元でパチパチと最大出力の攻撃地魔法を構え始めた。
「……マモルさん。あの水トカゲの化け物、マモルさんを拉致した上にまだ破廉恥な妄想を口にしてます。人間としては力不足かもしれませんけど、私の防衛隊のプライドのすべてを賭けて、今すぐあの青トカゲだけは跡形もなく圧殺しますね?」
「ダメだよキアラちゃん!!! 笑顔でそんな物騒な殺意を構えるんじゃねぇぇぇえええバカヤローーッ!!!(あとネレイダ、余計なこと言って燃料を投下すんじゃねぇ!!)」
俺が必死にキアラちゃんの手を掴んで止めていると、そこへ、大きな風呂敷包みを抱えたガルダやゼフィラたちの父親である『各部族の戦士長たち』(朝一の変身を発動して全員人間姿の渋いおじ様戦士たち)が、バタバタと全力で駆け込んできた。
「これこれ、人間の皆様! お待ちくだされ! 我が集落の若い娘たちが、とんでもないご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした!!」
父親たちは俺たちの前でペコペコとこれ以上ないほど低姿勢に頭を下げると、ずっしりと重い風呂敷包みを開いた。そこに入っていたのは、みずみずしい光沢を放つ、大量の『トカゲの脱皮ウロコ』だった。
人間の高度な縫製技術で作られた便利な道具を売ってくれる大切なお得意様(人間)をこれ以上怒らせては交易が途絶えてしまうと、村の大人たちが全力でお詫びの営業接待(菓子折り感覚)にすっ飛んできたのだ。
「お、おい……! 武器や魔法具の強化媒体として、まともに買うと結構な値段がする『リザードマンの脱皮ウロコ』を、こんなに山盛り無償で……!? 防衛隊の年間強化経費が浮くレベルだぞ、菓子折りみたいなノリで渡していい代物じゃねぇだろ……!」
後ろに控えていた人間の兵士たちが、発動したばかりの人間姿でペコペコ頭を下げる父親たちと、無償のウロコの山を見て、驚きと嬉しさでパニックになる。
しかし、一晩中精神的ホラーを喰らい続けて脳みそが限界突破しているキアラちゃんは、差し出されたお詫びのウロコの山を見て、大粒の涙を流しながらさらに極上の大勘違いへと突き進んでいった。
「リザードマンの一族が……自分たちのプライドを捨てて、ここまで低姿勢に頭を下げるなんて……。マモルさん……コイツらがあなたに犯した拉致監禁の罪は、一体どれほど恐ろしくて口にも出せないほど残虐非道な拷問(※ただの夜通しのお世話)だったの……!? よく、よくぞ耐えて生きて戻ってきてくれました……っ!!」
(違うんだキアラちゃん!!! あいつらはただ単に『大切なお客様を怒らせちゃったから、自慢の素材でお詫びして穏便に帰ってもらおう』っていう、めちゃくちゃ常識的でホワイトな営業対応をしてるだけなんだよ! 拷問なんか受けてねぇよ!!!)
人間の村へ戻る直前、キアラちゃんの限界突破した愛の勘違いと、それに全力で拍車をかけるトカゲ親父たちの超ホワイトな菓子折りウロコ大盤振る舞い。
無事に人間の姿を取り戻したはずの俺の隠密スローライフは、キアラちゃんの中で「トカゲの地獄から生還した可哀想な王子様」という完璧なヒロイン枠として固定されながら、さらに混沌とした追走劇へと加速していくのだった。
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(次回更新:本日20時20分!)




