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静かな昼休み

昼休みを告げるチャイムが鳴った。

その瞬間、

静かだった教室が一気に賑やかになる。

「腹減ったー!」

「あ、食堂行こう!」

「今日は購買まだ残ってるかな?」

あちこちで椅子を引く音が重なり、

教室はさっきまでとは別の場所みたいだった。

僕は鞄を開き、

朝コンビニで買ったパンを取り出す。

いつも通り。

特に理由はない。

ただ、

これが一番楽だから。

「相沢くん。」

顔を上げると、

学級委員の男子が立っていた。

「よかったら一緒に食べない?」

周りには何人かクラスメイトもいる。

みんな僕の返事を待っていた。

「……ありがとう。」

「でも、大丈夫。」

「静かな方が落ち着くから。」

一瞬だけ困ったように笑ったあと、

彼は頷いた。

「そっか。」

「また今度な。」

「うん。」

彼はそのまま友達の輪へ戻っていった。

悪い人じゃない。

ただ、

昔から大人数は少し苦手だった。

僕はパンの袋を開ける。

その時だった。

「……隣、いい?」

聞き慣れた声。

顔を上げる。

星野さんだった。

「……僕の?」

彼女は小さく頷く。

「迷惑……だった?」

「いや。」

「そんなことはない。」

「なら、よかった。」

彼女は安心したように微笑み、

僕の前の席へ静かに腰を下ろした。

その瞬間。

教室の空気が少しだけ変わる。

「え……。」

「また?」

「嘘でしょ。」

小さな声。

だけど、

聞こえないほど小さくはなかった。

星野さんは何事もなかったように弁当箱を机へ置く。

僕はコンビニのパン。

彼女は手作りのお弁当。

「……美味しそう。」

思わず口からこぼれた。

彼女は少し照れたように笑う。

「ありがとう。」

「母が作ってくれたの。」

「毎日?」

「うん。」

「……羨ましい。」

その一言に、

彼女は少しだけ驚いた顔をした。

「相沢くんは?」

「コンビニばかりなの?」

「まあ。」

「料理はできないし。」

「一人だから。」

その言葉を聞いた瞬間。

彼女の箸が止まる。

ほんの一瞬だけ。

「……星野さん?」

「あ……ごめん。」

彼女は慌てて笑顔を作った。

「何でもない。」

……今、

何か変だった。

そう思ったけれど、

理由は分からない。

しばらく、

静かな時間が流れる。

不思議と気まずくはない。

話さなくても、

落ち着く。

そんな空気だった。

「……相沢くん。」

「ん?」

「学校には慣れた?」

「まだかな。」

「教室の場所くらいしか覚えてない。」

彼女は小さく笑う。

「じゃあ、まだ図書室も知らない?」

「知らない。」

「音楽室は?」

「それも。」

「……ふふ。」

「まだまだ教えることがたくさんあるね。」

僕も少しだけ笑った。

「その時は頼むよ。」

「うん。」

「任せて。」

彼女はそう言って、

嬉しそうに笑った。

その笑顔を見た瞬間、

教室の後ろから誰かの声が聞こえた。

「おい、見ろよ……。」

「星野さん、笑ってる。」

「しかも転校生相手に。」

「俺、一年同じクラスだけど、あんな顔見たことないぞ。」

「何なんだよ、あいつ……。」

僕は聞こえないふりをした。

でも、

全部聞こえていた。

「……気にしなくていいよ。」

不意に、

星野さんが小さく言った。

「え?」

「みんな、少し驚いてるだけだから。」

その声は穏やかだった。

責めるような響きは何もない。

「……慣れてるの?」

そう聞くと、

彼女は少しだけ困ったように笑う。

「こういうの。」

「昔からだから。」

その一言だけで、

何となく分かった。

彼女はこの学校では有名なんだ。

だから、

僕と話しているだけで、

みんなが驚く。

「……大変だね。」

思わずそう言うと、

彼女は小さく首を横に振った。

「もう慣れたから。」

そう答えながらも、

どこか寂しそうに見えた。

その表情が、

少しだけ気になった。

「そういえば。」

彼女が話題を変える。

「好きな教科ってある?」

「まだ分からないかな。」

「昨日来たばかりだし。」

「じゃあ……」

彼女は少し考える。

「図書室なら好きになるかも。」

「本が好きなの?」

「うん。」

優しく頷く。

「静かだし。」

「時間を忘れられるから。」

「なるほど。」

僕はパンを一口かじる。

「星野さんらしいね。」

その瞬間、

彼女は少し驚いたように目を丸くした。

「……私らしい?」

「あ。」

僕は少し笑う。

「いや。」

「何となく。」

「そんな気がしただけ。」

彼女はしばらく僕を見つめたあと、

ふっと微笑んだ。

「……ありがとう。」

「褒められた気がする。」

「そういうつもりだった。」

「ふふ。」

その笑い声は小さかった。

だけど、

どこか嬉しそうだった。

その時だった。

ガタン。

教室の後ろで、

誰かが勢いよく立ち上がる音がした。

「飯行こうぜ。」

男子の一人が、

少し不機嫌そうな声を出す。

「ここにいても面白くねぇ。」

「だな。」

数人の男子が教室を出ていく。

去り際、

一人が僕をちらりと見た。

決して友好的とは言えない視線だった。

「……。」

僕は小さく息を吐く。

「やっぱり。」

「僕のせいかな。」

星野さんは静かに首を振った。

「違うよ。」

「え?」

「勝手に思い込んでるだけ。」

「だから。」

「相沢くんは気にしなくていい。」

その言葉には、

不思議なくらい迷いがなかった。

まるで、

最初からそう決めていたみたいに。

僕は少しだけ笑う。

「ありがとう。」

「でも。」

「少しくらいは気にするよ。」

「これから毎日同じクラスなんだし。」

彼女は僕の顔を見て、

少し考えるように目を細めた。

そして、

優しく笑う。

「そういうところ。」

「……え?」

「やっぱり。」

彼女は何かを言いかけて、

口を閉じた。

「……ううん。」

「何でもない。」

まただ。

昨日も。

今日も。

彼女は何かを言いかけて、

途中でやめる。

僕の知らない何かを、

知っているみたいに。

昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

「もう終わりだね。」

「うん。」

彼女は弁当箱を片付け、

静かに立ち上がった。

「また分からないことがあったら。」

「いつでも聞いて。」

「約束だから。」

そう言って、

彼女は自分の席へ戻っていく。

僕はその背中を見送った。

教室は少しずつ静かになり、

先生が入ってくる。

だけど、

僕の頭の中は、

昼休みのままだった。

みんなが驚くほど、

彼女は僕に話しかけてくる。

僕たちが出会ったのは、

昨日のはずだ。

それなのに、

彼女は時々、

昔から僕を知っているような顔をする。

……

本当に、

ただの親切なんだろうか。

それとも――

僕だけが、

何か大切なことを忘れてしまっているのだろうか。

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