ただの偶然?
第1限が終わった。
先生が教室を出ていくと、
すぐに教室は話し声で満たされた。
僕は頬杖をついたまま、
ぼんやりと教室の中へ視線を向ける。
時計。
窓。
誰もいない教卓。
床に伸びる陽の光。
どれも長く見つめることはなかった。
ただ……
眺めていた。
頭の中が、どこか遠くにあるような気がして。
「……蓮。」
声がして顔を上げる。
星野さんが、
僕の机のそばに立っていた。
「……何か用?」
彼女は小さく微笑み、首を横に振る。
「ううん……」
「ちょっと思っただけ。」
少しだけ言葉を探すように間を置いてから、
彼女は続けた。
「まだ転校してきたばかりでしょう?」
「学校のことで分からないことがあったら……」
「私に聞いて。」
僕は少し目を瞬かせた。
「……何でも?」
彼女は頷く。
「教室の場所とか。」
「食堂とか。」
「体育館。」
「図書室。」
「学校のルールも。」
「授業のことでも。」
「困ったことがあったら……」
「私が教えるから。」
一瞬、
何と返せばいいのか分からなかった。
「……ありがとう。」
「助かる。」
その言葉を聞いて、
彼女はほっとしたように微笑んだ。
「……よかった。」
短い沈黙が流れる。
気まずさはなかった。
ただ、
静かな時間だった。
僕は彼女を見上げる。
「……本当にいいの?」
彼女は小さく首を傾げた。
「何が?」
「昨日会ったばかりの相手に、
そこまでしてくれるなんて。」
彼女はすぐには答えなかった。
窓の外へ視線を向ける。
風がカーテンをやさしく揺らしていた。
「……いいの。」
そう言って、
彼女は穏やかに笑う。
「人を助けるの、嫌いじゃないから。」
何気ない言葉だった。
誰が聞いても、
きっと気に留めないような。
だけど……
どこか、
全部じゃない気がした。
「……そうなんだ。」
彼女は静かに頷く。
「それに……」
「もし迷ったら。」
「一人で探し回るより……」
「私に聞いてくれた方が安心だから。」
思わず小さく笑ってしまう。
「……そんなに頼りなく見える?」
彼女はくすっと笑った。
「少しだけ。」
「……ひどいな。」
「ふふ……少しだけ。」
不思議だった。
話しているだけなのに。
自然で。
居心地がいい。
まるで、
前にもこんな時間を過ごしたことがあるみたいに。
……
いや。
そんなはずない。
僕たちが会ったのは、
昨日が初めてだ。
……そうだよな?
その時、
教室の扉が開いた。
「はい、席についてください。」
先生が戻ってくる。
生徒たちは慌てて席へ戻っていった。
「……またあとでね。」
星野さんは小さく微笑み、
自分の席へ戻っていく。
「……うん。」
教室は再び静かになった。
……いや。
完全には静かじゃなかった。
「見た?」
「また星野さんが転校生と話してた。」
「しかも笑ってたよ。」
「男子とあんなに話してるの初めて見た。」
「転校生、何者なんだ?」
「……羨ましい。」
聞こえないふりをした。
でも、
聞こえないふりをしても、
その声は消えてくれない。
僕はそっと星野さんの方を見る。
彼女はもう窓の外を眺めていた。
静かで。
穏やかで。
まるで、
あの噂なんて気にもしていないみたいだった。
みんなが驚いている。
星野さんが僕と話していることに。
……
驚くべきなのは、
僕の方なのかもしれない。
僕たちが会ったのは、
昨日が初めて。
彼女が、
ここまで気にかける理由なんてない。
……
それとも、
全部――
ただの偶然なんだろうか。




