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「ハぁっ、ハぁっ、ハぁ……!」
ドサリと地面に倒れ込み、私は荒い息を吐きながら全身のへどろをぬぐい去ろうとした。
全身が泥まみれで傷だらけだったが、不思議と痛みが感じられなかった。
呼吸が整うにつれ、私は自分が置かれている場所の異常さに気づいた。
「ここは……?」
私が這い出てきたのは、立ち枯れた巨大な木の幹だった。
周囲を見回すと、そこは異様な森だった。私が出てきた木と同じような、人間が何人も入れるほど太く、けれど葉をすべて落として茶色く枯れ果てた巨木が、幾本も幾本も立ち並んでいた。
そして、何よりも異常だったのは、私の足元の「地面」だった。
「え……?」
私の素足が触れている土から、芽が吹き出した。
緑の芽は目にも留まらぬ速さで成長し、一瞬で色鮮やかな野花を咲かせた。
しかし、咲いた瞬間にパラパラと花弁が散り、茶色く萎れ、枯れて土に還っていく。
そして、その枯れた土から、再び新しい芽が吹き出し、花を咲かせ、また枯れる。
咲いては枯れ、咲いては枯れ。
まるで狂ったように、生の発生と死の崩壊が、わずか数秒のサイクルで無限に繰り返されていた。
「何……これ……どうなっているの……?」
私がその信じられない光景に呆然としていた、その時だった。
――――ズズズズズズズズズズオン!!!!
天地を揺るがすような、凄まじい地響きと地鳴りが響き渡った。
「キャッ!?」
衝撃で地面が跳ね上がり、私は尻餅をついて腰を抜かした。
音がした方――私が先ほど這い出てきた、大きな木の幹の穴。
その裂け目から、ものすごい音とともに、真っ黒なもやがドッと外に向かって噴き出してきた!
「な……っ!?」
それはもやというよりは、意思を持った濁流だった。
爆発的な勢いで吹き出す黒い煙、黒いへどろ、そしてその中に混ざる無数の「小さな瞳の残骸」。
それらが吐き出されるたびに、耳を刺すような悲鳴のような、空気が抜けるような怪音が森全体に反響した。
凄まじい圧力と異臭に、私は顔を覆い、地面にへたり込んだままただ唖然とその光景を見つめることしかできなかった。
黒いもやの濁流は、天空に向かって龍のように昇り、やがて空気中に拡散して、みるみるうちに薄れていく。
噴出が収まった頃、奇跡のような変化が起きた。
ふと、自分の足元に目をやると。
先ほどまで狂ったように「咲いては枯れ」を繰り返していた草花が……枯れなくなっていたのだ。
一輪の小さな黄色い花が、しっかりと土に根を張り、生き生きと風に揺れている。その小さな黄色い花を中心に、生のエネルギーが波紋のように一気に広がっていった。
青々とした草の絨毯が、爆発的な勢いで大地を覆っていく。
枯れて茶色かった低木たちに一斉に緑の葉が蘇り、色鮮やかな蕾が膨らみ、次々と大輪の花を咲かせていく。
咲いた花は枯れることなく、命の瑞々しさを保ったまま、甘い香りを振りまいた。
ものの数分。
ほんの数分のうちに、死に絶えていた狂気の森は、光と生命が生い茂る美しく豊かな「本物の森」へと劇的な変貌を遂げたのだった。
「嘘……こんなの……」
頭上を覆っていた薄暗い黒い霧が、潮が引くように急速に晴れていく。
雲の切れ間から、温かく眩い太陽の光が降り注いできた。
視界がどこまでも遠くへと通るようになる。
森の開けた隙間から、遙か遠方に広がる景色が見えた。
そこに建っていたのは――
異形の影に侵食された不気味な館などではなく、青空の下で優美に佇む、白亜の美しい「本物の城」だった。
その時、周囲の巨木たちから、メリメリと木肌が裂ける音が響き渡った。
私が出てきた木だけではない。周囲に並んでいた無数の枯れ木たちの幹に、次々と大きな穴が開いていっていたのだ。
ドサッ……ドサドサッ……。
木々の穴から、何かが吐き出されるように地表へ落ちてきた。
それは、人間だった。
「あ……が……っ」
「う、うう……」
何十人、何百人もの人々が、木の中からだらりと地面に崩れ落ちていた。
皆、身体が濡れ、泥にまみれ、服は破れていたが……その胸はしっかりと上下していた。
死んではいない。生きている。
長過ぎる悪夢から、ようやく生み落とされたかのように、呼吸をしているのだ。
私はハッとして、その人々の顔を見渡した。
すぐ近くの木から滑り落ちてきた男。
ボサボサの白銀の髪に、破れた深い藍色の軍服。
……ヴァレリウスだった。
彼の顔からは、あの恐ろしい無数の目玉も、歪んだ影も消え去っていた。
ただの、血の通った一人の青年として、泥まみれになりながら「うっ……」と苦しげに呻き、お腹を押さえて倒れている。
その少し先には、翡翠色の瞳をかたくなに閉じたまま「ゲホッ、ゴホッ!」と激しく咳き込んでいるジュリアンがいた。
さらに向こうには、エプロンを泥だらけにしたカミラが、膝を震わせながら「神よ、お助けを……」と空虚に呟いて倒れていた。
彼らはもう、操り人形ではなかった。
狂気によって何者かに組み込まれ、木の中に囚われていた「本物の人間たち」だったのだ。
黒いもやが完全に失われ、清らかな風が森を吹き抜けた。
その時。
晴れていく森の深淵、輝く木漏れ日の中に、私は「それ」を見た。
背の高い巨木たちの奥。
そこに、太陽の光をそのまま切り取って作ったかのように、全身が黄金に神々しく輝く、巨大な鹿が立っていた。
その鹿は、見たこともないほど大きく、立派な角には野花が咲き乱れていた。
鹿は、地面にへたり込んでいる私を、遠くから深く、慈愛に満ちた澄んだ瞳でじっと見つめていた。
この世界の守護者なのか、あるいは本来あるべき世界の意志なのか。
「あ……」
私が声を出そうとして、一瞬だけ、パチリと瞬きをした。
次の瞬間――黄金の鹿の姿は、影も形もなく消え去っていた。
ただ、鹿が立っていた場所の草木が、一際強く光を浴びて輝いているだけだった。
見渡す限りの晴れ渡る青空。
風が運んでくる、新鮮な緑と甘い野花の香り。
暖かな太陽の熱が、泥に汚れた私の肌を優しく温めていく。
「な、なんだ……ここは……!?」
「う、頭が……割れるように痛い……」
「私、一体何を……何が起きたの!?」
周囲の木々から出てきた人々が、次々と意識を取り戻し、動揺した声を上げ始めていた。
自分の手を見つめて困惑する者。状況が分からず咳き込む者。お互いの無事を確かめ合って抱き合う者。
世界が「本物」に戻ったことで生じた、巨大な混乱と困惑の波。
ヴァレリウスもまた、力なく体を起こし、自分の手を見つめながら、ぽかんと空を見上げていた。そのアメジストの瞳には、かつて私を追い詰めたあの禍々しい狂気は微塵もなく、ただ一人の人間としての弱さと戸惑いだけが浮かんでいた。
私を見つめる「嫌な視線」は、もう世界のどこにも存在しなかった。
「……終わったの?」
私は地面にペタンと座り込んだまま、腰が抜けてどうしても立ち上がることができなかった。
傷だらけの手で泥を払い、ただ静かに、頭上にどこまでも広がる抜けるような青空を見上げていた。
しかし頬を打つ風は、とても心地よかった。
私はようやく、本当の意味で息を吸うことができたのだ。




