9話
森を抜けた頃には、日が傾き始めていた。
「……見えてきたわね」
セリナが前方を指す。
小高い丘の向こうに、街が見えた。
そこそこ大きい。人の出入りも多そうだ。
「……あそこか」
「ええ、間違いない」
少しだけ安心する。
森の中よりはマシだ。
「……神代」
「なんだ」
「……人、多い」
「街だからな」
「……やだ」
「またかよ」
ルシエルが、ぎゅっと腕を掴む。
いつもより少し強い。
「……離れないで」
「離れねえって」
「……もっと」
「これ以上は無理だ」
もうほぼ密着してるだろ。
「……神代はいい」
「はいはい」
慣れって怖いな。
街に入る前、検問があった。
簡単な確認だけらしい。
「名前と、どこから来たかを」
門番が淡々と聞いてくる。
「神代。南の方からだ」
「セリナ。ギルド所属」
「……ルシエル」
少しだけ間があったでも、それだけ。
特に問題はなかった。
「通っていいぞ」
あっさり通される。
「……意外と緩いな」
「この規模ならこんなものよ」
セリナが答える。
「問題は中に入ってから」
「……だな」
街の中は、思ったより賑やかだった。
露店。人の声。子供の笑い声。
普通の光景。
でも――
「……神代」
「なんだ」
「……見られてる」
小さく呟く。
「……気のせいじゃないわね」
セリナも同意する。
さりげなく周囲を確認する。
……いる。
明らかに、こっちを見てるやつが何人か。
普通の通行人じゃない。
「……もう来てるか」
「早すぎない?」
「向こうも本気ってことだろ」
面倒な話だ。
「……どうする」
「とりあえず宿」
「それがいいわね」
長居はしたくない。
でも、情報も必要だ。
少し歩いたところで、声がかかった。
「ねえ、お兄さんたち」
「……?」
振り向く。
そこにいたのは、一人の少女だった。
茶色の短い髪。軽装。動きやすそうな服。
年齢は15くらいか。
「……何だ」
神代が聞く。
少女はにこっと笑った。
「外から来たでしょ?」
「……まあな」
「やっぱり」
嬉しそうに頷く。
「宿、探してる?」
「……一応」
「ならいいとこ知ってるよ」
ぐいっと距離を詰めてくる。
人懐っこいタイプだ。
……いや。
「……神代」
「分かってる」
ルシエルの声。少し低い。
警戒してる。
「……どうしたの?」
少女が首を傾げる。
「警戒されてる?」
「そりゃな」
セリナが前に出る。
「いきなり話しかけてくる時点で怪しい」
「ひどいなあ」
苦笑い。でも、引かない。
「本当にいいとこ紹介するだけだよ」
「……名前は?」
「リオ」
即答。迷いがない。
「リオね」
セリナは少しだけ考える。
「……どうする?」
「情報は欲しい」
神代が答える。
「でも警戒はする」
「それね」
妥当な判断。
「……神代」
ルシエルが袖を引く。
「……やだ」
「何が」
「……この子」
はっきり言う。
「……嫌い」
「直球だな」
リオが苦笑する。
「そんなに怖い顔してる?」
「してねえよ」
「だよね」
軽く笑う。
でも――その目が、一瞬だけ細くなった。
「……でも」
小さく呟く。
「そっちの子の方が、怖いよ」
空気が止まる。
ルシエルの目が、変わる。
「……なに」
低い声。明らかに、さっきまでと違う。
「……別に」
リオは肩をすくめる。
「ただの感想」
「……いらない」
空気が、ぴり、と張り詰める。
まずい。完全にスイッチ入る流れ。
「やめろ」
神代が即座に言う。
ルシエルの腕を掴む。
「……神代」
「いいから」
短く、強く。それだけで――ぴたりと止まる。
「……ちっ」
セリナが小さく舌打ち。
ほんとにギリギリだ。
「……ふーん」
リオがじっと見る。
興味深そうに。
「今の、止めたの?」
「……どうだろうな」
適当に返す。探られるのは面倒だ。
「面白いね」
にこっと笑う。
さっきの空気なんてなかったみたいに。
「やっぱり、ついていこうかな」
「は?」
思わず声が出る。
「嫌?」
「当たり前だろ」
「えー」
不満そうな顔。でも、どこか楽しそうだ。
「……セリナ」
「反対」
即答。
「怪しすぎる」
「だよな」
神代も同意する。
ルシエルは無言で、さらに密着してきた。
「……でもさ」
リオが少しだけ声を落とす。
「この街、もう安全じゃないよ?」
「……何?」
セリナが反応する。
「さっきから見られてるでしょ」
「……ああ」
「それ、増えるよ」
軽く言う。
「今日中に動いた方がいいかもね」
「……なんでそんなこと分かる」
「勘」
即答。
……嘘だな。でも――完全な嘘でもない気がする。
「……神代」
ルシエルが小さく呟く。
「……この子、変」
「お前が言うか」
「……ほんと」
真顔。説得力あるのやめてほしい。
「……どうする」
セリナが小声で聞く。
「一旦、宿行く」
「賛成」
「……ついてく」
リオが笑う。
「勝手に決めるな」
「いいじゃん、減るもんじゃないし」
「減るだろ色々」
主に平穏が。
「……神代」
「なんだ」
「……やだ」
「……分かった」
ため息をつく。
「今回は無しだ」
「ちぇー」
リオが残念そうにする。
でも、引き下がる気はなさそうだ。
「……またね」
手を振る。そのまま、人混みに紛れていった。
「……消えた」
セリナが呟く。
「……気配も」
「やっぱ普通じゃねえな」
「ええ」
完全に同意。
「……神代」
「なんだ」
「……近くにいる」
「……マジか」
ルシエルが静かに言う。
「……見てる」
背筋が、少し冷える。
「……面倒なことになったな」
「最初からよ」
セリナがため息をつく。
その通りだ、でも――確実に、状況は悪化している。
「……とりあえず急ぐか」
「ええ」
「……うん」
三人で歩き出す。人混みの中へ。
視線を感じながら。
――逃げ場は、どんどん狭くなっていく。
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