8話
翌朝。
空はよく晴れていた。
「……ほんとに行くのね」
宿の前で、セリナが腕を組む。
「行くって決めたんだろ」
「決めたけど」
ため息をつく。
「もう少し準備とかあるでしょ普通」
「昨日の時点で余裕なかっただろ」
「それはそうだけど……」
納得はしていない顔。
でも、止める気はないらしい。
「……神代」
「なんだ」
「……準備、終わった?」
ルシエルがいつもの距離でくっつきながら聞いてくる。
「ほぼな」
と言っても大した荷物はない。
最低限の食料と水。それから少しの金。
逃げる前提なら、軽い方がいい。
「……どこ行くの」
「とりあえず街から離れる」
「雑ね」
セリナが呆れる。
「目的地くらい決めなさいよ」
「お前あるのか」
「……一応」
少しだけ考えてから。
「北に行けば、山越えの先に中規模の街がある」
「安全か?」
「完全に安全な場所なんてないわよ」
即答。
「でも、人が多い分紛れやすい」
「ならそこだな」
「即決ね……」
ほんとに雑だ。
でも、方向性は決まった。
「……じゃあ、行くか」
神代が一歩踏み出す。
その瞬間、当然のように、ルシエルが腕に絡みついた。
「……一緒」
「分かってる」
もはや確認ですらない。
そのまま歩き出す。
街を出る道へ。
後ろから、セリナがついてくる。
「……ねえ」
「なんだ」
「その距離、どうにかならないの?」
「ならねえな」
「即答……」
「……ここがいい」
ルシエルが小さく言う。
それで終了だ。
セリナはもう何も言わなかった。
街を出ると、道はすぐに細くなった。
舗装もされていない、ただの土の道。
左右には森が広がっている。
「……こういうとこ、出るわよ」
セリナが周囲を警戒しながら言う。
「魔物か?」
「それもあるけど、人も」
「どっちも嫌だな」
「選べないわよ」
その通りだ。
「……神代」
「なんだ」
「……こっち」
ルシエルが少しだけ進行方向を変える。
「なんでだ」
「……嫌な感じする」
「……直感か」
「……うん」
少し迷う。
でも――
「……従っとくか」
「え」
セリナが驚いた声を出す。
「そんな簡単に?」
「今まで外してないしな」
「……まあ、それは」
昨日のことを思い出す。
確かに、あの気配は当たっていた。
「……分かったわよ」
しぶしぶ頷く。
そのまま、少し道を外れる。
獣道みたいな細いルート。
普通なら選ばない。
でも――
「……ほんとだ」
セリナが小さく呟く。
元の道の方から、気配がした。
複数しかも、隠れてる感じ。
「……待ち伏せね」
「だな」
「……助かったわ」
ルシエルを見る。
ルシエルは特に気にした様子もなく、神代に寄り添っていた。
「……神代がいるから」
「俺関係あるか?」
「……ある」
よく分からないが、本人がそう言うならそうなんだろう。
しばらく進むと、森が少し開けた。
小さな広場みたいになっている。
「……ここで一旦休むか」
「賛成」
セリナもすぐに頷く。
気を張り続けるのも疲れる。
適当な場所に腰を下ろす。
「……神代」
「なんだ」
「……疲れた」
「まだそんな歩いてねえだろ」
「……歩いた」
そう言いながら、当然のように隣に座る。
というか、ほぼ寄りかかってる。
「……ねえ」
セリナが少しだけ真面目な顔になる。
「さっきの待ち伏せ」
「ああ」
「間違いなく、私たち狙いね」
「だろうな」
「しかも、動きが統一されてた」
「組織か」
「ええ」
嫌な予感しかしない。
「……神代」
ルシエルが小さく呟く。
「……増える」
「何が」
「……追ってくるの」
静かな声でも、確信してる。
「……そりゃそうだろ」
「……ん」
頷く。それから、少しだけ間を置いて――
「……でも」
「ん?」
「……神代がいるなら、いい」
またそれだ。
信頼というか、依存というか。
重いでも――
「……まあ、なんとかなるだろ」
軽く返す。
「適当すぎない?」
セリナが呆れる。
「でも実際なんとかなってるだろ」
「それは……そうだけど」
納得したくない顔。
「……神代」
「なんだ」
「……手」
「は?」
「……貸して」
意味が分からないまま、手を出す。
すると――ルシエルが、ぎゅっと握った。
「……これでいい」
「何がだよ」
「……落ち着く」
「そうかよ」
ほんとにそればっかだな。
でも、振り払う気にはならない。
「……ねえ」
セリナがぼそっと言う。
「ほんと、どういう関係なのよそれ」
「知らねえよ」
「……共依存にしか見えないんだけど」
「否定できねえな」
「認めるのね……」
ため息でも、その目は少しだけ柔らかい。
「……まあいいわ」
肩をすくめる。
「今はそれでバランス取れてるなら」
「崩れたら終わりだけどな」
「それ言わないで」
即ツッコミ。でも事実だ。
この関係は、ギリギリで成り立ってる。
「……神代」
「なんだ」
「……行こ」
ルシエルが立ち上がる。
手はまだ繋がったまま。
「もういいのか」
「……うん」
短く頷く。
「……ここ、長くいない方がいい」
「またか」
「……嫌な感じ」
さっきと同じ。
でも――外してない。
「……じゃあ行くか」
「ええ」
セリナもすぐに立つ。
そのまま、三人で歩き出す。
森の奥へ。
逃げるための道を。
「……ねえ、神代」
「なんだ」
「……ずっと一緒?」
「しつこいな」
「……大事」
真顔で言う。
「……まあ、そうだな」
適当に答える。
でも、その言葉に――ルシエルは満足そうに目を細めた。
「……ん」
そのまま、さらに距離を詰めてくる。
「近い」
「……普通」
「普通じゃねえって」
いつものやり取り。
変わらない距離感。
でも――進んでる道は、確実に変わっている。
もう、元には戻れない。
そんな予感だけが、静かに積み重なっていった。
作り置きがなくなりましたので次の投稿は月曜日です。
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